第45話 宿題
喫茶店を後にした俺たちは近所の大型ショッピングモールに来ていた。特に俺は行きたいところも無かったので、黒井の服を少しみたいという意見を尊重し、それなりに有名なアパレルショップへ向かった。
「なあ、これとこれどっちがいいと思う?」
そして、アパレルショップで俺は黒井から究極の二択を突きつけられていた。黒井の手には黒のパンツと空色のフレアスカートがあった。
この二択、一見俺の意見を聞いているように見えるが実はそうではない。勿論、意見を聞きたいという人もいるかもしれないが、大抵の人は自分の中でいいと思っている方を決めている。
そのいいと思っている方を迷わず購入するために、最後の確認を誰かにし、背中を押してもらおうというわけだ。
つまり、ここで俺は黒井が気に入っている方を見極め、選択しなくてはならない!
「と、とりあえず試着してみたらどうだ?」
「それもそうだな」
そう言うと黒井は二着の服と白い長袖シャツを持って試着室に向かった。
「じゃあ、少し待っといてくれ」
黒井から荷物を預かり、試着室の前で黒井を待つ。レディース専門店だからか、辺りを見回せばどこにでも女性がいる。
おかげで目のやり場に困ってしまう。
そのまま待つこと数分、黒井の声がしたかと思えば試着室のカーテンが開く。
「どうよ?」
白いシャツに黒のパンツを身に付けた黒井が姿を現す。黒のパンツは比較的スレンダーな体型の黒井にはよく合っていた。黒という色も強気かつ、どこかクールな雰囲気もある黒井にはピッタリだと思う。
「よく似合ってる……と思う」
「そうか? なら、次のやつ行くぞ」
そう言うと黒井は試着室のカーテンを閉める。暫くすると、試着室のカーテンが再び開いた。
「こっちはどう?」
空色のフレアスカートの裾を持ちながら黒井が問いかけてくる。清涼感を感じさせる色は可愛さと黒井の綺麗さを確実に引き立てていて、よく似合っていた。
「いや、なんていうか……黒井って何でも似合うんじゃないか?」
俺はそう口に出していた。
実際のところそうだった。モデルなどを見れば分かると思うが、スタイルのよい女性が服を着ると大抵様になる。
黒井の場合は正しくそうで、パンツスタイルなら黒井の大人っぽさが際立ち、フレアスカートなら可愛さと綺麗さのコンビネーションを生み出すことが出来ている。
「だから、お前にどっちの方がいいと思うかって聞いてんだろ」
「俺の個人的な意見でいいのか?」
「最初からそうだって言ってるだろ」
そうか。そういうことだったのか。
どうやら俺が難しく考えすぎていたらしい。俺の好みで答えるなら簡単だ。
「じゃあ、スカートの方で」
「理由は?」
「り、理由!?」
黒井は静かに頷く。その表情に悪気とかは無く、純粋な興味で聞いているという感じだった。
「……スカートの方が可愛くないか?」
声が少し小さくなった。
別に恥ずかしいことを言っているわけでもないのだが、何かこう、真剣に女の子に言うのは精神的にくるものがある。
「なるほど、ね」
黒井はそう言うと、俺の方を見ながら一言、
「お前、ミニスカート好きなタイプだろ」
と呟いた。
思わず黒井の方を見ると、黒井はしたり顔を浮かべていた。
「その反応、当たりだな」
「わ、悪いかよ……」
黒井の言う通り、俺はミニスカートに密かな憧れがある。アニメや漫画では定番のミニスカート。
だが、現実では中々その姿を間近で拝むことは出来ない。
「まあ、男なら割と普通だろ。それにミニスカートは可愛いしな」
「だ、だよな! いやー、そうなんだよ! ミニスカートってメチャクチャ可愛いと思うんだけど、実際に着るのってかなり勇気がいるって話も聞くから中々見れないんだよなぁ。たまに遠目で来てる人とか見ちゃうとつい目で追っちゃったりするんだよ」
「それはキモい」
「……え?」
黒井が分かってくれたと思い、調子に乗ってペラペラ喋ったら、ジト目を向けられた。
な、何故だ!? 俺はただミニスカートの素晴らしさを語っただけ……いや、キモいかもしれない。
「ミニスカート、ね」
落ち込んでいる俺を横目に黒井はそう呟くと、試着室のカーテンを閉める。
少ししてから、元から来ていたワンピース姿の黒井が試着した服たちを持って出てきた。
そして、試着した服を傍にいた店員さんに渡した。
「結局買わないのか?」
「んー、まあいい感じだったけど、気が変わった」
そう言うと黒井は「ここで待ってろ」と言って、どこかへ歩いて行った。
いや、ここで待ってろって……試着室の傍で佇む男が一人いたら怪しすぎないか?
とはいえ、勝手に何処かへ行くわけにもいかず大人しく待つことにした。すると、数分後に黒井は戻って来た。
「じゃあ、試着するから見てくれ」
そう言って黒井は試着室に入る。
ちょっとしたファッションショー状態だなと思いつつ、黒井を待つ。
暇な時間もあるし、店内の女性たちから視線を感じて気まずくなることもあるが、黒井のような美少女の色々な可愛い格好が見れるのは役得だ。
「それじゃ、いくぞ」
「おう」
黒井が試着室のカーテンを開ける。
真っ先に目に飛び込んできたのは黒井の足だった。黒のミニスカートだからこそ、映えるほっそりとしていて綺麗な足。
そして、上半身は白のブラウスというやつだろう。
「そ、そんなにジロジロ見んなよ」
恥ずかし気に腕で太ももの辺りを隠す黒井。
普段あれだけ人を小ばかにし、揶揄ってくる黒井が照れている……だと!?
