第67話 代車

 忘年会の翌週、お世話になっている自転車店の店主のシゲさんから連絡があった。

 乗車準備をして店に来てくれとの事だが、あの状態の愛車を修理出来たのか?

 ありえないと思ったが、無視は出来ないので、シゲさんのお店『エンシェント・バレー』に向かった。


「おう、来たか。それに乗って行け」


 店に入ったと同時にシゲさんに声をかけられる。

 乗って行け? このロードバイクに?

 細身で軽そうな見た目、ヒルクライムが得意でオールラウンドに使えるバイクだな。

 私の愛車と同じで青系統の色だけど、こちらは淡く綺麗な空色だな。

 端々を見ると使用感がある。中古品かな。

 シゲさんのお店は中古品も取り扱っているが、このロードバイクは店の在庫には無かったハズだ。


「それってこのロードバイクですか? 私の物ではないですが、どうして?」

「代車だよ、だーいしゃ! つべこべ言わずに乗って帰りな!」


 代車?!

 ロードバイクに代車サービスなんてあったか?

 それともシゲさんのお店特有のサービスなのか?


「代車と言われましても……」

「いいから乗ってけよ。売り物にならない中古品だ。ぶっ壊しても気にしなくていいからな」

「分かりました。お借りします」


 断ろうと思ったが、シゲさんに押し切られる。

 はぁ、ぶっ壊しても気にしなくてよいと言われても困るな。

 自分のミスで愛車をぶっ壊したばかりで、落ち込んでいるのだぞ。

 他のロードバイクでも壊したくはないさ。

 でも借りた以上放置する訳にはいかない。

 さて、仕方がないから自宅まで乗って帰るか……

 借りたロードバイクに跨り漕ぎ始めた。

 何だこの漕ぎだしの軽さは! 時速30kmまで俊敏に加速した。

 しかも路面の振動が今までの愛車よりマイルドだ。

 気が付いたら自宅ではなく、ヤビツ峠の麓に来ていた。

 こんなにも凄いロードバイクに乗っていながら、走らずに自宅に戻るのはもったいない。

 ヒルクライムの性能を試すには走り慣れたここが一番だな。

 早速走り始めると、今までより軽い力でホイールが軽快に回った。

 これが反応性がよいフレームに、ローハイトの軽量ホイールを組み合わせたロードバイクの性能か!

 愛車のホイールはギュンって感じで重量物を振り回す感覚だったけど、このホイールはシュンって感じで回るな。

 よくWEBのレビューでギアが一枚軽くなった感覚と言っているのは、こういう事か。

 空力性能重視のディープリムホイールより空力性能は落ちるけど、軽量性からくる上りやすさは圧倒的だな。

 でも転がりが軽すぎて少し苦手な感じもする。

 今までのホイールのゴロゴロ転がる重量感が好きだったからな。

 新しいロードバイクの感触を確かめる様に、全開ではなく抑え気味で走り切った。

 頂上で休憩しながらタイムを確認すると、普段より3分も短縮されているではないか!

 軽快に回るホイールと、疲労感が少ない事から、後半ダレて失速する事が無かったからだろう。

 良いロードバイクだなと思いながら、借りたロードバイクをまじまじと見つめる。

 ふと、フレーム上部に5本の傷があるのが目に入った。

 知らない内に傷つけた? いや、それはないな。

 これは意図的に彫られた物だ。よく見ると階段の様に見える。 

 何の為に彫ったのだろう?


「おいっ、何で中杉君がソレに乗ってるんだ!」


 声の主を確認すると、北見さんだった。

 北見さんはヤビツ峠をよく走っていると言っていたけど、こうして走っている時に偶然出会うのは珍しい。


「北見さん、こんにちは。シゲさんに代車とか言われて無理やり乗せられたのですよ」

「代車だって! ありえないだろ!!」


 北見さんが興奮気味に言う。

 どうしたのだろう?

 確かに代車なんて変だけどさ。


「ロードバイクで代車なんて変ですよね。でも、驚きすぎじゃないですか? 少し大げさですよ」

「中杉君は本当に知らないのか? シゲさんから何も聞いていないのか?」

「代車以外、何も聞いてないですよ。何かあるのですか?」


 北見さんは腕を組み、困った顔をしている。

 何だ?

 私に話すべきか悩んで様にも見えるが……


「中杉君、そいつはな……前の持ち主が『Stairs to victory』って呼んでたんだよ……」


 前の持ち主……北見さんは前の持ち主を知っている?

『Stairs to victory』……勝利への階段?

 なんだか聞いた事があるようなネーミングセンスだな。

 でも、名前まで付けていながら乗り換えたのか?

 代車に使われるって事は、そういう事だよな?


「北見さんの知り合いの方が乗られていたのですね。乗り換えたのですか?」

「乗り換えていねぇよ……それがアイツの最後の愛車だよ。亡くなったシゲさんの息子、古谷蓮のな」


 どういう事だ?!

 何でそんな大切な物をシゲさんは預けたのだ!


「北見さん! 失礼します!!」


 私は北見さんに別れを告げて、急ぎシゲさんのお店『エンシェント・バレー』に向かった。

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