番外編 会津君襲来!!

第64話 遅れて来た会津

 十二月の寒い冬の日、とある土地のとある高校。その一室でそれは起きた!


「雪穂ちゃん、お待たせ。君を迎えに来たよ」

「「……え?」」


 鎌倉時代、日本にその牙を向き、大きな衝撃を与えた元の襲来。

 俺の中でそれに負けず劣らずの衝撃となる、会津君襲来である。




***********



 十二月、それは人肌が恋しくなる季節だ。

 夜の街中はイルミネーションで光が溢れ、ふと辺りを見渡せば防寒具に身を包み楽しそうにしているカップルの姿が目に入る。


 例年であれば、そんな季節でも俺は早々に帰宅し、やれクリスマスだなんだと騒ぐ世間に流されることなく学生の本分たる学びに勤しみ、SNSで求めてもいないのに流れてくるカップル共の写真を見て歯ぎしりをしていたところだ。

 しかし、今年は違う。


 横を見れば、怪訝な表情で俺を見つめる俺の彼女である黒井雪穂がいた。

 俺の彼女である黒井雪穂がいた!!


「おい、信号青になったぞ」

「お、悪い」


 立ち止まって雪穂を眺めていると、手を引っ張られる。

 現在時刻は朝の八時。

 寒くて何もかもが嫌になる冬の通学路にも関わらず、俺のテンションは最高潮。

 今生の幸せを嚙みしめていた。


「なにニヤニヤしてんだよ」


 手に伝わる雪穂の温もりと目に映るマフラーを身に付けた冬の雪穂の姿を堪能していると、不意に張本人である雪穂に問いかけられる。


「今日も雪穂は可愛いなって思ってな!」

「あっそ」


 満面の笑みを浮かべると、雪穂は素気ない返事をして顔を前に向ける。

 学園祭の日から付き合い始めておよそ二カ月。この二カ月間、俺は時に悩み苦しみながらも黒井雪穂という女の子の良き彼氏となるべく奮闘し続けた。

 その結果、遂に俺は女の子が頬を赤らめている時は必ずしも怒っているわけではないことを学んだのだ。


 今の雪穂の反応も冷たいように見えるが、その手は依然として俺の手に握られたまま。

 口元もマフラーで見えにくいが、よく見れば若干口元が緩んでいる。これは照れているサインだ。

 だが、ここで「あ、雪穂照れてるんだー」と揶揄ってはいけない。揶揄うと睨みつけられる(経験済み)。


 とはいえ、雪穂が照れているときは中々にチャンスだ。

 照れている時、雪穂は口数が減る。この間に、日頃から俺が思っていることを伝えることが何よりも大事だ。


「それにしても今日も本当に可愛いな。モコモコしてるマフラーを身に付けてるところは可愛らしいの一言だし、何より着目すべきは足だよな。黒のニーハイソックスによって際立つ足のライン! そして、スラッとしていながらも柔らかそうな肉感がある絶対領域! 控えめに言って、美しい。最早芸術とも言えるその姿は男女、校内外問わず大勢の人が一度は振り返ってしま――あいてっ」


 黒井雪穂・冬の姿について熱く語っていると、突然手に爪をたてられた。

 まさか、と思いつつ雪穂の方に顔を向けるとそこには顔を真っ赤にしてこっちを睨みつける雪穂の姿があった。


「ふふっ。若いっていいわねぇ」

「ねーねー、あれ黒井さんと佐々木君じゃない?」

「本当だ。ラブラブで有名って聞いたけど、本当だねー。佐々木君みたいな情熱的なのも悪くないかもなー」

「ちっ。リア充が……爆発しろ!」

「見せつけやがって……! 俺だって、俺だって……顔と運動神経と頭がよくなれば……!!」


 気付けば、俺と雪穂はすっかり周りの注目の的だった。

 どうやら、俺の思いが溢れすぎて周りにもその声が聞こえてしまっていたらしい。

 なるほど。つまり、今の雪穂の心境は……。


「褒められるのは嬉しいけど、周りから注目されて恥ずかしい。せめて、時と場所は考えてくれ……ってところか」

「分かってるなら実践しろ!!」

「頭で理解してても、身体は勝手に動く。全ては雪穂が可愛いのが悪い」

「お、お前は本当に……っ!! ふんっ」


 私、怒ってますと言わんばかりの表情で俺を睨みつけた後、プイッと顔を逸らし、ずんずんと歩みを進める雪穂。けれど、手は繋いだままだった。


「ああああ!! 本当に好きっ!!!」

「い、いい加減黙れ!!」


 冬の朝の晴れた空に乾いた音が鳴り響き、今日も一日が幕を開けた。


 今日もいい日になりそう!


