第41話 変わりゆく
「ゆ、雪穂ちゃん……」
「な、何でここに雪穂ちゃんが……? まさか!?」
困惑する白雪さんと陽翔。そんな中、陽翔が俺に鋭い視線を向ける。
それに対して俺は首を横に振る。
俺だって、混乱している。何故ここに黒井がいるんだ?
混乱する俺たちを見ながら、黒井は俺に奥に詰めろと言わんばかりに、手をしっしっと振る。
俺が奥に移動すると、黒井は俺の横に腰かけた。
「このバカが変なこと企んでそうだったからな、尾けてきたんだよ。まさか、お前らに私の話をしようとするとは思わなかったけどな」
黒井が俺に鋭い視線を向ける。
その視線から逃げるように、俺は注文したアイスカフェラテを飲む。
「……っ! 今更、どういうつもりなんだ! 佐々木君に出鱈目なことを吹き込んだり、僕のことを好きだなんて嘘をついたりして!」
「嘘じゃねーよ」
黒井は儚げな笑みを陽翔に向ける。
「嘘じゃない。私は、陽翔のことが好きだった。だから、陽翔に好かれたくて、陽翔が好きな黒亜みたいな女の子に近づけるように振舞ったんだ」
「ま、効果は無かったみたいだけどな」そう呟いて、黒井は自嘲気味に笑った。
更に、黒井の言葉が嘘でないことを示すように白雪さんも証言する。
「雪穂ちゃんが、陽翔君のことを好きだったのは嘘じゃないよ。私は、知ってたから。雪穂ちゃんが振る舞いを変えた理由が陽翔君に好きになってもらうためだって」
その言葉が決め手だった。
流石に、陽翔も黒井の気持ちが本物だということを認めるように、視線を下げた。
「で、でも……! まだ雪穂ちゃんが犯人じゃないと決まったわけじゃない……」
もう、陽翔に最初の頃の勢いはなかった。
それでも、陽翔は引かないだろう。ここで黒井が犯人じゃないと認めることは、あの日黒井に罪を擦り付けた自分と白雪さんが間違いだったと認めることになる。
そして、心優しい白雪さんはその自分の間違いを一生後悔して、悲しむことになるだろうから。
「そうだな。陽翔の言う通りだ」
黒井は予想外にも、陽翔の言葉を真っ向から否定はしなかった。
いや、黒井自身理解しているのだろう。
証拠がない以上、黒井が犯人ではないということを二人に信じ込ませることは難しい、と。
「な、なら……」
「それでも、私はやっていない」
黒井は真っすぐ陽翔と白雪さんの目を見てそう言い切った。
「今思えば、ちゃんと二人には話すべきだった。黒亜の下駄箱を確かめたり、机の中身が盗まれていないか確かめているって。勝手にやったのは私が悪い。それは、本当に悪かった。ごめん、白雪」
そこで黒井は白雪さんに頭を下げる。
そして、頭を上げると、今度は陽翔の方に視線を向ける。
「陽翔、信じてくれなくてもいい。だけど、これだけは言わせてくれ。白雪と幸せになれよ。白雪を泣かせたら、絶対に許さないからな」
そう言って微笑む黒井の目には、小さな涙の雫が浮かび上がっていた。
「それじゃ、私は行くわ」
黒井はそう言って、席を立つ。そして、店の外に向かっていく。
陽翔と白雪さんは、魂が抜けたように呆然としていた。
「お、おい黒井!」
黒井を呼ぶが、黒井は足を止めない。慌てて、財布の中から千円札をテーブルの上に置き、黒井を追いかける。
黒井はまだ店の近くにいた。黒井の下に駆け寄り、その腕を掴む。
「待てって! あれで、終わりでいいのかよ!」
「うるせえ……。元から終わってたんだ。だから、もういいんだよ」
「じゃあ、何で泣いてんだよ!」
黒井の目から玉のような涙がポロポロと零れ落ちていた。
その涙が前向きなものじゃないことくらい、俺にも分かる。
「ち、ちげーよ……! これは、汗だ! 今日は暑いからよく出るだけだ!」
確かに今日は暑いが、いくら何でも無理がある。
バカなことを言う黒井を説得しようと、何かを言おうとした時、後ろから足音が聞こえて来た。
「雪穂ちゃん!」
振り向くと、そこには店から出てきた白雪さんと陽翔がいた。
