第73話 予想外のファン?!

 新しい愛車を購入したらやる事は決まっている。

 レースエントリーだ!

 復帰して最初に参加するレースは決めている。

 初めて参加した思い出のレース、クリテリウム周回レースだ。

 私にとってのホームレースだから当然だ。

 平地のオーバルコースだから、レースの感覚を取り戻すのに丁度良いし、空力性能に秀でた新しい愛車の性能だって活かせるだろう。

 早速仲間にレース参加する事を伝えたら、木野さんと利男の二人も参加予定だった。

 更に綾乃、南原さん、ひまりちゃんの3人と北見さんが応援に来てくれる事になった。

 北見さんが応援に来るのは予想外だった。

 クリテリウムみたいな高速の周回レースは普段参加しないからな。

 しかも会って欲しい人がいるって言ってたけど誰だろう?

 いつもと調子が違ったのも気になる。

 なんというか、歯切れが悪いような感じで、少し困った様子だった。

 まぁ、週末のレース会場で会えば、彼の事情も分かるだろう。


 *


 レース当日、綾乃と一緒に会場に向かった。

 会場に到着して、ロードバイクを車から降ろして、いつもチームメンバーが集まる空きスペースで仲間の到着を待つ。

 久しぶりのレース会場だ。なつかしさで辺りを見回す。

 初めて見る人もチラホラいるけど、相変わらず同じようなメンバーで賑わっている。

 話しかけた事は無いけど、同じ趣味の仲間に出会うと安心する。

 感慨にふけていたら、声をかけられる。


「おはようございます。今日は猛士さんの雄姿をカメラに収めさせて頂きますよ」

「おはようございます。本当に堅物さんと結婚するの?」


 最初に来たのは南原さんとひまりちゃんか。


「そうよ。それに堅物じゃない所もあるのよ。お腹とか」

「なにそれ~。それでいいんですかぁ。じっくり聞かせて下さいよぉ」


 ひまりちゃんは私達の結婚に興味があるのだろう。

 綾乃とひまりちゃんが二人で話始める。


「おはよう南原さん。期待に応えられる様に頑張ってみるよ」

「なんだか申し訳ないです」


 南原さんが申し訳なさそうな顔をしている。

 ひまりちゃんと綾乃の会話の事だろう。

 うーん、始めた頃より大分痩せたのだが……まだ不十分か。


「気にする事はないさ。見ての通り、昔よりは痩せてるだろ」

「お気遣いありがとうございます。それでは最高の写真が撮れるよう、準備してきます」


 南原さんが撮影場所の確保に向かった。

 そして、南原さんと入れ違いで利男と木野さんが到着した。


「おはよう。クールな新車じゃないか。これは目立つぜ」

「おはようです。凄いですよ。新型じゃないですか」

「おはよう、利男、木野さん。思い切ってシゲさんお勧めの新車を購入したんだ」

「思い切ってで買える財力が羨ましいよ」

「利男だって稼いでいるだろ?」

「俺の稼ぎはバンド機材優先だからな」

「そんな事言ってるけど、利男が乗ってるの3年前のハイエンドモデルじゃないですかぁ」

「しょっちゅう買い替えられないけど、俺には一番凄いのしか似合わないんだよ」

「ハイエンドモデルじゃないの僕だけじゃないですか~」

「木野さんのフレームはセカンドグレードだけど、ホイールはハイエンドじゃないか。しかも、この前出たばかりの新型じゃないか。風洞実験で最速だって評判のモデルだろう?」

「バレちゃいましたかぁ~。どうしても勝ちたくて買っちゃいましたよ」

「うちのチームは金持ちだな。機材だけならトップレベルだ」

「楽しさもトップクラスさ!」

「あっ、北見さんが来てますよ。入口の方です」


 木野さんに促されて、会場入り口方向を見る。

 北見さんと……子供?!

 北見さんが10才くらいの男の子を連れてきている。

 彼が合わせたいと言っていたのは、この子の事か?


「おはようございます。猛士さん! お会いできて嬉しいです!!」

「あ、あぁ、おはよう。えっと……」

「北見勇也です。実は猛士さんに憧れてロードバイクに乗り始めたんです!」


 北見勇也……という事は、北見さんのお子さんか!

 しかし、私に憧れてロードバイクに乗り始めたとは、どういう事だ?

 私は憧れるような凄い有名レーサーではない。


「あー、えー、そういう事だから頼む」

「北見さん、どういう事ですか?」

「前にサーキットエンデューロ参加しただろ。その時の中杉君のゴールスプリントの動画を見て憧れちゃったって事だよ。俺の勝利動画を見ても興味もたなかったのにさ!」


 サーキットエンデューロか……仲間が頑張ってアドバンテージを稼いでくれて、私はゴールスプリントだけ頑張ったレースだったな。

 あの時の東尾師匠とのスプリント対決は熱かったな。


「握手してもらっていいですか?」


 勇也くん上目遣いでお願いされる。

 皆にアシストしてもらって一瞬頑張っただけだったのだが。

 なんだか申し訳ない気分になるが、断る理由はない。


「チームリーダーの中杉猛士です。宜しく、勇也くん」


 握手をしながら自己紹介をした。

 勇也くんが握手後、北見さんに飛びついた。


「パパ連れてきてくれて、ありがとう」

「お、おう」


 北見さんが狼狽える。

 私達の結婚報告といい、最近の北見さんは狼狽え続きだな。


「人気者の座を奪われちゃったかな。うらやましいな」

「猛士さんのスプリントは凄いですからねぇ。僕のスプリントの師匠ですから」


 まさか、レース復帰の最初に可愛らしい仲間が増えるとは思わなかった。

 突然の可愛らしいファンの登場で、むず痒い気持ちになった。

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