第75話 お金で勝って恥ずかしくないの?

 コースから出て、ゼッケンと計測器を返却した後に仲間の元に戻った。


「猛士さん凄かったです! 最後のスプリントでグングン後ろの選手が離されてました! 他の選手が止まってる様に見えちゃいました!」


 勇也くんがはしゃぎながら出迎えてくれた。

 彼の様子を見ていると、勝てて本当に良かったと思う。

 自分の勝利を喜んでくれる相手がいるというのは良いものだな。


「ありがとう、スプリントだけは得意だからね。でも、他の選手が止まって見えるは言い過ぎだよ」

「いいじゃない。他に活躍する所がないんだから。預かるわよ」


 綾乃がロードバイクを預かってくれたので、グローブを外し、ヘルメットを脱ぐ。


「ナイスだよ中杉君。いやぁ、ボロ負けして泣かれたらどうしようかと思ったよ」

「パパみたいに微妙な負け方しなければいいもん」

「俺微妙かよぉ」


 勇也くんは父親である北見さんの走りが好きではないのか。

 私にとっては尊敬出来る先輩の一人なのだけどな。


「どういう所が微妙なの?」


 綾乃も気になったのだろう。

 勇也くんに理由を聞いた。


「いつも無難な走り方する所。何となく先頭集団にいるけど、勝負所で攻めないから。レース展開を動かす為に攻めの走りをして、力尽きて完走出来ない方が無難な走りをするよりカッコイイ」

「分かるー、私もドキドキ、ハラハラする方が楽しい」


 ひまりちゃんが勇也くんに同意する。


「なんだよぉ~、俺人気ねぇの?」

「派手な走りをする方が観客受けが良さそうですね。北見さんのクレバーな走りは実際に走っているホビーレーサーは興味があると思いますけど」

「だよなぁ。俺の大人の魅力は玄人には伝わんのよ!」


 北見さんが元気を取り戻す。

 勇也くんやひまりちゃんが派手な走りが好きなのは良く分かるな。

 先頭で積極的にアタックして集団の人数を絞る走りは派手だし、数人で後方の集団から逃げる選手がいると盛り上がる。

 特に逃げは楽しい。

 逃げてる選手がスタートラインを通過した後、続いて集団がスタートラインを通過するまでのタイムを計測するのだ。

 そして、逃げている選手にタイム差を教えるのだ。

 10秒差! 逃げ切れるよ、とかね。

 でも北見さんの走りも凄いのだ。

 彼の走りには、私の様な弱小レーサーが生き残る為の智慧が詰まっている。

 体力を温存して年齢の差を穴埋めするテクニックは勉強になる。


「なんだ、勇也もいたのか」


 突然、背後から子供の声が聞こえた。

 振り向くと勇也くんと同じ10才くらいの少年がいた。

 勇也くんは女子と間違える程、可愛らしいタイプだが、目の前の彼はいかにもスポーツ少年といった鋭い顔つきだ。


「陸、何か用?」


 勇也くんが冷たく言い放つ。

 お互い名前を知っているという事は知り合いなのだろう。

 だが、何故冷たい態度をとるのだ?


「別に、アニキがエリートクラスで参加するから見に来ただけだよ。エリートクラスが始まるまで暇なんだよね」

「暇なら観戦していけば。スポーツクラス始まってるよ」

「興味ないね。アニキと違って低レベルだから。さっきのビギナークラスも、微妙だったよね」

「そんな事ないだろ! 猛士さんのスプリント凄かったもん」


 勇也くんが怒る。

 陸君が失礼だから……か?

 どうやら二人には私が知らない確執があるようだ。


「あぁ、そこにいるオッサンね。勝ったのロードバイクの性能のお陰でしょ。お金で勝って恥ずかしくないの?」

「陸!」


 陸君に掴みかかろうとする勇也くんを止める。


「勇也くん、落ち着こう」

「でもっ!」

「中杉君の言う通り落ち着こうじゃないか。始めて3か月の勇也に負けて以来、万年2位の相手に苛つく必要はないんだぜ。王者の風格を見せてやろうじゃないか」

「僕に勝てたのは速いロードバイク買ってもらってるからだろ!」


 北見さんの話で大体の事情を把握出来た。

 陸君は勇也くんのレース仲間で、彼をライバル視しているのか。

 しかも負けの理由がロードバイクの性能差だと思っているようだな。

 だから私の様な高級ロードバイクに乗っている選手を目の敵にしているのか。

 しかし、北見さんは大人げないな。

 子供相手にムキになり過ぎだ。


「北見、大人げない! ごめんなさいね陸君」


 綾乃が北見さんを注意し、陸君に謝る。


「僕だって、僕だって……」


 陸君が泣き出す。

 彼が言った事はレースに参加する選手へのリスペクトがないし、同じ趣味を共有する仲間として良い事ではない。

 それでも、このまま放置するのは可哀そうだ。

 彼はまだ幼いのだ。


「折角だからお兄さんのレースを一緒に観戦しようじゃないか。私達の仲間も参加するからね」

「ふんっ、どうせアニキには勝てないんだからな」


 残念ながらその通りだろうな。

 利男はエリートクラスで完走出来ないからな。

 申し訳ない利男。そして、申し訳ない木野さん。

 予期せぬ陸君の来訪で、木野さんのレースを見逃してしまった……

 後は南原さんの写真に期待するしかない。

 きっと木野さんの雄姿を写真に収めてくれているだろう。

 そして陸君は私達と一緒にレースを観戦する事となった。

 色々文句を言っているが、一人で観戦するのが寂しかったのかな?

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