第70話 ノノ止めました!

 落車で愛車を失って走るモチベーションを失っていたが、仲間達との交流してるうちに、再び走りたいと思える様になっていた。

 でも今は自分のロードバイクがない。

 借り物のロードバイクでレースに出て傷付けたら大変だ。

 そこで、チーム走行会を開く事にした。

 今日来たのは北見さんと木野さんと利男の3人。

 後は西……ではなくて綾乃と呼ばなくてはいけなかったな。

 慣れないが、呼び方を間違えたら帰ってからが怖い。

 待ち合わせ場所に指定したコンビニで挨拶を交わす。


「おはようみんな」

「おはよう」

「おはようですよ」

「おう、みんな元気そうでなによりだ!」

「おはよう。今日はノノと一緒にご登場だな。ついに付き合う事になったのか、中杉君?」


 みんな普通に挨拶しているのに、北見さんだけ一言多いのだよ。


「あのさ、北見。付き合っていないから。後、ノノ止めたから」


 私の代わりに綾乃がやり返す。

 待ってくれ、私には心の準備が出来ていない。


「付き合ってるとは思ってないって、少しだけからかっただけだけさ。ところでノノ止めたってなんだ? あだ名が恥ずかしくなるお年頃かい?」

「西でノノだったからね。西野じゃなくなるから、ノノじゃないの」

「は、何言ってるんだ?! 結婚して名字変えちゃいますってか?」

「良く分かったわね。北見ってそういうの鈍いと思ってたわよ。付き合うのすっ飛ばして、猛士と結婚するから」

「「はぁーっ?!」」


 北見さんと木野さんが大声を出す。

 驚いて当然だよな、当事者の私ですら状況が分からないよ。

 利男だけ何故か冷静なのが不思議だけど……


「お前ら恋愛のの字すら見せてなかっただろが。一体なにが起きた!」

「そうですよ! さっき、つ、付き合ってないって言ってましたよね」

「そうよ。交際はしてないけど、結婚する事にしたから」


 そういう言い方では伝わらないだろう?

 2年間趣味のロードバイクで関わってお互い信頼出来ると感じたからとか、しっかり説明した方が良いのではないだろうか?

 でも、口を挟んだら面倒だから口をつぐむ。


「ふっ、流石だな猛士。恋愛もスプリンターだったとはな。結婚というゴールに全力で飛び込む姿は、男の俺でも惚れるぜ!」

「あ、ありがとう」


 利男に謎の好印象を持たれてしまった。

 でも、結婚にスプリンターは関係あるのか?


「おいおい、利男! それはおかしいだろ? 猛士、いつプロポーズしたんだよ? プロポーズくらいしたんだろ?」


 北見さんが必死に詰め寄ってきた。

 そんなに驚く事だっただろうか……

 プロポーズ……プロポーズみたいな事は言ったが、実際にはしていないと思う……


「そう言えば、プロポーズしてもらってないわね。私が決めちゃったから」


 綾乃が北見さんに止めを刺す。


「はぁー、あーっ、かっ……」


 余りの驚きで、北見さんの語彙力が崩壊したようだ。

 いつもの皮肉が完封されている。


「プロポーズってDNS可能なんですかぁ……」


 木野さんも泡を吹きそうな顔をしている。

ドゥー・ノット・スタートDNS』ってレースじゃないのだから。

 結婚もレース用語で例えるとは、木野さんは完全にロードバイク脳だな。

 まぁ、的確な例えではある。

 プロポーズせずに綾乃に結婚を決められてしまった私は、出走前にリタイアしたのと同じだな。

 彼女に決められたとは言ったが、しっかり受け入れたから、自分の意志でもあるのだがな。


「そ、そんな簡単に結婚を決めてよいのか……」


 完全に人格崩壊した北見さんが良識的な事を言い出した。


「大丈夫でしょ。猛士部長だし、結婚生活で困る事はないでしょ。レースではぼろ負けだけど、仕事では最強だから」

「あ、あぁ、生活を考えているなら、良いよな……」


 北見さんの声が小さくなっていく。

 いや、良くない。照れ隠しで言ってるのだよな……綾乃?

 しかし、こんなにやられている北見さんを見るのは初めてだな。

 案の定、綾乃が勝ち誇った顔をしている。

 あんまり虐めるなよ。


「さて、今日はお祝い走行だ! 俺が先導するぜ!」


 利男が嬉しそうに走行準備を始めた。


「お、おう」

「はいです、はいです」


 北見さんと木野さんも慌て準備を始める。

 今日は海岸通りをメインにサイクリングだ。

 予定通りのコースを順調に走り、途中で綾乃オススメのスイーツのお店で休憩した。


「ところで、レースは活動は再開するのか?」

「再開を考えてはいるけど、今は借り物のロードバイクしかないから遠慮している」


 北見さんにレース活動について問われた。

 当然だよな、レースチームなのだから。

 それに落車以降、腑抜けていたからな。


「それなら丁度いいイベントがあるぜ」

「丁度いいイベント?」

「おう、来月参加予定のグランフォンドだ!」


 利男が自信満々に言った。


「はぁ、グランフォンド?! 利男が?」

「なんだかイメージとは合わないですねぇ」


 北見さんと木野さんが驚く。

 グランフォンド……聞いた事はあるがどういうイベントだっただろうか?

 ロードバイクには乗っているが、レース以外のイベントには興味が無かったから思い出せない。

 私も北見さんと木野さん同様に、利男がレース以外のロードバイクイベントに参加している事は予想外だった。


「おいおい、俺がレース以外のイベントに参加するのが、そんなに驚く事かい? 最高のイベントだから、騙されたと思って参加してみろよ。新婚旅行にお勧めだぜ!」

「そうね、私も好きよグランフォンド」


 綾乃が好きって事は……あれだよな。

 私が苦手な山岳コースを思い浮かべる。

 でも、折角利男に誘われたのだ。


「よし、折角だから参加しよう!」


 私と綾乃は利男が参加予定のグランフォンドに参加する事にした。

 北見さんは家庭の事情で、木野さんは他のレース日程と重なって参加出来ないのが残念だ。

 だが、初めて参加するイベントなのだ。

 ロードバイクは楽しみが尽きないな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る