第63話 学年一の美少女に勘違いした結果

 アンコールも終わり、俺たちは部室に戻ってきていた。

 誰から何を言い出すこともなく、三人とも静かに二回の部室から窓の外を見つめていた。


「いやー、それにしても三曲目酷かったべ」


 ようやく出た拓郎の第一声はそれだった。


「くくっ。同意ですな」


 九朗も三曲目が終わった後のことを思い出したのか、口元を抑えて笑っていた。

 そんな二人の様子を見て、俺の顔が熱くなる。


「い、言うな!」


 二人の言う通り、三曲目に披露した「勘違いDreamer」という俺たちのオリジナル曲は、それはもう見事なまでに観客たちを置き去りにした。

 まあ、当たり前と言えば当たり前である。

 夏前から学園祭でオリジナル曲をやろうという話はしていたので、曲自体の完成度はそこまで悪くなかった。

 だが、俺の思想がまるごと詰まった自己満足な歌詞はやはり大衆にはウケなかった。

 そもそも、歌詞は元々決まっていたものを俺が一週間前に無理矢理変えたし、ボーカルも何故か拓郎ではなく俺だった。

 それもよくなかったのだろう。


「まあ、でも一番熱かったべ」

「そうですな。次郎殿の思いが嫌というほど伝わりましたぞ」


 成功か失敗で言えば大失敗。

 そんな結果になったにも関わらず二人の表情は笑顔だった。


「ありがとう。俺の我儘に付き合ってくれてさ」

「気にする必要はないべ。篠原先生の笑顔がこうして見れている。俺は満足、だべ……」


 拓郎の言葉通り、俺たちの視線の先には校舎裏で手を繋ぎ笑顔を浮かべる秋姉と村野さんの姿があった。

 二人とも心底幸せそうだ。

 見つけたのは偶々だが、あの様子なら俺の思いは村野さんに伝わっていたのだろう。

 だが、それは即ち拓郎と九朗の恋が完全に終わったことを示していた。


 目を真っ赤にし涙をこらえる拓郎に何と声をかけていいか分からぬまま、固まっていると九朗が俺の肩に手を置いた。


「次郎殿にはまだやらなくてはならないことがある。そうでしょ?」

「そうだけど、でも……」

「拙者らはこうなる可能性も見越した上で、次郎殿に協力した。ならば、次郎殿はその結果を気にする必要などありませんぞ。さっさと幸せになれ、ですぞ」


 話は終わりだと言わんばかりに九朗は部室の外を指差す。


 本当にいい仲間に出会った。

 この誇り高き二人を俺はきっと忘れない。


「ありがとう」


 二人に頭を下げて、部室を飛び出す。

 既に黒井にメッセージは送っている。夕方五時に屋上で待っていてくれ、と。



*********



 次郎が去った後、部室には二人の失恋を味わった男たちが残っていた。


「なあ、九朗」

「なんですぞ?」

「かっこつけるって、しんどいべなぁ……」

「……っ。そう、ですな……」


 二人は静かに涙を流す。

 その涙こそが、彼らの思いがいかに本気だったかを何より雄弁に語っていた。

 後悔など山ほどある。愚痴だってあるだろう。

 それでも、彼らはそれらを飲み込み、最後まで篠原秋という女性に恋した男として、佐々木次郎の友人としてかっこつけることを選んだ。


「勘違いDreamer……か。皮肉な歌だべ」

「勘違いして、夢を見て、夢破れる。正しく拙者たちですな。……後悔は?」

「あるに決まってるべ。もっと出来ることがあったんじゃないか、そもそも次郎に協力しなければ良かったんじゃないかって。でも、自分の思いに向き合って、告白したことに後悔はないべ」

「そうですな」


 拓郎が大きく背伸びをする。

 

「さて、それじゃ次に向けて頑張るべ」

「分かりましたぞ」


 涙跡が残る目元。

 だが、拓郎の表情は失恋した割には晴れやかだった。


 後悔は誰だってする。

 後悔を無くすことは不可能だろう。それでも、後悔を減らすことは出来る。

 少なくとも、拓郎も九朗も「告白していれば」という後悔はない。



*********



 夕方の四時五十分。

 黒井雪穂は秋風が吹き抜ける屋上に一人いた。

 彼女もライブを見ていた。佐々木次郎の言葉も聞いている。

 そして、佐々木次郎の言う好きな人が自分であり、彼がこれから自分に告白するつもりであろうことも十分すぎるほどに理解していた。

 だからだろう。

 黒井雪穂はらしくもなく、ソワソワと緊張した様子でいた。


 あのバカはどんな告白をするのだろう。

 やはり、無難に「好きです」だろうか?

