学園祭と遅れてきた幼馴染
第42話 会津くん
黒井雪穂は変わった。
新学期初日、クラスの話題はそれでもちきりだった。
以前の方が良かった。騙されていたんだ。がっかり。
今の方が関わりやすい。距離感が近くなった気がする。
否定的な意見と肯定的な意見は五分五分、いや否定的な方が若干多かったかもしれない。
それだけ、以前の黒井の振る舞いが完璧だったということだろう。
俺個人としては、黒井が学校でどう振舞おうが関係のない話……と言いたいところだったが、黒井の一言で大きな関係者となってしまった。
「佐々木、お前黒井さんと何かあったのか!?」
「どういうことだ!?」
「何で黒井さんはあんなことになっちまったんだ!?」
「「「答えろ!!」」」
朝にも群がって来ていたクラスの男子たちが、放課後になって改めて俺の机の周りに群がり、身を乗り出してくる。
わー。クラスの人気者になった気分だ。嬉しくないなぁ……。
内心でため息をつきながらも、男子たちを見る。中には野次馬根性で参加している奴もいるみたいだが、目を血走らせる奴もいた。
多分、黒井のことが好きなんだろう。
「し、知らないって、そもそも俺じゃなくて黒井さんに聞けよ」
「私がどうかしたか?」
そう言うと、黒井は男子たちの間を潜り抜け、俺の背後に姿を現した。
「「「く、黒井さん!?」」」
話題の中心の人物の登場に男子たちが一歩後ずさる。
そんな様子を気にすることなく黒井は男子たちに話しかける。
「何してんだ?」
「あ、いや、その……」
「何も無いなら、こいつ借りるぞ?」
そう言うと黒井が俺を指差す。
その仕草に後ろの方から男子たちの「やっぱり何かあるんだ」というひそひそ声が聞こえてきた。
「ま、待ってくれ! どうして、そんなに変わったんだ!?」
クラスの中でも、割と黒井と話す方だった男が黒井に問いかける。
その問いに対して、黒井は目を閉じて「うーん」と呟いた後に口を開く。
「まず一つ、元々私はこういう性格、口調だった。ちょっと中学時代のことでトラウマがあってな、人に嫌われないように振舞ってたんだ。後は、私の好きな人がこういう私が好きだったっていうのもある。だけど、こいつが私を受け入れてくれた」
そこで黒井は俺に視線を向けた。
ちょっと、その言い方は男子たちの嫉妬心を煽ってないか?
ほら、今も数人の男が俺を睨みつけてるし。
「失恋もしちまったし、いい機会だと思ってな。ちゃんと素の自分で生きていくことにしたんだ。今まで騙したみたいになって悪かった」
そこで黒井は頭を下げる。
そして、顔を上げてたじろぐ男たちに向けて、言葉を重ねる。
「もしかしたら、この私が気に入らないって思うかもしれない。だから、その時は私と無理に関わらなくていい。これからは、素の私をちゃんと見てくれる奴を大事にするって決めたから」
「こいつとかな」と言いながら黒井が俺を見る。
黒井の言葉に照れ臭くなり、視線を黒井の方から逸らしてしまった。
「じゃ、私たちは帰るわ」
そう言うと、黒井は俺に「帰るぞ」と小さく呟き教室の外に向かう。
俺も慌てて荷物をまとめて黒井を追いかける。教室には、唖然としている男子生徒たちが残っていた。
***
学校を出た後、黒井と帰り道を歩く。
今日は始業式で普段よりも早めに学校が終わったこともあり、まだ日は高く、人通りもいつもの帰り道に比べれば少なかった。
「よかったのか?」
「何が?」
「いや、学校での態度だよ。折角、聖女だ何だと騒がれてて皆から好かれてたのに……」
個人的な思いだが、皆から好かれてる立場はかなり生きやすいと思う。特に、学校のような閉鎖的な環境においては猶更そうだ。
クラスメイト、席が近い人、部活の仲間など、学校においては必ず関わらなくてはならない人たちがいて、その人たちと過ごす時間が大半を占める。
つまり、そこに自分の居場所が作れなければ、苦しい学校生活になりやすい。
まあ、社会に出てもそうかもしれないが、何にしても人から好かれれば、その分自分の居場所が出来るし、困った時人に助けてもらえる。
折角、黒井が作った自分の居場所をあっさりと捨てたことが俺には不思議でならない。
「まあ、お前の言いたいことも分かる。でも、私は作った私を好んでくれる大勢より、素の私と関わっても尚、私の傍にいてくれる一部の方が大事だって思ったんだよ」
黒井は晴れやかな顔でそう言った。
その表情に後悔は欠片もなく、そう言われれば俺から言えることは無かった。
「まあ、つまりあれか! 黒井はクラスの皆よりも俺を選んでくれたってことだな! いやー、愛される男は辛いなぁ!」
空気を変えるべく、テンションを上げて黒井に言う。
「そうだな」
「……へ?」
そんな俺を見て、黒井は真剣な表情でそう呟いた。
え、いや、そ、それって……つまり、俺のことが好きってことか!?
