第40話 清算
黒井の家を出て、自分の家に帰って来る。
昼ご飯を食べてから、また直ぐ家を出て駅へ向かう。駅に着くころには昼の一時を回っていた。
暫く駅前で待っていると、見覚えのある顔が二つこちらに向かってきた。
「お待たせ、佐々木君」
「水族館の時以来だね。僕は夏木陽翔。気軽に陽翔って呼んでくれ」
「分かった。俺は佐々木次郎だ。佐々木でも次郎でも、好きな方で呼んでくれ。今日は来てくれてありがとう。白雪さん、それと、陽翔」
昨日の夜、俺は白雪さんにメッセージを送った。
黒井のことで話がしたい、出来たら陽翔君も連れてきて欲しい、と。白雪さんは快く返事を返してくれて、こうして二人と会うことになった。
「それじゃ、立ち話も何だしその辺の店にでも入るか」
そう言って、俺は以前白雪さんに連れて行ってもらった喫茶店に向けて歩き出す。
直ぐに、二人も後ろからついて来た。
喫茶店に着くまでの間は他愛のない話をした。趣味は何だとか、高校卒業後の進路だとか、とりとめのない内容だ。
喫茶店について、席に着く。陽翔と白雪さんが並ぶように座って、二人の前に俺は座った。
注文した飲み物が三人の前に揃った時、俺は深呼吸を一つして口を開いた。
「黒井のことで、二人に話したいことがある」
白雪さんが表情を曇らせる。そして、陽翔は眉根を寄せて顔を顰める。
「……佐々木君、君が雪穂ちゃんと仲が良いということは何となく分かる。だけど、僕たちは雪穂ちゃんに傷つけられた過去がある。出来ることなら、彼女とはもう関わりたくないんだ」
陽翔は素気なくそう言う。その言葉に白雪さんも困ったような表情を浮かべていた。
分かっている。この二人にとって、特に陽翔にとって黒井がどういう存在かくらい。
だから、俺は二人に向けて頭を下げる。
「話だけでいい。頼む。俺の話を、聞いてくれないか」
額をテーブルにつけ、二人の返事を待つ。
しばらくして、陽翔が口を開いた。
「どういうつもりなんだ?」
「ただ話を聞いて欲しい。それだけだ」
「雪穂ちゃんを許すように説得してくれと雪穂ちゃんに頼まれたのか?」
「違う。俺が、二人に話を聞いて欲しいから、お願いしているだけだ。黒井は関係ない」
「悪いけど、僕たちは――「聞いてあげようよ」 黒亜ちゃん?」
陽翔の言葉を止めたのは白雪さんだった。
「聞いてあげようよ。ただ話を聞いて欲しいってだけなんだよ。ね、それだけなら別にいいでしょ?」
白雪さんに説得されては、陽翔も大きく出れなかったらしく、ため息を一つついて、「分かった」と呟いた。
「それじゃあ、佐々木君、良かったら聞かせてくれるかな?」
「ありがとう」
不機嫌そうに鼻を鳴らす陽翔と、陽翔の様子を見て苦笑いを浮かべる白雪さんにもう一度頭を下げてから、俺はゆっくりと二人に話し始めた。
いじめの事件があった時、黒井は白雪さんに危害が及ばないように一人で動いていたこと。
その黒井の単独行動を利用した人たちがいるということ、そして、黒井はその真犯人に嵌められただけで、白雪さんをいじめていないということ。
「バカな!」
黒井が白雪さんをいじめた犯人じゃない。そう言い切った直後に、陽翔が声を上げる。
「僕はこの目で見たんだ。確かに、雪穂ちゃんの鞄とポケットから、証拠の品が出てきた!」
「黒井が白雪さんのものを盗るところを見たのか? 黒井が、その手紙を白雪さんの下駄箱に入れたところを見たのか?」
「そ、それは……。だ、だけど、クラスの人たちが見たと言っていた!」
「それを言った奴が真犯人だったとしたら?」
「そんなの、後からならいくらでも言える! 君の話は全てでまかせだ! 大体、その話は誰から聞いたんだ!」
陽翔の言葉に詰まる。
これは黒井から聞いた話だ。だが、黒井を犯人だと思っている陽翔にそれを言えば、この話は黒井のでっち上げだと思うだろう。
「言わないってことは、やっぱりその話は雪穂ちゃんから聞いたものなんだね? なら、尚更信用できない。それに、被害者の黒亜ちゃんの前で、加害者を擁護して、雪穂ちゃんを犯人扱いした僕らを非難しようだなんて、少し無神経すぎるんじゃないか?」
陽翔はそう言って俺を睨みつけた。
その目には不快感と嫌悪感がありありと映っていた。
「ち、違う! 俺は別に二人を非難するつもりは無い。ただ、もう一度考えて欲しいだけなんだ。二人は黒井と仲が良かったんだろ? 黒井はあの時、二人に信じて欲しかったんだ。だから、俺は……」
「信じて欲しかった?」
陽翔の雰囲気が変わる。
さっきまでは、俺への不快感を露わにしていたが、今は怒りをその目に宿していた。
「先に裏切ったのは雪穂ちゃんじゃないか! 僕だって、信じたかったさ。でも、ある日突然、雪穂ちゃんは素の自分を隠して、僕たちへの振舞い方を変えた。自分の前で本音を隠そうとする人をどうやって信じろって言うんだ!」
陽翔の言葉に白雪さんが息を呑む。
そして、俺は両拳を握りしめた。
そういうことだったのか。
黒井との付き合いが長い幼馴染の陽翔が、何故黒井を信じられなかったのか、ずっと不思議だった。
だけど、今の陽翔の言葉で納得がいった。
白雪さんの話では、黒井は陽翔に好かれるために振る舞いを変えたと言っていた。
だが、それが黒井をよく知る陽翔には逆に不審に思えたんだ。寧ろ、本音を隠す姿を見て黒井を疑ってしまった。
皮肉な話だ。好きな人に好かれるためにした行動が、好きな人から疑われる原因だったとはな……。
白雪さんも俺と同じことを思っているのだろう、気まずそうに視線を下げていた。
ここで問題が一つ出来る。
それは、黒井の気持ちをここで言うかどうかだ。
だが、黒井の思いを勝手に俺が代弁してもよいのか? それに、もしかすると黒井は今も陽翔のことを好きかもしれない。そうだとしたら、俺の行動は余計なことになるんじゃないか?
「は、陽翔君……。それはね――」
俺が悩んでいる間に、白雪さんが意を決した表情でおもむろに口を開く。そして、声を少し震わせながら続きを言おうとした時だった。
「お前が好きだったからだよ」
背後から聞こえた声に、慌てて振り向く。
そこには、帽子を被り、目にかけていたサングラスを外す黒井の姿があった。
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昨日更新できなかったので、今日二回更新します!
二回目は夜の七時ごろの予定です。
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