 告白されて、付き合えたらどうしよう。

 デートには行くとして、キスっていつするのが正解なんだろう。そういえば、付き合うと態度が変わる人もいるって聞くけど、あのバカは大丈夫だろうか?

 

 まだ決まってもいない未来に思いを馳せ、頬を赤く染めていると屋上の扉が開く音がした。

 遂に来た。そう思い、緊張を必死に胸の内にとどめて扉に目を向ける。


 視線の先に、黒井雪穂が待ち望んでいた男はいなかった。


「よ、ようようよう! 可愛い姉ちゃんがいるじゃねーかよう!」

「こいつあ、か、可愛いぜ! なあ、姉ちゃん、ちょっと俺らとお茶しねーかぁ?」


 リーゼントのカツラに黒のサングラス。そして、意図的に着崩したであろう制服を着たどこか見覚えのある男子二人。

 慣れていないのだろう、明らかに喋り方に戸惑いが見られた。


「ひょ、ひょえー! これは可愛すぎるぜ!」

「こ、こんな可愛い子は無理矢理拉致してでもお茶するしかないよなぁ?」


 黒井雪穂に恐る恐る近づいてくる二人を見て、黒井雪穂は思い出していた。


「もしかして、同じクラスの秀山と村田か?」


 ビクッ!!


 図星だったのか、そんな音が聞こえてきそうなほど二人は肩を跳ね上げてから硬直した。


「ひ、秀山……? ダレノコトカナ?」

「ム、ムラタ? そんな人知らないなぁ?」


 バレバレである。

 演技するにしても下手すぎるだろう。何となく、黒井の胸に嫌な予感が沸き上がる。

 そして、その嫌な予感は的中することとなる。


「待ちなよ」


 待ちかねた人物の声に黒井が恐る恐る振り返ると、そこには王冠を被り、マントを羽織った佐々木次郎が、段ボールで作ったと思われる白馬を浮き輪のように身に付けて歩いてきていた。


「だ、誰だてめえは!?」

「舐めた真似してっとボコボコにするぞ!」


 佐々木の登場により、秀山と村田がこれ幸いとばかりに次郎に突っかかる。

 ここまで来ると黒井雪穂も何となく察していた。

 恐らくこれは茶番劇だろう。どういうつもりか知らないが、佐々木次郎はこの茶番劇こそが告白に相応しいと考えたらしい。

 呆れてものも言えない黒井を他所に佐々木たちは生き生きと茶番劇を繰り広げ続ける。


「俺か? 俺は白馬の王子様だ!」

「な、なんだと!? 白馬の王子様だって!?」

「ひ、怯むな! 相手があのそこそこ勉強が出来て、バスケも素人よりは上手くて、女の子にも優しくて、恋人を絶対に大事にすると言われている白馬の王子様だとしても、喧嘩が強いとは限らない!」


 「うおおお!!」という掛け声と供に、白馬の王子を名乗る佐々木に襲い掛かる二人。

 その二人に対して、佐々木はフッと笑みを浮かべた後、二人の額にトンっと人差し指を当てた。


「なっ……う、動けない!?」

「人差し指だけで動きを止めているというのか!?」


 動揺しているかのような演技をする秀山と村田。

 その二人に対して次郎は得意げな笑みを浮かべていた。


「無益な争いは俺の望むところではない。大人しく立ち去りたまえ」

「「は、はい!!」」


 次郎に一睨みされると同時に秀山と村田は走って屋上を立ち去った。

 その姿が見えなくなってから佐々木は黒井に顔を向ける。


「大丈夫か?」

「お前さぁ……」


 キリッとした目つきで黒井の顔を見つめる佐々木。

 その佐々木の視界に入って来たのは額を抑えてため息をつく黒井の姿だった。


(あれ? おかしいぞ? 白馬の王子様に助けられるという夢のようなシチュエーションを前に黒井の顔が真っ赤になっているはずだったのに……。いや、まだ決めセリフを言っていないからだ。そ、そうに違いない!)


