第74話 新車の違和感

 さて、最初は私が参加するビギナークラスのレースだ。

 前回9位の実績と新しい愛車の性能を考えたら、今回は表彰台を狙える可能性がある。

 早めに受付をして先頭に並んだ。

 レース開始時時間となり、開始を告げるピストルの音が鳴った。

 1周目はローリングスタートだ。

 集団先頭付近で周囲の速度に合わせて走る。

 久しぶりのレースだが、感覚は鈍っていないようだ。

 シゲさんに借りたロードバイクで走り続けていたからだろう。

 乗るのを止めていたらこんな風にレースで走れてはいない。

 一周を終えて、再びスタートラインに戻った所でリアルスタートだ。

 周囲の選手が先頭付近の位置取りを狙って一気に速度を上げる。

 私も腰を上げて立ち上がり一気に加速する。

 何だこの違和感は?

 先頭から5番手の位置で第1コーナーを通過出来たが、加速時の違和感が気になる。

 新車に乗り慣れていないからか?


「猛士さん頑張って下さい!」

「負けたら焼きそばおごりね!」

「その調子だ!」

「ふぁいとですよぉ!」

「頼むから勝ってくれぇ!!」


 第2コーナーを曲がった所で仲間達の声援が聞こえた。

 北見さんのは声援というよりは、切実なお願いの様だったけど……

 息子さんのヒーローになってしまった私がボロ負けする姿を見せたくないのだろう。


 第2コーナーの立ち上がりで再び加速する。

 体が後ろに引っ張られる……空気抵抗が高い?!

 違和感の正体はこれか!

 加速時に空気抵抗で体が引っ張られる感覚が強い。

 何故だ?!

 シゲさんは最新のエアロロードで、空力性能は世界最高レベルだって言っていたのに。

 どうして、こんなにも空気抵抗を感じるのだ?

 これでは遅れてしまうと思ったが……前の選手が一人しかいない!

 違和感にとらわれている間に、他の選手を抜かして2番手に浮上していた。

 今のバックストレートの加速で3人を抜いたのか?

 減速して、最終コーナーのヘアピンカーブに突入する。

 次の立ち上がり加速で真実を見極めてみせる。

 空気抵抗を物凄く感じるから、速く走れていないと感じているけど、実際は周囲の選手より速く走れているし、シゲさんの言葉も信じたいからだ。

 ヘアピンコーナーを抜けて加速を始める。

 くっ、体が後方に引っ張られる!

 愛車は、こんなにも抵抗無く前に進むのに!

 抵抗無く進む?

 そう言えば、前の愛車の時は、空気抵抗で引っ張られる愛車を、必死にペダルを漕いで前に進ませていた。

 だが、今の愛車は勝手に前に進んでいる様な感覚がある。

 そういう事か!!

 ロードバイク自体の空気抵抗が下がったから、相対的に体の空気抵抗が高くなったと錯覚していたのか!

 ホームストレートを巡行しながらパワーを確認すると、去年のデータより30W近く低い数値で走れている。

 これは凄いぞ。格上の選手相手と互角に戦える性能だ!

 相手もハイエンドモデルだったら、差はあまりないかもしれないけど。

 今の私がビギナークラスで勝利するには十分過ぎる性能だ。

 今まで苦労していた先頭付近で余裕をもって走れている。

 その後、愛車の性能に助けられて何事もなく先頭付近で周回を重ねた。

 6周目、残り3周でレースに動きが出た。

 先頭の選手の内2名が速度を上げたのだ。

 早めにアタックして、逃げ切りを狙う作戦か?

 私は集団スプリント狙いだから、二人の後ろについた。

 二人は先頭交代しながら走るが、私は交代に加わらない。

 この逃げを潰す為だ。

 スプリンターが後ろについて足を休めていれば、嫌がって集団に戻るのが定石だからだ。

 だが、二人は後ろにつく私を気にも留めず速度を緩めない。

 どうやら、後ろについた私がスプリントで優勝する事を阻止するより、表彰される3位圏内の順位を確定する方を選んだようだ。

 それなら作戦変更だ。私も先頭交代に加わって逃げ続けよう。

 3人で先頭交代をしながら、集団から逃げ続けて最終周回に突入した。


「猛士さーん!」

「30秒!」

「ぶちかませ!」

「表彰台確定ですよぉ!」

「ナイスだ中杉君!」


 第2コーナーを抜けて、仲間達の声援を聞く。

 綾乃が言っていたが、私達と集団のタイム差は30秒か。

 集団は逃げを追うのを諦めたようだな。

 ビギナークラスだから、協調して先頭を追うより、少しでも自分の順位を上げようとお互いに見合ったのだろう。

 これで私を含む3人での優勝争いが確定したな。

 ヘアピンカーブを抜けてホームストレートに入る。

 後はゴールスプリントのみ。

 立ち上がりで時速45kmまで速度を乗せて巡行する。

 一緒に走っていた二人の選手が見当たらない……私の後ろについたか?

 私を風よけにしてスプリントするつもりなのだろう。

 だが、気にしない。

 自分のスプリントパワーと愛車を信じているからだ。

 300m……250m……200m……150m今だ!


 突き進め! ホライズン!!


 全力でスプリントを開始する。

 一気に速度が上がり時速60kmを超える。

 愛車とシンクロして綺麗に足が回る。

 こんなにも爽快なのか。

 周囲の景色が後ろに流れ、どこまでも突き進む感覚。

 目の前には誰もいない……誰も通過していないゴールラインが近づいてくる!

 ゴール付近でカメラを構える南原さんが見えた。

 彼は私の姿をカメラで捉えられるだろうかとも思ってしまう。

 そう思ってしまうくらいに今の私は圧倒的だ!


 そして、私は……誰も寄せ付けずゴールラインを通過した!

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