第97話 完全敗北

 海斗君の謎の行動で少し不安になったが、3度目の平地区間を走り終え。

 約9kmの中級山岳に差し掛かった。

 今の私の実力はFTP257で体重が61kg。

 体重の約4.2倍の出力が1時間維持出来る。

 序盤であっさりと私達を置き去りにしていった先頭集団は、5倍近い出力を出さないと追いかけられなかったが、今の第2集団は4倍あれば十分だ。

 パワーも上がったが、減量の効果は絶大だな。

 パワーを上げるより手軽にヒルクライム能力が上げられる。

 もちろん減量ばかり考えて、筋肉まで減ってしまっては遅くなるし、今後の成長も見込めない。

 減量、食事、トレーニングのバランスが良かったから、筋力を落とさずに減量出来た。

 一人では成し遂げられなかった事だから、綾乃には感謝しないとな。

 今までずっとヒルクライムが苦手で苦戦していたから、他の選手と同じように上れる事が嬉しい。

 だから、ヒルクライムの度に綾乃を拝みたくなる。

 もう、ヒルクライムで遅れるレース展開はないのだ!

 500m程上った所で、海斗君が集団先頭から突然抜け出した。

 すかさず、東尾師匠が追いかけて、海斗君の後ろにつく。

 師匠に隙は無い、逃げ出そうとしても見逃す事は無い。

 私の代わりに海斗君のマークをしてくれている。

 師匠が後ろについた事に気付いたのか、海斗君が加速を止めて集団先頭に合流した。


「逃げようとしても無駄だぜ。俺と東尾の二人でマークしてるからな」

「一緒に逃げてくれないのかな? 協力すれば先頭集団には追いつけなくても、第2集団から抜け出す事は出来ますよ」

「それは出来ないな。今日の俺の役目は、猛士のアシストだからな!」


 利男の熱い思いが伝わってきて嬉しい。

 海斗君がアタックを繰り返しても、師匠と利男の二人がマークしてくれているお陰で、私が自分で追わなくてすんでいる。

 200kmの長距離レースだからこの差は大きい。

 ーーと思っていたら、再び海斗君が腰を上げて加速を始めた。

 今度は利男が追いかける。

 こちらは師匠と利男の二人で交互に追いかけているから、体力の消耗は海斗君の半分で済んでいる。

 レースは中盤。残り90km近く残っている。

 まだまだ勝負をかけるには早すぎる。

 早めに揺さぶりをかけて、私の体力を消耗させる作戦だろう。

 その手には乗らないさ。

 このまま落ち着いて上り区間を走り終えるだけだ。

 集団で走っていたら、予想通り先行していた海斗君と利男に簡単に追いついた。


「やぁ、また追いつかれてしまったね」

「そんなに無理をしていたら、途中で脱落するかもしれないよ」

「勝つためなら無理も無茶もしますよ。もちろん迷惑をかけない範囲でね」

「それだけ無理をしないと私に勝てないという事かな?」

「プロを目指しているからですよ。ただ勝っても意味が無い。勝ち方にはこだわりますよ」

「プロを目指してるなら、先頭集団に遅れた時点でアウトだろ?」

「そんな事はないさ。高校生としては十分走力があると思うけどな」


 師匠が褒めるという事は将来性があるのだろう。


「敵を褒めてどうすんのよ東尾君?」

「ライバルではあるけど、同じ競技を愛する仲間ですよ」

「褒めて頂けるのは嬉しいですね。それではお褒め頂いた走力を見せますので、しっかりついて来て下さいね。ついてこれないって事は無いですよね?」


 海斗君が加速を始める。

 ここで師匠を挑発して意地を張る事に何の意味があるのだ?


「頑張れよ東尾君。負けを認めるまで付きまとってくれ!」

「俺をストーカー扱いしないで下さいよ北見さん」


 そう言って、師匠はあっさりと先行した海斗君に追いついた。

 そして、追いついた師匠を振りほどくように海斗君が更に加速した。

 私は二人に追いついた時に直ぐに分かる様に、第2集団先頭付近で二人を見送った。


 ーーそろそろ山頂に辿り着く。

 おかしい?

 何故追いつかない?

 まだ90km以上残っているのに逃げた?

 あり得ない!

 追いかけた師匠が海斗君と協調して逃げる事はない。

 もしも逃げるなら海斗君単独でという事になる。

 まさか、残り90kmを一人で逃げ切るつもりなのか?!

 私の考えが甘かった……

 通常であれば、逃げている時に後ろにつかれたら、嫌がって減速する。

 今の状況であれば、師匠を一方的にアシストしてしまう事になるからだ。

 だが、海斗君の目的は優勝でも、自分の順位を上げる事でもない。

 このまま師匠をアシストしてしまって、ゴール直前で追い抜かれても全く問題ない。

 彼の目的はに勝つ事だからだ。

 私が追いかけていなければ意味が無かったのだ。

 今までの謎のアタックは、私の動きを確認する為だったのだろう。

 どれだけの実力があるか?

 どの様な状況で追いかけてくるか?

 全て見透かされてしまった……

 彼は今の時点で先行しても、私を置き去りに出来ると判断したのだろう。

 それは、今まで通り第2集団内で走り続けても追いつけない事を意味している。

 もし、それが本当であれば私の完全敗北だ。

 師匠はどうするのだろう?

 海斗君を追えば、私のアシストは出来ない。

 私の所に戻れば、海斗君から目を離す事になる。

 難しい判断を迫られているだろう。

 もう、私と海斗君の勝負は終わってしまったのだろうかーー

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