第49話 泊まり(黒井視点)

「雪穂ちゃん、髪乾かしてあげるからこっちおいで」


 お風呂上り、ドライヤーを篠原さんに借りようとしたところで、声をかけられる。

 一瞬、断ろうかとも思ったが折角の善意を無碍にするのも申し訳ないと思い、お言葉に甘えることにした。


「すいません。それじゃ、お願いします」

「任せてよ!」


 手招きする篠原さんの下に向かい、篠原さんに背を向けてソファーの上に体育座りで座る。

 座ってから暫くして、ドライヤーの音と供に温かい風が髪に当たる。


「やっぱり髪綺麗だねー。高校生の一人暮らしでこんなに綺麗なのって凄いよ」

「あ、ありがとうございます」


 急に褒められて恥ずかしくなる。

 だが、それを言うなら篠原さんの方こそ綺麗な髪をしている。髪だけじゃない、顔もスタイルもテレビに出ているアイドルにも負けないくらいのものがある。


「今、次郎がお風呂に入ってるから聞くけどさ、雪穂ちゃんは次郎のこと好きなんだよね?」


 突然、耳元で篠原さんが呟く。

 篠原さんの言う通り、佐々木はお風呂に入っていてここにはいない。返答をどうするか迷ったが、もうバレているだろうと思い正直に答えることにした。


「まあ、そうですね」


 私の返事を聞くと、篠原さんは「やっぱり」と嬉しそうに微笑む。


「それにしても、雪穂ちゃんみたいな可愛い子が次郎を好きになるってちょっと意外だったかも」

「まあ、そうかもしれませんね」


 篠原さんの言葉に頷く。実際、私自身高校一年生の頃は佐々木を好きになるなんて欠片も思っていなかった。


「ちなみに、次郎のどこが好きになったの?」

「一生懸命なところ……ですかね」

「あー、いいよね! 特に自分のために一生懸命になってくれる人とかいたら嫌いにはなれないもんね。でも、安心したよ」

「安心したって、なにがですか?」

「いや、ちゃんと次郎は素敵な男の子に成長してるんだなって」


 穏やかで優しい口調だった。

 だけど、その中にほんの少しの寂しさを感じたのは私の気のせいだろうか。


「篠原さんは、佐々木の幼馴染なんですよね?」

「まあね。あ、もしかして次郎の幼い頃の話とか聞きたい?」

「それも気になるんですけど……」


 一瞬、次の言葉を言うか迷う。

 それでも、やっぱり聞いておこうと思った。


「篠原さんは佐々木のことをどう思っているんですか?」


 篠原さんが口を閉じる。

 私の真後ろにいるため、篠原さんの顔は私からは見えない。

 少しして、篠原さんがドライヤーのスイッチを切った。


「気になっている男の子」


 静かになった部屋の中で、篠原さんの声がやけに大きく聞こえた。

 ゴクリ、と生唾を飲みこむ。

 自分から聞いておいて、なんと返事をすればいいか分からなかった。


「……って言ったらどうする?」


 そんな私を嘲笑うように、篠原さんは続けてそう言った。振り返ると、篠原さんはニヤリと悪戯に成功した子供の様に笑っていた。


「びっくりした? そんなわけないじゃーん。次郎は弟みたいな存在だよ。雪穂ちゃんから奪ったりしないから安心しなって!」


 篠原さんはそう言って私の肩をポンと叩く。


「雪穂ちゃんなら次郎のこと任せられるし、私も雪穂ちゃんみたいな妹分が出来たら嬉しいしねー」


 そう言うと、篠原さんはドライヤーを持ってリビングから出ていった。


 安心していいはずだ。いいはずなのだが、不思議と篠原さんの言葉が頭に残っていた。


『気になっている男の子』


 私には、それがどうしても嘘には思えなかった。



「ふー。いいお湯だったぁ。あれ? 秋姉は?」

「ああ、篠原さんならさっき出て行ったところ……て、てめえ! どんな格好してんだ!!」


 リビングの扉が開き、佐々木が姿を表す。

