第48話 夕ご飯

 放課後になると共に、校門前で待ち合わせしていた黒井と合流し俺の家へ向かう。

 どうやら黒井は一度自宅に帰らず、直接俺の家に来るらしい。

 勉強の調子やら最近見たテレビや動画の話をしている内に、家に着く。


 家の中に黒井を案内し、鞄を置かせる。

 そして、「冷蔵庫の中身を確認したい」という黒井の要望に応え、冷蔵庫とキッチン周りを好きに見てもらった。


「ちなみに、お前は何かリクエストはあるか?」

「リクエストか……。どうせなら黒井の得意な料理が食べたいな」

「なら、買いに行くものは決まったな」


 冷蔵庫を閉めると、黒井は鞄の中から財布を取り出す。


「じゃあ、行こうぜ」

「ああ、分かった」


 部屋の中にあるエコバッグと財布を持って、俺も黒井を追いかけた。



******



 平日の夕方六時頃のスーパーには子連れの家族や仕事終わりと思しきスーツ姿の人たちがちらほらいた。

 その中をカートを押しながら黒井と突き進む。


「なんでカート持ってきたんだよ。そんなに量買わないぞ」

「え? だってスーパーでカートがあったら押したくなるだろ」

「小学生か」


 呆れたように黒井はため息を吐きつつ、食品を見ていく。

 じゃがいも、人参を始め、レタスやトマト、パプリカなどをカゴの中に入れる。

 その後もしらたきや絹さやをカゴに入れていき、最後に肉のコーナーにやってきた。


「牛と豚、どっちが好き?」

「牛」

「了解」


 そう言うと黒井は牛肉のこま切れ肉を一パック手に取りカゴに入れた。

 割引シールがついたものを選んでいる辺り、生活感を感じさせるな。

 でも、こういうところを見ると黒井も俺たちと何ら変わらない普通の人間だということを実感する。


「そういや、卵きらしてたけど買わなくていいか?」

「卵? あー、一つ買っとくか」


 黒井の提案にのり、卵十個入り一パックを一つカゴに入れる。流石に目玉焼きくらいなら俺でも出来るだろう。


 そのままレジに行き、素早く会計を済ませる。

 野菜類が思ったよりかさばり、エコバッグは気付けばぱんぱんになっていたが、何とかバッグ一つに納まった。


「じゃあ、帰るか」

「そうだな」


 外に出ると、スーパーに入る頃と比べてかなり辺りは暗くなっていた。家に帰る人の流れと供に俺と黒井も隣同士並んで家まで歩いて帰った。



******



 家に着き、手洗いうがいを済ませ、食材を冷蔵庫に粗方詰め終わった後、黒井が俺の方に視線を向ける。


「エプロンあったら貸してもらってもいいか?」

「おう」


 衣類が入っているタンスを漁り、シンプルなブラウンのエプロンを取り出す。そして、黒井に渡す。


「ありがとな」


 お礼を言うと、黒井はエプロンをなれた手つきで身に付け、制服のポケットからヘアゴムを取り出して髪を後ろで一つに束ねる。

 そして、カッターシャツの袖をまくりキッチンに向かっていった。


 食材や鍋などを取り出してテキパキと動き始める黒井。

 同級生、しかも好きな子が自分の家のキッチンで料理をしている。夢のような光景についつい目が奪われる。


「なんだよ。そんなに見つめてきて」


 そんな俺の様子に気付いたのか黒井が不思議そうにそう言ってきた。


「いや、なんか……いいなぁって」

「なんだそれ? まあ、いいや。どうせだしお前も手伝ってくれよ」

「おう」


 黒井に返事をして、俺も黒井の隣に並び立つ。


「私は玉ねぎ先に切ったり、味噌汁の出汁取ったりするからお前はジャガイモと人参の皮をむいてくれ」

「任せろ!」


 黒井の指示に従い、作業を進めていく。


 なんか、こうしてるとあれだな。

 恋人とか、夫婦とかそういうのを想像してしまうよなぁ。


 そんなことを考えながら真剣な表情で包丁を扱う黒井を見る。

 制服にエプロンという家庭的な姿でさえもよく似合うあたり、流石黒井だ。手際もいいし、こいつの作る飯はきっと美味いのだろう。


「ただいまー!!」


 そう思っているとリビングの扉が開き、元気な声と供に秋姉が姿を表した。スーツ姿の秋姉は黒井を見つけると、笑顔でこっちに駆け寄って来る。


「雪穂ちゃん、いらっしゃい! それとありがとね!」

「いえ、こちらこそありがとうございます」

「次郎も、しっかり雪穂ちゃんの手伝いしてあげなよ。夫婦仲良く料理しなきゃねー」


 秋姉はニヤニヤした笑みを浮かべながら、着替えを持ってリビングから出て行く。

 恐らくシャワーでも浴びるのだろう。


「ふ、夫婦って……。秋姉、何言ってんだよ。なあ、黒井」

「……ちなみに、私は料理を手伝ってくれる男は好きだぞ」


 す、好き!?

 つまり、料理を今手伝っている俺のことが黒井は好き! これは結婚するしかないな!

