第34話 黒井雪穂③
「雪穂ちゃんのことを教えて欲しい、か。うん、いいよ。でも、今日じゃなくてもいいかな?」
人がごった返すショッピングセンターの通路。
白雪さんは横にいる陽翔君という少年に目を向けてそう言った。
そうか。今はデート中か。声をかけた後で何だが、邪魔するのは確かによくない。
「もちろん」
「なら、連絡先だけ交換しとこっか」
こうして白雪さんと連絡先を交換した後、俺は二人と別れた。
約束は取り付けた。後は話を聞くだけだ。
「誰、あの人たち?」
「うお!? み、宮本さんか……びっくりした」
いつの間にか背後に忍び寄っていた宮本さんに驚き、つい言葉を漏らす。
宮本さんの片手には紙袋があった。どうやら買い物は済んだらしい。
「佐々木が勝手に消えてるから、びっくりしたのはこっちなんだけど」
そう言うと宮本さんはジト目を向けてくる。
「そ、それはすまん」
「ま、いいけどね。でも、あんな可愛い子に声かけてていいの?」
「ん? それはどういう意味だ?」
「だから、黒井さんがいるのにああやって可愛い子にほいほい声かけていいのかって聞いてるの。まあ、私が気にするようなことでもないかもしれないけど」
宮本さんはため息をつきながら、確かにそう言った。
「黒井? なんで、そこで黒井が出てくるんだ?」
「はあ? あんたら、付き合ってるんじゃないの?」
「いや、そんなわけないだろ」
「……じゃあ、両片思いとか?」
「いやいや、ないない。黒井が俺のこと好きなわけないだろ」
「あんた自身は否定しないんだ」
宮本さんは意地の悪い笑みを浮かべてそう言った。
まあ、実際のところ否定は出来ない。
好きか嫌いかで言えば間違いなく好きだし、仮に黒井に告白されたら直ぐにOKを出すと思う。
「ま、私は案外黒井さんもあんたのことを気に入ってると思うけどね」
宮本さんはそう言うと、歩き始めた。
そうなのだろうか。黒井は俺のことを気に入ってるのだろうか。
だとすれば、何故突き放したのか。
いや、それを知るために白雪さんと話すのだろう。
***
宮本さんとの買い物をしたその日の夜、白雪さんからメッセージが来た。
明日の昼に会うのはどうか、という内容だった。
直ぐに、「大丈夫です」とメッセージを送る。
その後、返信が来た。待ち合わせ場所は今日、宮本さんと待ち合わせした駅の噴水になった。
***
翌日の昼、待ち合わせ場所の駅の噴水前に俺は来ていた。
駅前は今日も大勢の人で賑わっていた。
それにしても、こんなにも頻繁に女の子と出かける機会があるとは、我ながらかなりの快挙ではないかと思う。
約束の時間の五分前になる。
すると、こちらにやって来る白いワンピース姿の女性が見えた
「待たせちゃったかな?」
「いや、さっき来たところです」
「もう。敬語じゃなくていいのにさ。そうだ! そういえばちゃんと自己紹介してなかったよね。私は白雪
柔らかな笑みを浮かべる白雪さん。
その笑みは水族館の時と変わらず綺麗で可愛らしかった。
「えっと、佐々木次郎だ。その、今日はわざわざ来てくれてありがとう。早速で悪いんだけど、黒井のことを教えてもらってもいいか?」
「うん。もちろん……って言いたいところなんだけど、ここで立ち話も何だし、カフェにでも行かない?」
白雪さんの提案にハッとする。
確かに、ここは日差しも当たる。よく見れば、白雪さんも苦笑いを浮かべている。
「そういうところがモテない理由だぞ」と脳内の黒井がジト目を向けてくる。これは反省しなくてはならない。
「そ、そうだな。ごめん。気が利かなくて」
「ううん! 気にしないで! それだけ、佐々木君が雪穂ちゃんのこと思ってるってことだもんね。じゃあ、いこっか」
俺を咎めるどころか、寧ろフォローを入れて笑顔まで向けてくれる白雪さん。
「黒井、これが真の聖女だぞ」と脳内の黒井に話しかければ、黒井はあっかんべーをした。可愛い。
そのまま二人でいい感じのカフェが無いか探す。
こうなることを見越してリサーチしておけばよかった、そう後悔していると、白雪さんがおすすめのカフェがあるというので、そこに連れて行ってもらった。
白雪さんが案内したカフェは大通りの途中で左に曲がり、少し狭い小道に入ってすぐのところにあった。
人通りが少ない小道沿いにあるせいか、店内のお客さんの数は少なめだった。
店内は少し暗めで、静かなクラシックのBGMが流れていた。
「ここ、雰囲気いいでしょ? のんびり話したい時とかによく使うんだよね」
窓際のテーブル席につき、白雪さんが微笑みかけてくる。
「ああ。そうだな」
短く返事を返した後、注文を聞きに来た店員にアイスカフェラテを頼む。白雪さんはミルクティーを頼んでいた。
注文を受け取った店員が席を離れていく。
俺は知っている。こういう喫茶店では、飲み物が届いてから本題に入るのがよいのだ。
黙って白雪さんを見ていたら、白雪さんが困ったように笑った。それから、おもむろに口を開いた。
「佐々木君は、雪穂ちゃんとどういう関係なの?」
それは簡単そうで難しい問いだった。
友達か、と聞かれるとそういうわけではない気がする。この間もう関わるなと言われたばかりだし。
かといって、ただのクラスメイトという言葉で終わらせるのは少々寂しい。
「まあ、ただならぬ関係だな」
迷った末にそう答えた。
「そ、そうなんだ。もしかして、佐々木君は雪穂ちゃんのことが好きだったり……?」
どうもここ最近はそういう質問が多い。
そんなに俺は黒井に惚れているように見えるのだろうか?
