第62話 俺の歌を聴け―!!

 カーテンが閉められ、太陽光が殆ど遮断される。

 体育館内のライトも全て消灯されており、真っ昼間にも関わらずかなりの暗い空間が出来上がっていた。

 そんな中ステージ上に立つ俺たちに頭上からスポットライトが降り注ぐ。

 数少ない明かりを前に、体育館内にいる人の視線がほぼ全てこちらに向けられる。

 数百とある目に見つめられれば、緊張で喉も渇く。


「やりたいことやるだけだべ」


 横を見れば、髪をワックスでギチギチに固めた拓郎が白い歯を見せて笑っていた。


「こんなもの、自己満足に過ぎませんぞ。なら、精一杯満足しましょうぞ」


 振り返れば、金色のバンダナを頭に巻き、逆立てた長い髪をワックスでガチガチに固めた九朗がいた。

 そんな二人を見て、俺は苦笑いを浮かべる。


「お前らさぁ……。もっと自然体で良かったんじゃね?」

「「お前には言われたくない」」


 二人が言うように、俺の髪もまたワックスでギチギチに固められていて、顔は白塗り、目には☆型のメイクが施されていた。


 勿論、これにはちゃんとした理由がある。

 ライブ前に俺たちが一年生の頃三年生だった軽音部の先輩たちが突然やって来て言ったのだ。


『んー、なんかお前ら地味じゃね? ちょっと髪型とかメイクとかしてやるからこっち来い』

『え? あ、いや、別にこのままでいいんですけど……』

『いや、伝統だから』

『ええ……』

『悪しき伝統だとは思うぜ。本当に嫌なら断れ。でもよ、皆が皆素面ではっちゃけられるわけじゃねえ。生きていく上では仮面を被ることもいる。かっこつけることだって必要だ。軽音部は言っちゃ悪いが、活躍の場は殆どない。でも、今日だけはお前らの晴れ舞台だ。普段の学校生活なんざ気にせずに、誰よりも目立って、誰よりも思いっきり楽しんで欲しい。そのための手伝いとして、どうだ?』


 そして、今に至るというわけである。

 俺らの格好を見て、体育館内からクスクス笑いも聞こえる。

 嘲笑も含まれているだろう。だが、不思議とそこまで気にならない。多分、吹っ切れたのだと思う。

 そういう意味では、この格好はいい格好……なのか?


 そんなことを考えていると、拓郎が俺に視線を送っていることに気付いた。

 その視線に頷きを返すと、拓郎がマイクを持ち話し始めた。


「えー、どうも。俺たちは軽音部です。普段は部室の中に引きこもっていますが、今日はこうしてライブをさせてもらいに来ました」

「見た目の割に真面目か!」


 体育館の最前列にいる誰かが声を上げる。よく見れば、それは俺のクラスメイトの花田だった。

 そのツッコミで体育館内に笑いが少しだけ巻き起こった。


「そうなんです。実は、こう見えて俺たち音楽には真摯に向き合ってるんですよ。音楽を始めた理由もなんかかっこよくてモテそうだったからですしねー」

「下心丸出しじゃねーか!」


 花田のツッコミを聞いた後、拓郎が分かりやすいボケを一つ仕込めば、花田がそれに反応する。

 正直、俺は驚いていた。

 拓郎はお調子者だが、ここまでテンポのよいトークが出来るとは思っていなかったからだ。


 何はともあれ、このトークで体育館内の空気は弛緩する。

 学園祭という場だからこそ、空気感は大事だ。俺たちは友達が多いというわけではない。

 だからこそ、ライブを聞いてもらうには印象が大事だ。


 あれ? そう考えると、最初の見た目でインパクトをつけるという意味ではこのメイクって効果があったのか!?


 そう思っていると、体育館の壁に寄りかかっていたOBたちがフッとした笑みを浮かべながら親指を突き立てていた。


 せ、先輩……!!

 ただ遊んでただけじゃないんですね!!