「陽翔君、ほらちゃんと言わなきゃダメだよ」
「う、うん……」
白雪さんに背中を押されて、陽翔が俺たちの前に来る。
二人に挟まれた状態になった俺は、慌ててそこから離れた。
「……本当は、雪穂ちゃんじゃないんじゃないかって考えたことがある。でも、雪穂ちゃんを信じ切れなくて疑った。今も、雪穂ちゃんが犯人じゃないかって思う自分がいる。でも、少なくともあの時、もっと雪穂ちゃんの話を聞くべきだった。だから、ごめん。ちゃんと話を聞かなくて」
悔いるようにそう言ってから、陽翔は頭を下げる。
そして、暫くしてから、もう一度頭を上げて「それと……」と言葉を続ける。
「僕のことを好きだったって言ってくれて、嬉しく思う自分がいた。僕を好きでいてくれてありがとう」
もう一度陽翔が頭を下げる。
それを見て、黒井は一度瞳を閉じる。
「私も、お前を好きでよかった」
そして、そう言った。
陽翔はそれ以上、何も言うことは無かった。そして、陽翔と変わる様に白雪さんが黒井に近づく。
「雪穂ちゃん。ごめん、あの時信じることが出来なくて……。それと、私と友達になってくれてありがとう。私のために、いじめを納めようとしてくれて、ありがとう。虫がいい話だっていうのは分かってるけど、私は今でも雪穂ちゃんのこと親友だって、思いたい……ダメかな?」
深く頭を下げた後に、白雪さんは上目遣いで黒井に問いかける。それを見た黒井は、白雪さんのおでこにデコピンを一つした。
「あうっ」
「バーカ。私も親友だって思ってるよ。信じてくれてありがとな。陽翔のこと、よろしく頼む」
「う、うん!」
「連絡先、中学の頃から変えてないから。それじゃ、またな」
黒井は、白雪さんに笑顔を向けてそう言うと、白雪さんたちに背を向けて歩き始める。
それを見てから、慌てて俺も黒井を追いかけようとしたところで、白雪さんに引き留められる。
「待って!」
「な、なんだ?」
「雪穂ちゃんのこと、よろしくね」
「おう」
白雪さんの言葉に返事を返し、黒井の隣に駆け寄る。
黒井の目からはもう涙は零れ落ちていなかった。
「余計なことしてくれたな」
「悪い」
「いや、いいよ」
そのまま二人で並んで歩く。
暫くしてから、黒井が俺の方を横目でチラリと見てきた。
「なんだよ」
「お前さ、私のこと好きだよな」
「は、はあ!?」
思わず声が大きくなる。
は!? え!? ば、バレてる!?
「いや、バレバレだろ。わざわざ私のために、頑張ってさ。それで、私がお前に惚れるとでも思ってんのかよ?」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら、黒井が囁いてくる。
黒井の為に頑張った、か。黒井から見たらそうなんだろうな。
「黒井のためじゃねーよ」
「はぁ?」
訳が分からないと言った様子で首を傾げる黒井。
「俺のためだ。落ち込んでる黒井より、元気な黒井を見ている方が俺は嬉しいからな。だから、黒井に許可取らずに勝手に行動したわけだしな。後、別に黒井に好きになってもらおうとは思ってねーよ」
そもそも、過去に黒井にフラれてるしな。
流石に、三度もフラれた相手が今更俺を好きになるとも思えない。仏の顔も三度までと言うしな。
「あ、そ」
黒井はそう言うと、顔をプイッと逸らして、ポツリと何かを呟いた。
「ん? 何か言ったか?」
「佐々木の癖に生意気だって言ったんだよ」
「何で!?」
理不尽な言葉にショックを受けつつ、依然として顔を逸らしたままの黒井の方に視線を向ける。
ちらっと見えるその口元は緩んでいた。
俺にしては、かつてないほどに上出来な成果だな。
好きな人には笑顔でいて欲しい。それを叶えることが出来た自分を、今日は褒めてあげよう。
「あ、そういえば、何で黒井って俺と絶交しようとしてたんだ?」
「……どうでもいいだろ、そんなこと」
「いやいや、普通に気になるだろ。俺、めちゃくちゃ落ち込んだんだぞ」
「ふーん。私と絶交して落ち込んだのか」