いやいや、落ち着け。
あくまで、黒井はクラスメイトより俺を選んだだけと言っているだけだ。ここは軽いジャブで様子を見よう。
「く、黒井ってさー、好きな人いるの?」
「はあ? 急に何言ってんだ?」
急激に変わる話題に黒井が怪訝な顔を浮かべる。
し、しまった! 話題の降り方が下手すぎた!
「まあ、そうだな。私の好きな人か……」
話題を変えようかと思ったが、どうやら黒井は答えてくれるらしい。
黒井はチラリと一度こちらに視線を向けてから口を開く。
「真っすぐで」
真っすぐ……そういえば、中学時代の友達に「佐々木って真っすぐっていうか、なんというか、単純だよな」と言われた覚えがあるな。
「惚れやすくて」
惚れやすい……俺だな。
「直ぐ勘違いする」
勘違い野郎……俺じゃん。これ、俺じゃね!?
「でも、好きになった人の為に全力を尽くせる」
はいはーい! それ、俺です!
これは、あのセリフが言えるんじゃないか? いつか言ってみたいセリフランキング第25位の「それ、俺でよくない?」が言えるぞ!
「そんな大バカ野郎だ」
……俺じゃないかもしれない。
だって、俺はこの間の期末テストの勉強のおかげでそれなりに賢くなってるし、黒井以外にバカと言われた記憶も無い。
いや、バカの度合いによっては俺の可能性もあるか。
「ちなみに、どれくらいバカなんだ?」
「あり得ない大バカだ」
俺じゃないだろうな。
いや、でも具体的にどんなバカか聞かないと分からないところもあるか。
「具体例を頼む」
「一方的に相手にメッセージを送りつけて、その返信が無いのに、一人でメッセージを送った相手をずっと待つくらいバカだ」
「それは相当バカだな……」
だって、あれだろ?
友達とかに、「明日一緒に遊ぼうぜ! 二時に駅前集合でいい?」とか送り付けて、返信が無いのに駅前で友達を待っているんだろ。しかもずっと。
バカっていうより最早狂人だろ。
「後、小学生に泣かされるくらいのバカだ」
「小学生に!?」
バカを語る黒井は心底楽しそうだった。
その心の底から自然に出たような笑顔が可愛くて、黒井の好きな人がやばい奴だけど悪い奴じゃないんだろうなということがよく分かった。
「そっか……」
「そう、そういう奴なんだよ、あいつはな」
そう言って黒井がこちらを向く。
その瞬間、俺の脳内に電流が走る。
あいつ……会津だと!?
まさか、黒井の好きな人は、あの名前だけが一人歩きしている会津君だというのか!?
確かに球技大会の日、黒井が珍しく感情的になって怒ったあの日、黒井は言っていた。
『あー、あいつはあれだ。会津君だよ! 会津君を馬鹿にされたから怒ってただけだ!』
黒井があれだけ怒っていたのも、好きな人を馬鹿にされたからだと思えば納得がいく。
あ、危ない……。あともう少しで、俺は黒井の好きな人が俺だと勘違いして、「それ、俺でよくない?」なんてキモいセリフを吐いていた。
「そっか、本当に好きなんだな……会津君のこと」
「いやいや、あっちが私を大好きなだけだか――は? 会津君?」
「黒井、俺、応援してるから! 頑張れよ!」
「いや、ちょ――」
涙をこらえて、走り出す。
べ、別に悲しくないもん!
黒井なんて、ちょっと可愛くて一緒にいると楽しくて、好きだなって思う相手なだけだから!
惚れてなんて、無かったんだからな!
その日の晩御飯はいつもより少しだけ塩辛かった。
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