 先輩の気遣いに気付いたところで、話を戻そう。

 印象が大事だからこそ、最初のトークは重要だ。ふざけ過ぎず、固すぎない。そういう意味で言えば、拓郎のトークは及第点と言えるはずだ。

 現に、体育館内にいる人の中にチラホラと笑みを浮かべている人が見られる。


「さて、あんまり喋りすぎてもあれなんで、そろそろ演奏しようと思います。今日は全部で三曲披露しようと思ってますが、アンコール用の曲も練習してるので、アンコールを含めて四曲ですね。アンコールが無かったら泣きながら部室でアンコール用の曲を弾きます。それじゃ、どうぞ聞いてください!!」


 拓郎がそう言い終わると同時に、九朗がスティックでリズムを取る。

 そして、一斉に演奏を始める。


 多分、殆どの人が一度は聞いたことがあるほど有名なJーPOPだ。知っている曲であれば、観客も盛り上がりやすい。

 何よりもボーカルの拓郎の声がよく、ギターとドラムのレベルが高いからこそ引き込まれやすい。

 流石は拓郎と九朗だ。


「ふぅ」


 気付けば一曲目に続き、二曲目も終わっていた。

 そして、残すはあと一曲というところで拓郎が俺にマイクを差し出す。


 ここから先は、聞くに堪えない俺の自己満足タイムだ。


「あ、あーあー」


 マイクに声を通す。

 これまで一言も喋っていなかった男の登場に静寂が体育館を包み込む。

 当然と言えば当然だが、誰だお前という視線が凄い。


 知人も中にはいるとはいえ、知らない人の方が圧倒的に数は多い。

 そんな中、俺は見つけた。体育館の隅で肩身狭そうにしながらこちらを見る村野さんの姿を。


 その人がいるなら十分だ。


「突然ですが、俺には好きな人がいる!」


 唐突なカミングアウト。

 殆どの人が唖然とする中、ステージのすぐ傍に陣取っていた花田は「ヒューヒュー!」と下手な口笛で茶化してきていた。


 ナイスだ花田。

 花田がいるだけで随分と空気が和んでいるような気がする。


「ちなみに、その人には高校一年生の頃だけで二回フラれている」

「脈無しですな」

「だべ」

「まあ、俺の仲間も言うように脈無しだ。諦めた、つもりだった。でも、諦めきれないもんだね」


 俺の一人語り、中には頭に疑問符を浮かべている人や、つまらなさそうにしている人もいる。

 こうなるだろうことも分かってる。

 それでも、伝えたいことがある。


「滅茶苦茶色々考えた。未練がましくまた告白してもいいのか? これ以上関わらない方が互いのためじゃないか? そもそも、俺とその人は釣り合ってないんじゃないか? 色々考えて果てに分かったことが一つだけある」


 そこで一度間を空け、周りをぐるりと見渡す。

 一様にボーッとした顔でこっちを見てる。

 だが、村野さんは真剣な表情でこちらを見つめていた。そのことを確認してから深く息を吐き、口を開く。


「これだけ悩むくらい、俺はその人のことが好きだってことだ。その気持ちだけには嘘をつけない。嘘をつきたくない」


 真っすぐ、ある一点を見つめる。

 

「俺は典型的な勘違い野郎だ。「俺のこと好きなんじゃね?」と思って、告白した回数は数知れない。それでも、俺の思いだけは勘違いなんかじゃない。その時、思った好きだって気持ちは嘘じゃない。俺の好きな人が俺のこと好き。好きな子と付き合って、結婚して、幸せな家庭を築く。そんな夢見て何が悪い? 夢を叶えられるのは、夢を信じて行動した奴だけだろ」


 なあ、村野さん。あんたはどう思う?

 あんたが本当に恐れていることはなんだ?