「いや、そんなニヤニヤしてないで理由教えてくれよ」
「……やだ」
その後も黒井に何度か同じ質問をしたが、最後まで黒井は質問に答えてくれなかった。
***<side 黒井>***
「なあ、別に教えてくれてもよくないか? 俺に悪いところがあったなら改善するからよ」
「……しつこいぞ」
この帰り道でもう何度目かになる質問をバカが投げかけてくる。
こいつの言う通り、私がこいつから距離を置こうとした理由がこいつにあるなら、言ってやってもいい。
だけど、そうではない。それに、その理由を言うのは、少し、いや、かなり恥ずかしい。
「はあ」
私が答えないことを悟ったのか、バカはため息をついた。
諦めてくれたならよかった。
だって、言えるわけがない。
お前に嫌われるのが怖かった、なんて。それを言ったら私がお前を好きだと言っているようなものではないか。
「それじゃ、またな」
私の家の前まで来ると、バカはそう言った。
まだ昼過ぎで帰るには少し早いんじゃないか、そう思った私はバカをゲームに誘った。
「いや、昨日の夜緊張してぐっすり眠れなかったんだよ。今日は早めに帰って寝るわ」
だが、バカはそう言って眠そうにあくびを一つした。
昨日、今日と私のために頑張ってくれた男をこれ以上振り回すのも申し訳ない、そう思い、今日の所はこれでお開きにすることにした。
「それじゃ」
「ああ」
遠ざかっていく男の背中を見ながら、バカが言った言葉を思い出す。
『別に、黒井に好きになって貰おうなんて思ってねーよ』
その言葉を聞いて、私は少しだけムッとした。
何だ、それ。お前、私のこと好きじゃないのかよ。今まで、お前は好きだった奴にはこれでもかってくらいアプローチしてたじゃねーか。
「……お前がそう思わなくても、私は違うけどな」
ポツリと呟く。
もう既に、背中が小さくなっている今は勿論、少し前に呟いた時もバカは気付かなった。
間の悪い男だ。今の私に告白すれば付き合えただろうに。
一生懸命、頑張るバカの姿を横で見た。一人の女性のためにどこまでも頑張るバカの姿が眩しかった。
その目が私に向けられて、嬉しかった。
私にとって、辛くて苦しい過去が変わったわけじゃない。でも、それがあったおかげであのバカに会えたのであれば、それも全てが悪いものだったわけではないんだろう。
そして、月日は流れ新学期がやって来る。
「おっす、佐々木」
クラスはざわついており、そのざわつきの元凶である私を皆が見ていた。
それもそうだろう。新学期が始まった途端、聖女と言われた女性が髪型を変えた上に、口調や雰囲気まで変わったのだから。
「く、黒井さん!? 何で……?」
バカが私を見てポカンと口を開けている。近所の川にいる鯉のような間抜けな顔だ。
過去に、縛られていた。
好きな男への未練を残して、もう夏木陽翔はいないのに無駄に清楚な女の子を振舞った。
でも、もうそうする理由はない。
今の私の好きな人は、ちゃんとこの私を好きでいてくれる人だ。だから、もう無理に取り繕う必要はない。
「黒井さんなんて他人行儀な呼び方すんなよ。後、これはお前のせいだからな。責任取れよ」
それだけ言い残して私は自分の席に戻る。
私の言葉が衝撃的だったのか、クラスの男子はこぞってバカの下に、そして女子たちは私の周りに集まって、何があったのかを聞いてくる。
その質問を適当に受け流しつつ、窓の外に目を向ける。
まだまだ日差しは強い。
だが、つい最近まで高らかに鳴り響いていたアブラゼミやミンミンゼミの鳴き声はもう聞こえない。
まだ八月。人によっては、夏だという人もいるだろう。
でも、私の中で、夏はもう終わりを迎えた。
ふわりと開いていた窓から風が入り込み、髪を揺らす。
その風が、新たな季節の始まりを予感させた。
***<side end>***
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