 困惑しながらも、気を取り直して告白の言葉を紡ぐべく深呼吸を一つする佐々木。

 そして、彼は黒井の手を取り彼女の前に忠誠を誓う騎士の如く跪く。


「黒井雪穂が好きだ。この思いに嘘は無い。この手をどうか、これから先ずっと俺に掴ませて欲しい」


 佐々木の真剣な眼差しに黒井の心臓が大きく跳ねる。


(こ、こいつ……! しょうもない茶番劇してた癖に……)


 何だかんだ言っても黒井は佐々木のことが好きなのだ。好きな人が真剣な表情で告白して来れば嬉しいと思うし、照れる。

 だが、あの茶番劇を黒井が喜んでいると思われることは黒井のプライドが許さなかった。

 結果、黒井はプイッと顔を横に逸らした。



**********



 渾身の告白だった。

 黒井が憧れていたという白馬の王子様スタイルで登場からの、物語の定番とも言える女の子のピンチを救うという流れ。

 そして、真っすぐ思いをぶつけるというこれ以上ないほどに完璧な告白……のはずだった。

 だが、俺の告白を受けた黒井は俺から顔を逸らしている。


 これはあれか? お前の顔も見ていられないってことか?

 ふっ。結局、俺の勘違いだったってことか……。


 目からこぼれそうな塩水を必死にこらえていると、遂に黒井が口を開いた。


「一つだけ言っとく。最初の茶番劇はマジで意味が分からなかった」


 まさかのダメ出しだった。


「え!? あ、いや、でも……黒井が白馬の王子様が好きだって……」

「昔の話な。今は別にそうでもねーよ」

「うっそー。じゃあ、俺は勘違いしてたってこと……?」

「そうだな。勘違い野郎」


 ガーン。

 一年経ったけど、未だに俺は勘違い野郎でした。俺の恋を応援してくれた皆さん(いるか知らないけど)、応援ありがとうございました!

 現実は甘くなかったよ! 

 

 好きでもない奴に触れられても嬉しくないだろうと思い、黒井の手を放す。

 だが、何故か黒井は俺の手を掴みなおした。


「……え? 黒井……?」


 顔を上げると、そこには少し頬を赤らめた黒井の笑みがあった。


「雪穂」

「……え?」

「雪穂って呼べ」

「それって……?」


 どういうこと? と俺が言葉を続ける直前で黒井の顔が急接近したかと思えば、唇に柔らかい何かが当たった。

 一瞬の様にも、とてつもなく長いようにも感じられたその時間は、黒井が俺から離れたことで終わりを告げる。


「プロポーズは期待してるから」


 黒井はそれだけ言うと、恥ずかしそうにそっぽを向いた。


 一瞬、本当に一瞬頭の中が真っ白になった。

 さっきの出来事は夢なんじゃないかと思う。

 でも、手に伝わる温もりが、目の前で頬を赤くしながらこちらをチラリと見つめる黒井の、いや、雪穂の表情が、これだけは勘違いじゃないと言っているような気がした。


「あー! もう、本当に好き!!」

「なっ!? な、何叫んでんだお前!」


 勘違いから始まった俺の恋は、一つの節目を迎えた。

 多分、これからも俺は勘違いしながら生きていくことになるだろう。もしかすると、誰かに勘違いさせることもあるかもしれない。


「いや、ちゃんとお前のことが好きだって気持ちを伝えとかないとな。勘違いされたら困るからよ」

「ふーん。たまにはいいこと言うじゃん」


 秋風が吹き抜ける。

 日も落ち始めていて、身体がぶるっと震える。


「ちょっと寒くなって来たな。なあ、中に入ろうぜ」


 俺がそう言い終わると同時に、雪穂がギュッと俺に身体を寄せる。

 そして、小さく呟いた。


「私も好きだよ」


 学年一の美少女と名高い黒井雪穂が俺のことを好きになる。

 今度は勘違いではない。




********



 勘違い野郎・佐々木次郎の勘違いは見事に解消されたので、この物語はここで終わりとさせていただきます。

 ちょっと口の悪いヒロインとバカの恋愛が見たかっただけで書き始めたこの作品ですが、想像以上に読んでくださる方がいて驚きました。

 皆様がいたからこそ、ここまで書き続けることが出来たと思っています。

 ここまで読んで下さった皆様、本当にありがとうございました!!

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