第61話 学園祭
『祭りじゃあああああ!!!』
「「「うおおおおお!!」」」
生徒会長によるテンションの高い掛け声から始まった学園祭。
俺は勝負の時ともいえるライブに向けて部室で準備をしていた。準備といっても大したことはない。
ただギリギリまで練習を積み重ねるだけだ。
拓郎と九朗の二人は部室にはいない。二人とも午前中はクラスの出し物を手伝わなくてはならないらしい。
「ふぅ」
学園祭が九時に始まってから早いもので既にニ時間が経過していた。
軽く汗を拭い、水を飲む。
窓の外に目を向ければ、タコ焼きやらクレープやらを片手に学園祭を楽しむ大勢の生徒の姿があった。
その中には優斗と宮本さんの姿もあった。
ぶっちゃけ羨ましい……。
外を暫くの間眺めていると、不意に背後から扉が開く音がした。
振り返ると、そこには黒井の姿があった。
「やっと見つけた。こんな隅の狭い部屋で何してんだ」
「いやいや、それはこっちのセリフだよ。お前、クラスの手伝いしてたんじゃないのか?」
「変わってもらった」
「ええ……」
黒井はそう言うと、勝手に椅子を引っ張り出してきて座る。
そして、俺の飲みかけの水が入ったペットボトルに手をかける。
「これ、貰うな。さっきからのど渇いててよ」
「ち、ちょっと待て! それ俺の飲みかけ……」
声を出した時には、既に黒井はペットボトルの飲み口に口を付けていた。
か、間接キス!!
動揺している俺を他所に黒井は水を飲み干すと、俺の表情を見てニヤッとした笑みを浮かべる。
「あれ? もしかして関節キスしたこと気にしてんのか?」
「ち、ちがわい! あれだよ、あれ。感染症対策が甘いなーって思ってたんだよ!」
「あっそ。私は結構ドキドキしたけどな」
「……え?」
言われてみればそう言う黒井の顔はどこか照れているようにも見えた。
え? ドキドキ?
それはあれですか? いわゆる、胸の高鳴りとかトキメキとかに分類されるやつですか?
不整脈とか、運動後に心拍数が上がるやつじゃない?
「あはははは! 固まり過ぎだろ。動揺が表情に出過ぎだっつーの」
俺が悶々としていると、黒井は突然声を上げて笑いだした。
「お前の飲み物、私が全部飲んじまったからよ、一緒に飲み物買いに行こうぜ」
黒井はそう言うと俺に背を向けて席を立つ。
「いや、でも俺この後のライブに向けて練習しねーと……」
「ちょっとくらいならいいだろ?」
「まあ、そうか」
黒井の提案に乗り、気分転換を兼ねて俺は黒井と供に飲み物を買いに行くことにした。
*********
俺の高校の学園祭は二日間に分けて開催される。
初日は各クラスの出し物が中心、唯一生徒たちの有志による催しがステージで行われる。
例年、この有志の場で軽音部は数曲ライブを行っており、今年もその予定である。
ちなみに二日目は生徒会主催のイベントがあるらしい。
どこか上機嫌に見える黒井と並んで、廊下を進む。
校内には制服姿の学生が多いものの、中には私服姿の人も見られた。
そして、やはりと言うべきか黒井雪穂は多くの視線を集めていた。
生徒ではない私服姿の人はまだしも、制服姿の男たちまで吸い寄せられるように視線を向けるのだから流石の一言だ。
「……おい、あれ見ろ」
「黒井さんと……なんだあの冴えない男?」
「まるで月とスッポン……いや、スッポンは滋養強壮に効果があることで有名な高級食材だ。あの男にそこまでの価値があるとは思えない。まるで、月とその辺の石ころみたいだな」