 佐々木の方を向いて、私は思わず顔を逸らす。

 佐々木は、何故かパンツ一丁の姿だった。


「なんだよ、そんなに驚いて。いつも通りの格好って……あ、そうか今日は黒井がいたんだったな。ははは、悪い悪い」


 佐々木は笑いながらそう言って頭をかく。


「分かってるならさっさと服着ろ!」

「はいはい。てか、これくらい夏場の海に行ったらよく見る姿だろうに……。大袈裟だなぁ」


 そう言うと佐々木はリビングから出て行った。

 その姿を見送り、私は額に手をつきため息をつく。


 たまに、どうして私はこんな奴が好きなんだろうかと思ってしまう。


「あー、むかつく」


 ソファーの上でポツリと呟く。

 こっちは割と緊張しているのに、あっちは全くそんな気配がない。いくら自分の家だからってマイペースにも程がある。


 ご飯の時だって、普段とは比べ物にならないほど調子に乗っていたし、散々褒めて来たかと思えば最後にきちんとオチをつけてくるし。


「あいつ、本当に私のこと好きなのかなぁ……」

「あいつ? やっぱり、会津君のことが好きなんじゃねーか」


 ソファーの上でポツリと呟くと、着替えを終えた佐々木がひょっこり顔を出す。


「び、びびらせんなよバカ!」

「いや、普通に話しかけただけだろ」


 佐々木はそう言ってから、ソファーに腰かけた。


「てか、会津君のこと好きなのに俺の家泊まって平気なのかよ?」

「なあ、私前に言ったよな? 会津君なんてこの世にいないって」

「でも、さっき”あいつ”って言ってたじゃん。じゃあ、あいつって誰なんだよ」


 お前だよ! と言ってやりたい衝動に駆られる。だが、言うにしてもこんなところで言うのはロマンチックじゃない。

 それに、こいつの口から告白させると決めている。


「宿題だ」

「え?

「だから、それを考えるのも宿題だ! なんでもかんでも誰かが答えを教えてくれると思うなよ! 人生において、答えってのは自分で見つけなきゃいけないんだよ!」

「いや、まあそうかもしれないけど……」

「とにかく、しっかり自分で考えてその答えを私に示してみろ。じゃあ、私は寝るから。……ちなみにお前はまだ寝ないのか?」

「ああ。もう少しここでのんびりしたら寝るわ」

「そうか」


 ソファーでくつろぐ佐々木を横目にリビングを後にする。

 寝室は篠原さんに既に教えられている。寝室の中にはベッドが二つあり、その片方で篠原さんが寝ていた。


 篠原さんが寝ていることを確認してから、私は向かいにある佐々木の部屋に入る。

 部屋の中にはものが少し散らばっていた。


 まあ、想像通りの部屋だな。


 そう思いつつ、ベッドに腰かける。

 見つかったらどうしようという不安と、好きな人のベッドに腰かけているという緊張感に、胸がドキドキと高鳴る。


 篠原さんは寝ていたし、あのバカはまだ寝ないと言っていた。

 なら、数分程度なら問題ないはずだ。


 そう思いつつ、身体を倒し、枕に思い切って顔をうずめる。

 鼻の中いっぱいに広がる、あいつの匂い。

 消臭剤と汗の匂いが混ざったような匂いだが、不思議と嫌な感じはしない。寧ろ、安心する。


 なんか、眠くなってきたな……。

 少しだけなら、いいか。


 心地よいマットレスの柔らかさに身を任せ、私は目を閉じた。



******



「えぇ……これ、どういう状況?」


 寝ようと思って自分の部屋に入ったら、クラスメイトの美少女が気持ちよさそうに寝ていた。

 起こしたいところではあるが、めちゃくちゃ起こしにくい。


「はあ。仕方ないか」


 仕方なく、今日の所は両親の寝室で寝ることにした。

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