第93話 今年最後のレース
今日は今年最後のレースの日。
私が海斗君と対決する日だ。
相手の実力は未知数だが、出来るだけの準備は行ってきた。
北見さん、利男、木野さんと一緒にレースの経験を積んだ。
師匠とスプリントの再特訓をした。
そして綾乃とのヒルクライムトレーニング。
長距離レースでの補給戦略については未解決だけど、補給食を沢山用意しておいたから何とかなるだろう。
綾乃と一緒に早めに会場入りして仲間を待つ。
最初に来たのは東尾師匠と北見親子だった。
「おはよう、猛士さん。今日は、今までの成果を発揮しよう」
「頼むから勝ってくれよ。父親の威厳がかかってるんだからなぁ」
「今日もゴールで観戦してます!
「おはよう、師匠、北見さんと勇也くん。今日はみんなで楽しく走ろう。私が海斗君に勝つのが目標だけど、みんなの成長も楽しみだからね」
「そうだね、猛士さんがどれだけ上れる様になったか楽しみだし、木野さんの成長も楽しみだ」
「木野君は大丈夫なのか? 中杉君はヒルクライムの鬼が一緒だから心配してねぇけどよぉ」
「誰がヒルクライムの鬼ですって?」
「パパは失礼だね!」
「おはようですよぉー」
遠くから挨拶が聞こえる。木野さんだ。
隣にいるのは、ひまりちゃんと南原さん?!
仲間なので南原さんが観戦に来る事に驚きはしない。
だが、彼はチームジャージを身に纏い、愛車を携えている。
レースを引退した彼が、レースに参加する準備をしてきた事に驚いたのだ。
彼は本当にレースに参加するのだろうか?
「おはようございます。今日は自分がサポートするので宜しくお願いします」
南原さんの挨拶で、彼がレースに参加する事が本当だと分かった。
「おはよう、南原さん。驚いたよ。レースを引退していたから、参加するとは思っていなかった」
「エントリーリストに名前が乗ってるから知ってると思ってましたよ。木野さんとも一緒に走ってますし」
木野さんと一緒に走っている……もしかして?
「僕の師匠なんですよぉ。苦手な平地の高速巡行のトレーニングに付き合ってもらっていたんですよぉ」
私が綾乃とヒルクライムのトレーニングをしていた間、木野さんは南原さんと高速巡行のトレーニングをしていたのだな。
南原さんが鍛えたなら、木野さんも平地で遅れる事はないだろう。
私のヒルクライム能力が向上した事と同じで。
「木野君のレベルアップは分かったけど、南原君自身は大丈夫なんか? 引退してから大分経つだろう?」
「問題ないですよ、北見さん。現役時の実力を取り戻していますから」
「でも、どうして? また堅司と一緒に走れるのは嬉しいけど、一度失ったモチベーションをどうやって取り戻したのかな? やる気を疑ってる訳じゃなくてさ、競技者として興味があるんだ」
北見さんと師匠の疑問は分かる。
私も落車でモチベーションを失った時に、立ち直るのに時間がかかったからな。
「えっ、その、あれですねぇ……」
いつもハッキリ断言する南原さんが口篭もる。
「みんなの為だってハッキリ言いなさいよ。ピンチの時に支え合うのが仲間でしょ! 実力があるんだからシッカリしなさい!」
南原さんに変わって、ひまりちゃんが説明する。
いや、南原さんが現役復帰したのは、元々ひまりちゃんの意志か……
ひまりちゃんが仲間だと思っていてくれる事はとても嬉しい。
だけど……尻に敷かれる南原さんを見たら何も言えない。
それは、北見さん、木野さん、師匠の3人も同じようだ。
救いを求める様に綾乃に視線を移すが、勇也くんと観戦場所についての話で盛り上がっていて何とかしてくれそうもない。
「真打登場! 宮本利男の登場だぁ!」
利男が微妙な空気を打ち壊しながら登場した。
彼のお陰で微妙な空気が払しょくされたので、男性陣4人は同時にほっとした。
しかも宮本か……遅れて来たから名乗ったのだろうけど、本当は佐々木だ。
「あれっ、ツッコミどころが沢山あるのにどうした? もしかして遅くなったから怒ってるか?」
「いや、怒ってはいないさ。流石、利男だと皆で感心していたのさ」
「そうだぜ。ナイスアシスト!」
「利男は凄いですよぉ」
「な、なんだよ。突然絶賛されて良く分からん」
事情を知らないのに絶賛されて利男が戸惑う。
話しているうちにレース開始時刻が迫ったきた。
そろそろ準備を終わらせる必要がある。
「さて、準備を始めよう」
補給食を背中のポケットに入れ、ボトルを愛車に取り付けようとするが……
「猛士さんは手ぶらで行きましょう。これは全部自分が預かります」
南原さんが私の補給食を受け取ろうと、手を差し出す。
「どうして?」
「今日は猛士さんがエースです。ヒルクライムでは少しでも軽い方が良いです。補給食を運ぶのはアシストの役目です」
南原さんの言っている事は分かる。
だが、それはプロのレースで行われる事だ。
私の勝利という目的があっても、ホビーレースでそこまでする事はない。
仕事であれば自分の成績を犠牲にしてエースをアシストするが、趣味でそこまでする必要はない。
だが……
「自分にまかせて下さい。適切な補給のタイミングで補給食をお渡ししますので」
「分かった、お願いするよ」
南原さんの真っすぐな目を見ていたら断れなかった。
負けられない理由が1つ増えたな。
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