「いや、待て。月も言い換えてしまえば巨大な石ころじゃないか? 太陽の光を反射して輝いているようにもみえるが、太陽が無ければただの巨大な石だ」
「なっ!? てめえ! それじゃ、黒井さんとあの男が同じ石ころ同士お似合いだって言うつもりか!!」
「ち、違う!!」
廊下の隅で一部の男子たちが盛り上がっている。
まあ、今日は学園祭だ。お祭り気分でテンションが上がるのも仕方ないことと言える。
そんなことを考えていると、服の裾を黒井に引かれる。
「なあなあ、タコ焼き食いたくないか? 食いたいよな。買いに行こうぜ」
「いや、俺まだ何も言ってないんだが……」
「なんだよ。食べたくないのか?」
「勿論、食べたい」
俺の返事を聞くと、二ッとした笑みを浮かべて黒井はタコ焼きを売っている三年生のクラスに向かっていった。
「へいっ! らっしゃい!」
「タコ焼きを一つ下さい」
「まいど!! ……って、黒井雪穂!? 貴様ァ……何しに来た!?」
タコ焼きを売っている、頭にタオルを巻いた店員が黒井の顔を見た途端に表情を険しくする。
突然突っかかられた黒井の方は、目の前の男に心当たりがないのか、怪訝な顔つきだった。
「何だ? 黒井、知り合いか?」
「いや、どっかで見たことあるような気がするんだけど……」
「なっ!? 黒井雪穂だけでなく、有象無象の虫けらまでいたのか……!? しかも、この僕のことを覚えていないだとぉ……!」
鬼のような形相で俺たちを睨みつけてくる男。
よく見ると非常に整った顔立ちをしている。
どことなくいけ好かない感じが、金満先輩にそっくりだ。
だが、まさかあの金満先輩が汗水垂らして、頭にタオルを巻き、手には軍手をつけて、タコ焼きを元気よく売っているはずがない。
「もしかして、どこかで会いましたか?」
俺が出来る限り柔らかな口調で問いかけると、男は顔を赤くしてプルプルと震えだす。
まるで肉厚な茹でタコのようだった。
「僕は金満久則だ! あの有名な企業K.Cの元後継者だぞ!!」
そう言うと男は頭に巻いていたタオルを取った。タオルに隠れていた髪が露わになり、俺の脳内にも鮮明に過去の記憶が呼び起こされる。
「ああ!! お前は黒井に粘着質ストーカーと呼ばれていた金満先輩!!」
「やっと思い出したみたいだな」
俺の指摘に金満先輩はやれやれと言った様子で肩をすくめる。
そして、黒井の目つきは見る見るうちに鋭くなっていった。
「……久しぶりですね。また、突っかかってくるつもりですか?」
「ひっ」
黒井の凍てつくような視線に金満先輩が身体を縮こまらせる。
その姿を見て、金満先輩の様子が変わっていることに俺は気付いた。
「黒井、落ち着け。周りには人もいるしさ」
「……まあ、そうか。それじゃ、早くタコ焼き下さい」
俺の言葉を聞いた黒井は、不機嫌そうに鼻を鳴らしてからタコ焼きを要求する。
それを見た金満先輩は肩を落としていた。
「……分かってたけど、やっぱり僕は嫌われてるね。まあ、ちょっと待っておいてよ。焼きたてを準備するからさ」
そう言うと金満先輩は真面目な顔つきに変わる。そして、タコ焼き機にに生地を流し込み、流麗な動きで天かす、紅ショウガ、タコを入れていく。
そして、二本の串を使い次から次へと綺麗な球体のタコ焼きを生み出していく。
……は、早い!!
とてもではないが素人とは思えない。
金満先輩にこんな驚くべき力が隠されていたなんて……!
