第76話 対決

 木野さんがレースを終えて戻ってきて一緒に観戦を始める。

 エキスパートクラスのレースを観戦した後、利男と陸君のお兄さんが参加するエリートクラスのレースがスタートした。

 第2コーナーで観戦している私達の前を選手達が通過する。


「頑張れアニキ!」


 陸君が赤いロードバイクに乗った緑色のジャージの選手に声援を送っている。

 彼が陸君のお兄さんか……高校生か?

 周囲が大学生や社会人ばかりだから小柄な彼は目立つ。

 利男は後ろから3番目、陸君のお兄さんは利男の二人前を走っている。

 目の前を通過する度に皆で声援を送ったが、残念ながら6周目で利男はラップアウトとなってしまった。

 前回は4周目でラップアウトだから、今日は結構粘った方だな。

 元々エリートクラスで完走する選手は少ないのだから仕方がない。

 一つ下のクラスとは次元が違うのだ。

 利男のレースが終わってしまったので、皆で陸君のお兄さんを応援する事にしたが、彼も次の7周目でラップアウトとなってしまった。

 彼も完走出来ず残念な結果となったが、高校生としてはかなり健闘したと思う。


「なんでぇ、結局利男と同じで完走出来ねぇじゃないか。まぁ、利男より粘ったけどさ」

「ロードバイクの性能差だ。アニキだって最新バイクに乗ったら勝てるんだ! そこのオッサンだってロードバイクの性能で勝っただろ!」


 ガッカリする北見さんに陸君が反論する。

 確かに速いロードバイクに乗れば速くなれる。

 だが、せいぜい短いレースなら十数秒程度、長いレースなら数分程度の差だ。

 レースを完走出来ないレベルの選手が優勝出来る程の性能差はない。


「ロードバイクの性能がレースの全てではないよ。今日私が勝てたのは、元々ビギナークラスの先頭集団で走れる実力を身に着けていたからだよ。愛車が勝利を後押ししてくれたのは否定出来ないけどね」

「そうですよねぇ。僕は最新のホイールに変えたけど順位が変わらなかったですからねぇ」

「それは、オッサン達だからでしょ。アニキだったら勝てるんだ!」

「陸、猛士さんに失礼だろ! 勝てないからって言いがかりは止めなよ!」

「事実を言っただけですぅ」

「なんだよ! 僕に勝てないくせに!」


 勇也くんが陸君に掴みかかろうとする。


「ハイハイ、喧嘩は止めましょ」

「落ち着きなさいよ」


 綾乃とひまりちゃんが勇也くんと陸君を落ち着かせる。

 女性陣二人のお陰で事なきを得たか。


「大勢で観戦してるなんて珍しいな。友達か?」


 振り返ると緑のジャージの選手がいる。

 陸君のお兄さんがレースを終えて戻ってきたようだな。

 後ろに利男もいる。


「あっ、アニキ。勇也のヤツがいたから相手してあげてただけだよ」

「陸、レース仲間にヤツ呼ばわりは失礼だろ?」

「だって! 勇也のヤツ、アニキよりあのオッサンの方が凄いって言うんだよ。高級ロードバイクに乗ってるから勝っただけなのに。そうだ、アニキがやっつけてよ! アニキが勝てば僕が正しいって分かってもらえるよ!」

「やっつけるって何を考えているんだ……」


 陸君のお兄さんが困った顔をして黙り込む。


「勝負しよう」

「えっ、勝負? 私とですか?」


 突然の私の提案にお兄さんが驚く


「そうだよ。陸君の望みを叶えてあげよう。レースで決着をつけないと納得しないみたいだからね」

「……分かりました。今年走る予定のレースで一緒に走れそうなのは、年末のロードレースになりますけど良いですか? レース情報を共有しましょう」


 連絡先を交換して、レース情報を送ってもらう。


「あぁ、このレースか。分かった楽しみにしてるよ」


 送ってもらったレース情報は、私も知っている有名なレースだった。

 レース1年目にエントリーしようと思ったけど、当時の実力だと完走出来なそうだったから参加しなかった。

 3年目の今の実力なら問題ないだろう。


「それでは失礼します。行くぞ陸」


 そう言って、お兄さんが陸君を連れて会場から去っていった。


「珍しいわね。勝負を受けないと思ってたのに」

「そうだぞ。子供の喧嘩に大人が絡んでもなぁ」

「陸なんかの言う事なんて聞かなくていいのに」


 綾乃と北見親子は、私が勝負を受けたのが意外だったようだ。


「俺は受けると思ってたぜ。レースで対決するのは熱いよな」

「普段ライバルなんていないから燃えますねぇ」


 利男と木野さんは、レース対決で盛り上がっている様だ。

 わざわざレースを走る人が、勝負事が嫌いな訳がない。

 対決で盛り上がるのは当然の事だ。

 皆、それぞれ意見がある様だが、先ずは私の考えを伝えよう。

 言葉にしないと伝わらない事もあるからだ。


「レースで勝った方が正しいとは思わない。だけど、陸君にとってはレースでの速さが全てになっている。正論を言っても話が通じないだろうな。だから、彼に思いを伝えるには勝負を受けて勝つしかないだろうな」

「それは分かったけど勝てるの? 陸君のお兄さん結構速いわよ」


 綾乃に問われる迄もなく、彼が私より速い事は分かっている。

 今の実力では全く敵わないだろうな。


「彼の速さは分かっているよ。僕達のチームで彼より速いのは東尾師匠だけだろうな。師匠に相談してみようか」

「負けたらカッコ悪いから頑張ってよね」

「何とかしてみせるよ」


 ひまりちゃんの言い方は棘があるが、応援してくれているのだろう。

 チームリーダーとして仲間にカッコ悪い走りを見せたくはないな。

 今までは全力を出せるだけで満足していたが、明確な目標が出来てレースへの気持ちが変化した。


『この勝負……勝ってみせる!』

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