 この時の俺はまだ気付いていなかった。

 かつてないほどの脅威が俺の背後に迫って来ていたということに……。



*********



 今年のクリスマスは何をしようかなぁ、とやがて来るであろう恋人たちにとって特別な一日とも言える日に思いを馳せていると教室の扉が開き、いつも通り担任の先生が教室に入って来る。

 だが、いつもと違い、先生の後ろからは見たこともない一人の美男子がついてきていた。


「誰あれ?」

「知らね。転入生か?」

「結構かっこよくない?」

「私タイプかもー」


 教室内の生徒たちがにわかに沸き立つ中、先生がパンと手を叩き、全員を黙らせる。


「それじゃ、転入生を紹介するぞ。それじゃ、自己紹介してくれ」

「はい」


 先生に返事を返すとその美男子は教壇の前に立つ。

 片目を覆うほどの長さがある前髪、艶のある綺麗な黒髪に切れ長の大きな瞳。

 身長は百七十後半といったところだろうが、モデルかと疑うほどのスラッとした体型のせいか、もっと高く見えた。

 クールと言葉がよく似合う引き締まった表情で教室内をグルリと見回す転入生だったが、突然、その目が大きく見開かれる。


「ゆ、雪穂ちゃん!」

「……え?」


 名前を呼ばれたことに雪穂が驚いていると、その転入生はいてもたってもいられなくなったのか、自己紹介そっちのけで雪穂の下に歩み寄る。

 そして、突然雪穂の前で膝間突き雪穂の手の甲に口づけをした。


「なっ!?」

「お待たせ、雪穂ちゃん。君に相応しい人になって帰って来たよ」


 その瞬間、教室内の女子たちから黄色い声援が上がる。

 だが、手の甲とはいえ自分の彼女に口づけをされて黙っていられるはずもない。


「ちょ、ちょっと待て! お前いきなり何してくれてんだ!」

「……ん? 君はなんだ?」

「何だはこっちのセリフだ! 人の彼女に何勝手に手出してんだ!」

「雪穂ちゃんが君の彼女……?」


 転入生は怪訝な顔を浮かべると、雪穂の手を放し、俺をジロジロと見つめてくる。


「……君のような冴えない男が雪穂ちゃんの彼氏?」

「そうだよ。それより、お前は一体誰なんだ?」


 俺が問いかけると、転入生はスッと立ち上がり、軽く膝についた誇りを祓ってから、胸に手を当てて微笑んだ。


「申し遅れたね。ボクの名前は会津春華《あいつ はるか》。雪穂ちゃんの幼馴染で、雪穂ちゃんとは将来一緒にいることを約束した仲さ」


 まさか……いや、そんなあり得ない。

 その存在は他でもない雪穂自身が否定したはずだ。いるはずがない……!

 存在していいはずが無いのだ!!

 だが、目の前にいる転入生が何よりその存在を証明している。


「ああ! お前、春ちゃんか! 全然気づかなかった……」

「雪穂ちゃん! 思い出してくれたんだね! そうだよ、ボクが春ちゃんだよ」


 雪穂も手の甲に口づけされたというのに、嫌悪感を欠片も露わにせず親し気にしている。

 やはり、そうなのか……?

 いや、そうとしか考えられない。

 俺が勘違いだと思っていたことは勘違いでは無かった。


 即ち――――会津君は存在した。



 動揺を隠し切れない俺の前に、会津君は一歩近寄る。そして、俺の額にトンと人差し指を当てた。


「君が雪穂ちゃんの恋人だと言うなら、ここではっきり宣言させてもらうよ。雪穂ちゃんの隣はボクが貰う。生憎、君が恋人だからと言って簡単に諦められるような思いじゃないからね」


 力強い意志を宿した、真っすぐな眼差しだった。

 その目を見ただけで、会津君がどれだけ黒井雪穂という少女のことを思っているかがはっきりと伝わって来た。


 会津君は言いたいことは言えたのか、身を翻し教壇の前へ歩みを進める。


 会津君が存在したこと、雪穂が会津君と親し気にしていたこと、会津君が俺の想像を遥かに超えるイケメンだったこと。

 頭の中を多くの情報と感情が駆け巡る。


 ただ一つだけ、完璧に理解できていることがある。


「俺は黒井雪穂が大好きだ」


 教壇の前へ歩く会津君の背中に声をかける。

 会津君に俺の声はしっかり届いたのか、歩みを止めてチラリとこちらに視線を向ける。


「その思いは揺るがないし、黒井雪穂の隣を譲る気は毛頭ない」


 会津君がどれだけ優秀であろうと、どれだけ雪穂と仲が良かろうと、俺の思いは止められない。


「ふっ。流石に雪穂ちゃんに選ばれるだけの理由はあるってことかな」


 会津君は少しだけ楽しそうに微笑んでから、教壇の前へ戻っていった。



*********



 負けない。

 黒井雪穂を好きだという思いだけは、絶対に負けない。


 二人の思いが交錯する教室。

 その隅で一人の少女が机に突っ伏していた。


「あのバカ……ッ!!」

「く、黒井さん? 大丈夫? 耳真っ赤だよ?」


 こうして、一人の少女を愛する二人の身勝手な争いは幕を開けた。 



☆☆☆☆☆


******<ここから本文に関係ない場所>******


 ある読者の方々からコメントを頂き、去年からこの作品の番外編を書いていたことを思い出したので、出来ているところまで公開します。


 わざわざコメントや感想を下さった方々、本当にありがとうございます!

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