「……驚いたか?」
「うおっ!?」
突然聞こえた声に振り返ると、そこには眼鏡をかけた男性――村田のお兄さんの姿があった。
村田のお兄さん。
俺の友人である村田の兄だ。球技大会では熱いバトルを繰り広げた。
「驚かせないでくださいよ。お久しぶりです」
「……すまん。だが、あいつの変わりように比べれば大して驚かないだろう?」
「変化ですか……。やっぱり、金満先輩は変わったんですか?」
俺の質問に村田のお兄さんは頷いた。
「……球技大会の日、金満は金で俺たちを買収した。その情報が金満の両親にバレたらしくてな。相当叱られたらしい。……金とは無限に湧き出るものではないし金で何でも買えるわけではない。人の上に立つものは何よりそれを理解しなくてはならない。……そう言われたってよ。そして、高校卒業までは自分で金を稼ぐよう命じられたらしい」
「そうなんですね。それとタコ焼きが何か関係あるんですか?」
「……そこで、あいつが働き口を探している時に俺が紹介したんだ。俺の知り合いのタコ焼き屋をな」
なるほど。そこで修行を積んだから、あれほど上手くなったというわけか。
「……タコ焼き屋の店主も目を丸くしていた。……最初こそ生意気だったが、今では真摯にタコ焼きに向き合っているらしい」
なるほどなぁ……。
それにしても、ここまで変わるとは驚きだ。気付けば周りには見物人が増えていた。
「うおおお!! すげえ串捌きだ!!」
「早い……が、ただ早いだけじゃない。早さの中に丁寧さが混在している」
「ああ。勿論、若さゆえの荒さはある。だが、あの表情を見ろ」
「わ、笑っている!?」
「楽しんでいるのさ。タコ焼き売りは遊びじゃねえ、商売だ。だが、俺たちが初めてタコ焼きを焼いた時、俺たちは笑顔だった。少しでも綺麗なタコ焼きが作りたい。その一心で串を振るったもんさ。真剣に取り組むゆえの楽しさって奴だな」
「……ふん、気に入らんな。商売のいろはも知らぬガキが学園祭という名のままごとで遊んでるようにしか見えん。……だが、もしあのガキが俺たちと同じ領域にまで来て尚笑っていられるなら――」
「「「強力な商売敵になることに間違いはない」」」
「タコ焼き八個入り一丁あがり!!」
そう言ってタコ焼きを差し出す金満先輩の表情は、清々しいもので、綺麗に輝いてみえた。
************
「なんか、凄かったな」
「そーだな」
美味しそうにタコ焼きを一つ頬張りながら黒井は返事をした。
あの後、タコ焼きを貰った俺たちは熱狂冷めやまぬ教室を早々に出て飲み物を自動販売機で購入してから部室に戻ってきていた。
「人って奴は変われるもんなんだなぁ」
「……素質があったんだろ」
タコ焼きをゴクリと飲み込んだ後、黒井はそう言った。
「素質?」
「そう。あの先輩はぶっちゃけうざいが、私にあれだけ執着出来るというのも一つの才能だったと言える」
「才能か?」
「才能だよ。高校球児をみてみろ。毎日アホみたいに練習して甲子園に行きたいって頑張ってやがる。あいつらを凄いっていう人たちがいるだろ? それと一緒だ。向かう先が違うだけで、私からすればあの先輩もそいつらと大差ない」
「そうなのか……?」
「必ずしも甲子園に行けるわけでもないのに、毎日バカみたいに練習する高校球児と、結ばれる可能性はほぼないのに毎日私にアプローチしてきた先輩。同じじゃねーか」
「た、確かに……!!」
「要は向かう先だよ。私だったものがタコ焼きに変わったってだけだ。まあ、いい変化であることに間違いはない。美味いタコ焼き食えたしな」
「ほら、お前も食ってみろよ」とタコ焼きを差し出す黒井。
差し出されるがままにタコ焼きを頬張る。
「あっふ!?」
「あははは! ほれ、水飲めよ」
想像以上の熱さに涙目になっていると、黒井が水を差しだしてくる。ありがたく、その水を受け取り口にする。
「ふー、助かった。ありがとな」
「おう、どうだった?」
「タコ焼きか? それなら、美味かったぞ」
「違う違う。これだよ、これ」
黒井はそう言ってペットボトルの飲み口を人差し指でなぞった。
ペットボトル? 水の味を聞いているってことか……?
いや、違う……!
黒井の意地悪な笑みを見て俺は気付いた。
黒井と俺が買った飲み物は水とお茶の二つだ。そして、黒井は水を飲んでいた。
つまり、先ほど俺が黒井に手渡されて飲んだ水は……!!
「どうした? 不整脈でも起きたか?」
黒井の言う通り、俺の心臓がドキッと跳ねあがる。
そして、心拍数が少し早くなる。
バ、バカな……!?