 なーんて、バカなこと考えてないで料理手伝うか。


「そうなんだな。まあ、家事は分担するべきだよな」

「……そういうことじゃねえよ」


 黒井が独り言のようにポツリと呟く。

 どういうこと? と聞くべきか迷ったが、直ぐに黒井に「味噌汁みといてくれ」と言われたので、この会話はそこで終わった。



******




「ん~!! 美味しい!」

「あはは……。ありがとうございます」


 笑顔でもしゃもしゃとご飯を食べ進める秋姉の言葉に、黒井が笑顔を浮かべる。だが、その表情は嬉しそうだった。

 卓上には黒井と俺で作った肉じゃがに味噌汁、サラダがあった。

 秋姉の言う通り黒井の料理はどれも美味しかった。

 特に肉じゃがは絶品だった。味付けは少し濃いめでご飯とよく合う。食べ盛りの俺からすると最高である。


「本当、こんなに美味しい肉じゃがが食べられるなんて、未来の雪穂ちゃんの家族は幸せだね! ね、次郎もそう思うでしょ?」

「ああ、そうだな。毎日食いたいレベルだ」

「なっ!?」

「分かる! 私も雪穂ちゃんの子供になりたいよー」


 秋姉と二人で談笑しながらご飯を食べ進める。

 いや、まじで美味い。箸が止まらないわ。


 食べ続ける中、ふと前に座る黒井に目を向けると黒井はご飯に手を付けず、俯いていた。


「どうした黒井? 飯食わないのか?」

「あ、お、おう。食べる食べる……」


 俺が声をかけると黒井も肉じゃがを食べ始めた。


「いやー、それにしても美味いな。黒井の料理が食べられる奴は幸せ者だよな」

「だ、黙って飯食えよ」


 黒井の料理を褒めただけだが、何故か黒井に睨みつけられた。

 まさか、黒井は黙って飯を食べなさいと言われて育った口だろうか?


「あ、もしかして雪穂ちゃん照れてる? 口元緩んでるよ」

「し、篠原さん!」


 秋姉の一言に黒井が顔を赤くして、声を大きくする。


「いやいや、雪穂ちゃん。次郎はバカだからね。ちゃんと言わないと分かんないんだよ。ほら、見てよあの間抜け面。どうせ、雪穂ちゃんの照れ隠しの発言を「ご飯中に喋るのダメだったのか?」とか思ってるよ」


 当たりだ。流石は秋姉。俺のことをよく分かっている。

 だが、秋姉の言う通りなら黒井は照れていただけだったのか?


「照れてたならそう言えばいいのに」

「くっ……バカのくせに……!」


 悔しそうに、上目遣いで俺を睨みつける黒井。残念だが、全く怖くない。寧ろ可愛いくらいだ。


「可愛い」

「な、なななにいってんだ!」


 思ったことを口にすると黒井が顔を赤くして、狼狽える。

 これが全部照れ隠しだと思うと、この反応も滅茶苦茶可愛いな。

 楽しくなって、ついもっとやりたくなってしまう。


「飯は美味いし、可愛いし、最高の女の子だよな」

「や、やめろ!」

「勉強も教えてくれるし、何だかんだ俺のこと評価してくれてるし、泣き顔も可愛いしな」

「いい加減にしないとぶっ飛ばすぞ!」

「本当、黒井と結婚できる男は幸せものだよな!」

「ば、ばか!」


 耳まで真っ赤にした黒井が顔を両手で覆って俯く。


 可愛い子ほど虐めたくなるということをたまに聞くが、そういう人の気持ちが少しだけ分かった気がする。こんなにいい反応してもらえるなら、やりたくなっちゃうよな。


「そんなに言うなら、次郎が結婚相手に立候補したら?」

「し、篠原さん!?」


 そろそろやめようかなというところで、秋姉がニヤニヤした顔でそう言ってきた。

 黒井の結婚相手かぁ……。

 なれたら最高だろうな。まあ、なれたらの話だが。


「何言ってんだよ秋姉。黒井はこんなに凄い奴なんだぜ。俺なんかよりもっといい人からの誘いがあるに決まってるじゃん」


 そう言って、秋姉の提案を笑い飛ばした。

 だが、何故か笑っているのは俺だけで黒井も秋姉もため息をついていた。


「雪穂ちゃん、ごめんね。次郎がバカで……」

「いえ、よく分かってるんで気にしないでください……」


 女性陣二人はお互いの顔を見合わせてから俺の顔を見る。そして、もう一度深いため息をついた。


 よく分からないが、まあ……。


「女性同士仲が良いならいいことだな」

「「はぁ」」


 何故か再びため息をつかれた。解せぬ。



******



 ご飯を食べ終えた後、頑なに洗い物を譲らない黒井と並んで洗い物をする。洗い物が終わった頃にはもう九時近くになっていた。


「それじゃ、私はそろそろ帰るわ」


 もう遅いし、帰り道を送っていく、そう提案しようとしたところでソファーに寝転がりながらテレビを見ていた秋姉が飛び上がる。


「え? 雪穂ちゃん帰っちゃうの?」

「はい。もう遅いですし、明日も学校ですから」

「いやいや、泊まっていきなよ。制服なら今着てるやつを洗えば間に合うし、着替えなら私の貸すよ?」

「いや、でも……」


 秋姉の提案に黒井が俺の方に視線を向ける。

 実際、黒井が泊まっていく分には殆ど問題はない。だが、黒井の気持ち的にはやっぱり泊まりにくいだろう。


「秋姉。いくら何でもその提案は……」

「えー、何でよ。次郎は明日の朝、雪穂ちゃんのご飯が食べたくないの?」

「黒井、泊まっていけよ。布団ならいくらでもあるからよ」

「え、えぇ……」


 綺麗な手のひら返しに黒井が信じられないといった表情を浮かべる。


 俺も人間だ。三大欲求の一つである食欲には勝てない。美味しい朝ごはんを食べられるなら何だってする。


「そんなに私のご飯食べたいのかよ?」

「当たり前だろ。あんなに美味い飯、毎日食いたいって言ったじゃねえか」


 黒井の愚問に即答する。

 すると、黒井は「そっか」と言ってから、秋姉に向けて頭を下げた。


「あの、それじゃ……着替え貸してもらってもいいですか?」

「もちろん!」


 こうして、黒井が泊まることが決定した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る