第71話 グランフォンドの人気者

 今日は利男に誘われたグランフォンドに参加する日だ。

 グランフォンドはロングライド系のイベントだ。一応制限時間はあるがレースではない。

 綺麗な景色を眺めながら仲間同士で走って、途中に設定されているエイドステーションという補給所に立ち寄りながらゴールを目指すのだ。

 今回参加するグランフォンドのコースは、嫌な予感の通り山岳コースがメインだった。クライマーの綾乃が好きだって言ってる時点で察していたけど。

 私のミニバンに3人分のロードバイクを積み込み会場に向かった。

 会場について受付を済ませ、いよいよイベント開始だ。

 レースではないので、スタートには余裕がある。他の参加者がスタートする中、余裕をもって準備をすすめた。


「さて、お楽しみと行きますか!」


 利男の合図で私達も走り始めた。並び順は利男、私、綾乃の順番だ。

 大の大人の私が真ん中で気遣われているのはカッコ悪いが、山岳コースでは一番頼りないから仕方がない。今日はレースではないから、遅れる可能性はないだろうけど……

 早速上り坂だ!

 遅れない様にと気合を入れたが、先頭を走る利男は、予想よりだいぶ遅い速度で走っている。こんなにゆっくり走っていても制限時間に間に合うのか。走りに余裕が出たので、景色を楽しみながら走る事にした。


「楽しそうだな、利男」

「なんだか不思議ね。利男が観光とグルメに興味があるなんてね」

「そんなに不思議かい?」

「私も不思議だと思うよ。派手にレースするのが好きな人だと思っていたよ」

「間違ってはいないな。派手にレースするのは好きさ。でもグランフォンドも派手に楽しめるイベントだぜ!」

「なんでグランフォンドが派手になるのよ」

「そこは体験して分かるってもんよ!」


 利男の言動は聞いただけでは意味が分からない事が多いが、深い意味がある事は知っている。彼の言っている事が、どういう意味なのか楽しみだな。

 3人で景色を楽しみながら淡々と走り、スタートから10km程度走った所にある最初のエイドステーションに到着した。


「利男じゃないかい。饅頭と焼き鳥食べていきな!」

「待ってたぞ利男! 今年もよく来たな!」


 最初のエイドステーションに到着すると同時に、地元のボランティアのおじさん、おばさんに囲まれた。

 凄まじい人気だな利男。

 ひっきりなしに声をかけられ、次から次に食べ物が提供されていく。

 私と綾乃も利男の友人という事で、うどんや饅頭やハム、更に沢山の地元の野菜をもらった。

 傍で親しげに話す利男と地元の皆さんの会話を聞いて思い出した。

 すっかり忘れていたが利男はギタリストだったな。彼はロードバイクのイベントで立ち寄った場所でライブも行っていたようだ。

 次はいつ来るのだと沢山の人に声をかけられている。

 今日、一緒に走れて、彼の事を知れて良かった。

 これだけ多くの人に慕われている彼が仲間だって事が誇らしい。

 そして、彼の演奏を聞いてみたいと思った。今度、他の仲間を誘ってみよう。

 十分補給出来たので、地元の皆さんと別れて再び走り始めた。名残惜しそうだったがイベントの途中なのだ。


「左を見てみろよ! あのキャベツ畑で収穫されたヤツだぜ、さっきのキャベツ」


 利男に促されて左を見ると、キャベツ畑が広がっていた。


「どうしうて、そこで収穫されたって断言出来るのよ?」

「収穫イベントに参加した事があるからさ!」

「利男は色々体験しているのだな。ギタリストがロードレースを走っているだけでも驚きだったのだけどな」

「人気者なんでね。まぁ、メジャーではないけどさ!」

「ロードバイクの人気が出る様に、歌を作ってみたらどうだ?」

「既に3曲作ったけど評判が悪いんだよ。専門用語が多すぎて意味が分からねぇんだとよ」

「美人サイクリストをテーマにしたら? 例えば私みたいな」

「あームリムリ。最後にオッサンと結婚するストーリーにしかならないからな。人気でねぇよ!」

「それは人気出ないだろうな。でも結婚式用としては欲しいな」

「それなら大歓迎だ! ボーカルじゃないから普段は歌わないけど、気合で歌わせてもらうぜ!」

「下手くそだったら承知しないわよ!」


 私達は3人で楽しく会話しながら走り続けた。

 途中3か所あったエイドステーションでも、最初のエイドステーション同様に利男の人気が大爆発していた。

 無事に走り終えて、サイコンで記録を確認すると、走った距離は123km、上った標高は2103mに達していた。

 楽しかったから気付かなかったが、こんなにも走っていたのか……

 イベント後、利男は他に寄りたい所があるとの事なので会場で別れた。

 帰り道、車を運転しながら今日のイベントの話をする。


「今日は楽しかったな」

「その割には、なんだか物足りなそうな顔してるわね」

「そうか?」

「レースの時の方が楽しそうに見えるわよ」


 そういう風に見えるのか。

 でも、言われてみれば分かる気もする。

 レースで戦った後の充実感は別格だ。

 戦う事が好きな私だから。

 でも、こうして一緒に走って、グルメを堪能するのも楽しい事だ。


「そうなのかもな。でも、グランフォンドみたいなレース以外のイベントにも、また参加したいとは思ったよ。週末に一緒に走る時と同じ感覚かな」

「そうね。豪華になった分、更に楽しめたわ。レースの方はどうするの? エントリーするレース決まった?」

「エントリーするレースは決めているけど、先にやる事がある」

「なにするの?」

「新しいロードバイクの購入だよ。レース用のね」

「それなら、来週はシゲさんのお店に行きましょう」


 来週、綾乃とシゲさんのお店に行く事にした。

 前にロードバイクを購入した時も綾乃がいたな。

 あの時は、こんなにも一緒に走る事になるとは思わなかったな。

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