まさか……こいつミニスカートに慣れていないのか?
「な、なんか言えよ……」
頬をほのかに赤く染めた黒井がチラチラと俺の表情を伺う。
感想など一つしかなかった。
「ありがとう、黒井。俺に夢を見せてくれて」
「はあ?」
「分かってたことだけどさ、やっぱり黒井雪穂って女は最高に可愛いんだなって思ったよ」
「そ、そうか……」
プイッと顔を逸らす黒井。
その隙に俺は憧れだったミニスカートと女子の生足を目に焼き付けることにした。
キモいと思われるかもしれないが、これからの人生でこんな機会はきっとない。
「ジロジロ見んなって言ったろ!」
俺の視線に気づいたのか、試着室のカーテンで足を黒井が隠す。
ああ……俺の夢が……。いや、夢はいつか覚めるものか。
「悪い。つい見惚れちゃってな」
「お、おう。それじゃ私は着替えるから」
ジト目を向ける黒井に謝罪する。
俺の謝罪を受け取った黒井は試着室のカーテンを閉めて、着替え始めた。
……眼福だったなぁ。
でも、あれだけジロジロ見てしまうのは良くなかったな。黒井も不快な思いをしたかもしれない。
自分の行動に反省しながら待つこと数分、試着した服を持った黒井が出てくる。
「それじゃ、会計いってくるから店の外で待っといてくれ」
「え? それ、買うのか?」
俺は黒井の持つミニスカートに指を差しながら問いかける。
「似合ってたんだろ?」
「いや、それは勿論。ミニスカートによって黒いの綺麗な足がより強調されていて素晴らしかったぞ。ニーハイソックスと組み合わせて絶対領域とやらを拝みたくなるくらいだった」
「なら、いいだろ。それに、そういう気分になったんだよ」
確かに黒井はどこか機嫌が良さそうにも見えた。
まあ、俺が黒井を止める理由はない。寧ろ、これからも黒井の身ミニスカ姿が見えるかもしれないということに感謝するべきか。
会計に向かう黒井を見送り、黒井の荷物を持って店の外でボーっと天井を眺める。
黒井の会計は予想以上に早く終わったらしく、紙袋を持った黒井がやって来た。
「お待たせ」
「おう」
「……そこは全然待ってないよって言うところだろ」
た、確かに。
「全然待ってないよ。黒井を待つ時間なんて、この世界の歴史に比べればほんの一瞬のことさ」
そう言って、黒井に微笑みを向ける。
これにはきっと黒井も「きゃっ! 素敵!」となること間違いなし。そう思っていたのだが、黒井は何故かため息をついていた。
「……私が悪かった。もう無理はしなくていいぞ」
えぇ……。
何も言えずにいる俺を他所に黒井は歩き始める。
「あれ? まだどっか行くのか?」
「まあ、適当にぶらぶらしようぜ」
「了解」
のんびりと黒井と並んでショッピングモールを歩き回る。ペットショップを見たり、ゲームセンターに寄ったりしながら夕方まで遊んだ後、暗くなる前には帰ろうということで黒井を家まで送ることにした。
*****
「今日はありがとな」
黒井の家の前まで来ると、黒井は俺の方に身体を向けてそう言った。
「気にすんなよ。友達だからな」
何気なくそう言ったのだが、黒井の目がジト目に変わる。そして、黒井は俺の方に一歩詰め寄ってきた。
「なあ、お前はお前の幼馴染と今日から同居するんだよな?」
「ま、まあそうっぽいな」
「お前は簡単に人に惚れちまうからさ、心配なんだよな」
黒井が心配? ああ、俺が秋姉にフラれることを心配してくれるのか。
「流石に大丈夫だと思うけどな」
「いーや、お前は自分の惚れやすさを舐めてる」
「そ、そんなにか?」
俺の言葉に黒井は頷く。
それから、もう一歩俺に詰め寄って黒井は俺の額に指を突きつけた。
「だから、お前の頭の中が幼馴染のことで一杯にならないように、お前に一つだけ宿題を出す」
「し、宿題?」
黒井の吐息が鼻に当たり、黒井の綺麗な黒い眼に俺の困惑している表情が写る。
それほどまでに黒井の顔は俺の顔付近に迫っていた。
「そうだ。私がお前にして欲しいことを当ててみろ。今日、私が言った言葉、行動、全て思い返して考えろよ」
それだけ言うと、黒井は俺の額にデコピンを一つしてからサッと身を翻す。
「お前はバカだから、学園祭の日まで待つ。そうだな、もし当てることが出来たら、私の大切なものをお前にあげるよ」
そして、そう言い残してマンションの中に姿を消していった。
黒井の姿が見えなくなった後も暫くの間、俺は動けずにいた。
漸く動けるようになったころには夕日が沈み始めて、街がオレンジ色に染まる頃だった。
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