 まあ、そんなことはどうでもいいか。

 今は、どいつもこいつも黙って俺の歌を聞け。


「『勘違いDreamer』!!」



*********



 村野冬樹。二十一歳。

 時折、彼は考える。人はいつから大人になるのだろうと。


 成人を迎えた。

 一人暮らしもした。アルバイトをして、お金を自分で稼ぎもした。

 お酒を飲むようにもなった。タバコは吸わないが、周りにはタバコを吸っている人もいる。

 まだ、大学生ではあるが、おおよそ自身が子供の頃に「大人の証」と漠然に思っていたことの多くを彼は経験したと言ってもいい。


 だからこそ、分からない。


 子供と大人、何が違うのか。

 高校生の頃と大学生になった今の自分、どこに差があるのだろうか。


 結局、今も昔も変わらない。

 自分は自分の気持ちをさらけ出すことを恐れている。誰かに否定されることに怯えている。

 自分を守るために、壁を作る。

 そして、自ら踏み込むことはしない。そうすれば、誰も傷つけないし、それ以上に自分が傷つかないから。


 そんな彼の壁の中にずけずけと入り込んできた女性こそが篠原秋だった。

 秋との日々は冬樹にとって刺激的で、色鮮やかなものだった。何より、あちらから踏み込んできてくれたことが嬉しかった。

 この時間が永遠に続けばいい。


 そう願うが、そう上手くはいかないのが人間関係だ。


 秋が求めているのは対等な関係だった。

 冬樹もそれくらい理解している。

 踏み込み、踏み込まれ、それで初めて対等な関係となる。


 ならば、冬樹はこれまでに何度篠原秋という女性の根幹に踏み込んだことがあるのか?


 ない。それが答えだ。


 相手の内情に踏み込む行為には、常に相手を傷つける可能性と自分が傷つく可能性が秘められている。


 結論を言おう。今も昔も村野冬樹という男は変わっていない。


 誰かを傷つけること以上に、自分が傷つくことを恐れている。

 だから、彼はあと一歩が踏み出せない。


 「人のため」という言葉を言い訳に、自分を必死に守る臆病な偽善者。

 学校の先生たちが言うような、誰かのために行動できる高尚な存在ではない。いつまでも我儘を言って、大切なものからも目を背ける子供。

 他ならぬ村野冬樹自身が自分はそうだと思っていたし、そんな自分が嫌いだった。



********



 冬樹が学園祭に来た理由は、一言で言えば未練である。

 行かなくても良かった。寧ろ、本当に篠原秋との繋がりを断ちたいと考えているなら、行かない方が正解だった。


 冬樹の思いを理解できるのは冬樹だけである。

 だが、紛れもなく一つ言えることは彼がここに来るだけの理由がここにはあったということだ。



 冬樹は見入っていた。

 彼の目の前ではその佐々木次郎がマイクの前で歌い始めている。


 下手くそな歌だ。

 歌詞の内容も薄っぺらい。

 さっきまでのギターの少年が歌っていた時の方が遥かに音楽として聴いていられた。


 だが、何故かこっちの方が胸に響く。


「勘違いDreamer……」


 歌の中でも何度か出て来た単語。

 それを口にした時、冬樹はようやく佐々木次郎が何を叫んでいるのかを理解出来た気がした。


「ああ、そっか……。そうなんだ……僕はずっと勘違いをしていたんだ……」


 冬樹は自分が嫌いだ。

 自分のことばかり守ってしまう。自分が傷つくことを恐れて、一歩が踏み出せない。


 だけど、それは違うのかもしれない。


 自分のことが嫌いなら、どうして自分が傷つくことを恐れるのか?

 余計なことを削ぎ落せば見えてくる。

 なんてことはない。冬樹は自分が大切なのだ。


 嫌いなんかじゃない。自分が大切で、好きだから、傷つけたくないと願う。


 なら、どうする?

 大切な自分の思いは何だ? 大切な自分が一緒にいたいと願う人は誰なのか?


「俺は勘違いDreamer。だから、今日もバカな勘違いしながらたった一つの夢を叶えるために一歩踏み出すのさ」


 次郎が謳う。


 村野冬樹は愚かな勘違い野郎だ。

 だから、勘違いしよう。篠原秋を世界で一番幸せに出来るのは自分だと。

 そして、夢を見るのだ。

 自分の好きな人と自分が結ばれて、幸せになれるという夢を。


 曲が終わる頃には、ずっと踏み出せずにいた一歩は踏み出せていた。



*************


 マクロスFはランカ派です。

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