いや、見えるな。冴えない男子と美少女が一緒に水族館に行ってたら、男子が惚れてないと思う方が無理あるわ。
「まあ、好きか嫌いかでいえば好きだな」
「そうなんだ」
そこで白雪さんは口を閉じた。
「お待たせしました。ミルクティーとアイスカフェラテです」
僅かに出来た沈黙に合わせて、丁度良く注文した飲み物が届く。
互いにそれを受け取る。白雪さんは一口ミルクティーに口をつけてから、「よし」と呟いて俺の方を見る。
「雪穂ちゃんの過去、だったよね」
白雪さんの言葉に頷く。
いよいよ本題に入るようだ。
「いいよ。話す。でも、これは君にとって気持ちのいい話じゃないかもしれない。もしかすると、雪穂ちゃんへの印象が変わっちゃうかもしれない。それでも、いいんだよね?」
白雪さんの表情は真剣そのもので、半端な覚悟ならここで引き返せと言っているようだった。
「いい。ちゃんと知りたいんだ」
迷うことは無かった。
「そっか。なら、話すよ。私たちの間に何があったのか。雪穂ちゃんの幼馴染である陽翔君が雪穂ちゃんをあんなに敵視する理由を」
少し寂しそうに、白雪さんは話し始めた。
「私ね、転校生だったの。中学三年の春に、ここから二つ隣の市の中学校に転校した。そこで出会ったのが雪穂ちゃんとその幼馴染の陽翔君だった」
白雪さんの言葉に少し驚いた。
じゃあ、黒井は元々俺がいた地域に住んでいたわけじゃないのか。だから、高校生で一人暮らししているってことか。
「中学三年生にもなってると、部活は最後の年だし、受験で皆も忙しくなる。そんな状況で友達が出来るか不安だった私に声をかけてくれたのが雪穂ちゃんだったの。
その時の雪穂ちゃんは結構はっきり物事を言う子でね、口は悪いけど、私は私に無いところを持っている雪穂ちゃんが直ぐに好きになったの。
それから、雪穂ちゃん繋がりで陽翔君とも知り合って、クラスの人とも仲良くなっていった。凄く楽しかった。陽翔君と一緒に雪穂ちゃんのバスケの大会を応援しに行ったりもしたり、三人で海に行ったり、お泊り会したりした」
白雪さんは心底楽しそうに語っていた。
きっとその笑顔に嘘はないのだろう。だが、それなら何故黒井があんなに白雪さんと陽翔君に怯えた表情を向けたのか、尚更分からない。
「二学期の始まりからだったかな。雪穂ちゃんは急に今までの態度を改めるようになったの。
誰にでも優しくて、柔らかな笑みを浮かべて、絵に描いたような優等生みたいに振舞うようになった。
まあ、最初は結構うまく行ってなかったけどね」
そう言いながら白雪さんはクスクスと思いだし笑いをした。
聖女の振る舞いをしようとして失敗する黒井か。想像しただけで面白い。ぜひとも見たかった。
「正直驚いたの。私は素の雪穂ちゃんも好きだったから。でも、話を聞いたら何となくとしか答えてくれなかった。
でもね、試しに好きな人でも出来た? って聞いたら顔を真っ赤にするから分かりやすかったなぁ。
雪穂ちゃんも好きな人によく見られたいって思うんだなって、変に親近感湧いちゃってね。そこから恋バナとかもするようになったの。
雪穂ちゃんの好きな人が陽翔君だって聞いた時はびっくりしちゃった。でも、二人が付き合うのはお似合いだなって思ってたんだ。……思ってたんだけどね」
そこで白雪さんは悲し気に視線を下げる。
「十月かな。学園祭があってね。陽翔君と雪穂ちゃんが劇の主演の務めることになったの。雪穂ちゃんは私に「本当にいいのか?」って聞いて来たんだけど、その時の私は「いいよ」って言った。
でも、二人が劇をするところを見ると胸がいつも痛かった。本番、二人のキスシーンを見て私は漸く理解した。
私も陽翔君が好きだったって。……本当は身を引こうと思ってたんだ。でも、そんな私を奮い立たせてくれたのは、他でもない雪穂ちゃんだった。
「遠慮するな。遠慮されて譲られても嬉しくない」って、怒ってくれた。
それから、私は雪穂ちゃんにも負けないようにって陽翔君にアピールを始めたの。
雪穂ちゃんはやっぱり私の親友だって思った。きっと、雪穂ちゃんとならずっと仲良くしていけるってね」
バカだな。そう思った。
敵に塩を送るようなことする必要ないのに。でも、黒井の気持ちは痛いほどよく分かる。
俺も同じバカだからな。
「そして、冬になった」
そこで、白雪さんの声色が少し変わった。
辛そうに視線を下げ、彼女は一度ミルクティーを口にする。それから、覚悟を決めたように顔を上げた。
「私はいじめられるようになった。そのいじめの主犯は、雪穂ちゃんだった」
カラン。
グラスの中の氷が鳴らす音が、やけに大きく聞こえた。
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