子供でもあるまいし、間接キスごときで動揺するなんて……そんなわけ……。
「あの先輩が変わったって話をしたけどよ」
動揺している俺の手に黒井が手を重ねてくる。そして、俺の耳元で小さく囁いた。
「私も変わってるかもしれないぜ」
そう言うと黒井はどこか誇らしげな笑みを浮かべて、俺から身体を放す。
そして、タコ焼きのパックを持って身を翻した。
「え? か、帰るのか?」
「ああ。もう昼過ぎだし、お前の仲間たちも来るだろうからな」
「そっか」
「見に行くから、頑張れよ」
それだけ言い残して黒井は部屋を後にした。
その背中を見つめながら考える。
金満先輩は変わった。
黒井もまた、中学生の頃に恋をして自分を変えた。そして、高校でまた少し変わった。
俺も少しは変わってるのだろう。
秋姉も同じだ。今は村野さんに恋をしているが、いつかその思いを色あせていくのかもしれない。
そして、村野さんも……。
いや、そうだとしても変わらない部分だってある。
黒井も言っていた、金満先輩の変化も方向が変わっただけだ、と。
多分、ほんの少しなんだ。
俺も秋姉も村野さんも少しだけ向かう方向が変われば……。
ただ、これは……。
「冷静に考えると中々に酷い押し付けだ」
「音楽とは問いかけであり押し付けですぞ」
「うお!? く、九朗!?」
突然声がしたかと思えば、清掃用具入れから九朗が姿を現した。
「い、いつの間に……?」
「驚かせようと思って隠れたら、あの黒井殿と同じだったからビビって隠れてしまったんですぞ」
「そ、そうなんだ……」
「話を戻すと、拙者は音楽に限らず芸術とは胸の中に秘めたるものをぶつける場所だと思っていますぞ。だから、押し付けでいい。拙者らに出来ることはこの胸の中にある思いを投げつけることだけですぞ。後は受け取り手がどう受け取るか、ですぞ」
ニッと笑う九朗。
だが、その頭には雑巾が乗っかっていて、かっこいいとは言いにくかった。
「や、やべえっしょ! やべえっしょ!!」
九朗に雑巾乗ってるぞと言うべきか迷っていると慌てた表情の拓郎が部屋の中に飛び込んできた。
「どうしたんだ?」
「さ、さっきそこで、黒井さんに会ったっしょ!! すげえ美人だったっしょ!! ……あれ? なんで九朗は頭に雑巾を被ってるっしょ?」
「なっ!?」
気付けば部室にいつものバンドメンバーが揃っていた。
本番前にも関わらず相変わらず愉快なメンバーに笑みがこぼれる。
「よし! いっちょやったりますか!!」
「……? 急にテンション上げてどうしたんだべ? うちのリーダーは俺だべ」
「あ、いや、そうなんだけどさ……」
「さっき黒井殿とイチャイチャしてたから調子に乗ってるんですぞ」
「はぁぁぁ!? 俺たちの神聖な部室でお前は女の子と乳繰り合ってたって言うだべか!?」
「あ、いや、それは違くて……!」
「間接キスで盛り上がっていましたぞ」
「ひょえええええ!! 次郎くぅぅぅん!! すこーし、お話しよっかぁ?」
拓郎の目から光が消えていく。
しまった。この間、失恋したばかりの拓郎を刺激することになってしまった。
ここはどうすべきだ? どうすれば拓郎のストレス値を下げることが出来る?
「拓郎、落ち着けよ。間接キスなんて、今どき小学生でも気にしないって……」
「俺は気にするんだべよぉ……。へへっ……キレちまったべ……完全になぁああ!!」
「ちょっ! 九朗、助けてくれええええ!!」
俺に殴り掛かる拓郎の身体を抑え、九朗に助けを求めるが、九朗は呑気に鏡の前でバンダナを付けていた。
「諦めるべきですぞ。拳でのコミュニケーションを通じて、男たちの絆は深まるのですぞ」
「それは漫画の読みすぎだ! 現実でそんなことは絶対にあり得な――ぶべらっ!?」
拓郎の平手打ちが俺の頬を襲う。
乾いた青春の音がした。
**************
お久しぶりです。
いつも読んで下さる皆様、本当にありがとうございます!
また更新を再開していく予定ですので、これからもよろしくお願いします!
ついでに、最近タコ×異世界で、
「触手がラスボスの世界でタコの能力を手にしたが、ハーレムを目指す」
というバカみたいな作品を投稿していますので、よろしければそちらもお願いします!
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