第31話 似てるよ
「みなさーん! こんにちはー!」
「「「こんにちはー!」」」
「今日は、イルカたちのショーを是非楽しんでいって下さいね!」
水族館のスタッフと観客たちのコール&レスポンスが行われてからイルカショーは始まった。
イルカたちが宙を舞い、水中を駆ける。
力強く、速く、そして美しい。
その姿に観客たちの目が奪われる。そして、それは俺の隣にいる黒井もまた同じだった。
「すげぇ……」
子供のような感想を呟きながらイルカを見る黒井の目はキラキラと輝いていた。
表裏の使い分けが上手く、運動も勉強も出来る完璧超人のような黒井だが、こうして無邪気なところを見ると、やはり年相応な部分もあるのだなと実感する。
「さて、それじゃ次はご来場いただいたお客様にもお手伝いしていただこうと思います! どなたかお手伝いしてくださる方はございませんか?」
スタッフが手を挙げて、笑顔で手伝ってくれる人を探す。
「黒井、お前手伝わなくていいのか? イルカショー楽しみにしてただろ?」
「い、いや、いいよ。こういうのって、子供とかがやるもんだろ? それに、私はそういうキャラじゃねーし……」
口ではそう言うが、黒井の視線はチラチラとイルカたちの方に向かっており、少なくとも俺には黒井がイルカショーの手伝いをしたがっているように見えた。
まあ、いいか。
黒井が本当にやりたくないなら、俺がお茶目だったってだけで終わるしな。
「はいはーい! やりたいです!!」
その場で立ち上がり、元気よく声を出す。
「ちょっ! お前、何してんだよ!」
足元で黒井が何か言っているが、知ったことじゃない。
「お! それでは、そこの元気なお兄さんこちらに来ていただけますか?」
「ありがとうございます! おい、黒井行くぞ」
スタッフの方に一礼してから、隣で座っている黒井に声をかける。
「な、何で私もなんだよ。指名されたのはお前なんだから、お前が行けばいいだろ」
「黒井が行きたくないならそれでいいけどよ。本当にいいのか? こんな機会滅多にないぜ?」
「…………じゃ、じゃあ、行く」
俺の言葉を聞いた黒井は、少しだけ迷ってから立ち上がった。
そのまま、二人で前の方に歩いて行く。
「お連れさんもご一緒ですか?」
スタッフさんに聞かれて、頷く。
「はい。その、俺が手を挙げといて何なんですけど、こいつがすることにしてもらえませんか?」
「そうですね。それでしたらお二人でするのはいかがですか?」
スタッフさんは気を遣ってくれたのだろうが、黒井も流石に俺と二人よりは一人でやりたいだろう。
そう思い、断ろうとした時、黒井が俺より先に口を開く。
「あの、二人でお願いします」
「はい! それでは、私がせーのと言ったら、お二人で手を上に挙げてください。その後、ご褒美にこのバケツの中にあるお魚をあげてください」
そう言うと、スタッフさんは俺たちから離れていく。
「黒井、俺も一緒でよかったのかよ?」
「何言ってんだ。お前が私をここに連れて来たんだろ。なら、お前も楽しまなきゃ意味無いだろ」
黒井はそう言うと、スタッフさんの指示に従って台の上に上がり始める。
俺も黒井に続いて台に上がった。
「はい。それでは、先ほど元気よく手を挙げてくださったお兄さんとそのお連れ様に協力していただこうと思います! お二人には、イルカのクーちゃんと協力してハイジャンプに挑戦していただきます! 皆さん、成功した際には大きな拍手をお願いします!」
台の上から、イルカたちが泳ぐプールの中を覗く。ゆらめく水面に想像以上に大きな影が見えた。
「それでは行きます! せーの!」
スタッフさんの声に合わせて、黒井と二人で片手を勢いをつけて上に挙げる。
それとほぼ同時に俺たちの目の前でイルカが上空に高く跳んだ。
それは一瞬の光景だった。
青空に向かって空高く跳ぶイルカ。そして、そのイルカを目を大きく開けて見る黒井。
少し驚いていながらも興奮したような表情の黒井に、目を奪われた。
「皆さん、大きな拍手をー!!」
気付けば、イルカは水しぶきを上げて水中に戻り、俺たちの方に寄ってきていた。
俺たちのもとにスタッフさんがバケツを持ってやって来る。
俺の隣にいた黒井は、バケツの中から魚を掴んだ。
「おい。何ボケッとしてんだよ。ほら、一緒に餌やるぞ」
そう言うと、黒井は俺の手を掴み一つの魚を一緒に掴ませた。
「ほら、やるぞ。せーの!」
されるがままに黒井の声に合わせて、魚を手放す。
俺たちが放り投げた魚をイルカは食べてから、お礼を言うように一鳴きした。
「ははっ。やっぱり、イルカって可愛いな」
可愛いのはお前だ。
出かけた言葉を必死に飲みこむ。
あ、あぶねえ。完全に黒井に心を奪われかけていた。
てか、こいつ大胆過ぎるだろ。いくら水族館が好きだからといって、勝手に手に触って来るなよ!
嬉しいけど、心臓が飛び跳ねるだろうが!
お前が飛び跳ねさせていいのはイルカだけだっつーの!
「それでは、お手伝いしてくださったお二人に今一度大きな拍手をお願いしまーす!」
温かな拍手と視線に晒されながら、俺と黒井は自分たちの席に戻っていった。
「ありがとな」
席に戻ると、黒井は真っ先にそう言ってきた。
「いや、黒井にはこれまで世話になってたからそのお礼だよ。気にすんな」
「だとしてもだよ。お前と一緒に来て良かった」
そう言って微笑む黒井。
その笑顔を見て、俺は慌てて顔を逸らした。
ま、まずい。
この女、俺を落とそうとしている! わざとかそうじゃないかは知らないが、このままでは俺は黒井に惚れてフラれる!
落ち着け。落ち着くんだ。黒井は俺を便利な道具としか思っていない。
どうせ、この後直ぐ俺の好感度を下げるようなことを言うはずだ。
しかし、黒井は何も言わずに再びイルカショーに意識を集中させていった。
ふざけんなよ黒井!
頼むから、好感度調整しろよ! このままだと勘違いしちゃうって、バカ野郎がよおおおお!!
イルカショーに集中する黒井は、結局イルカショーが終わるまで俺の好感度を下げるような発言をしなかった。
***
「いやー! 楽しかったな!」
イルカショーが終わり、会場を後にする。
イルカショーが終わってからも黒井のテンションは高いままだった。
「そ、そうだな」
イルカショーの間、無邪気な黒井の姿に心をかき乱されてしまった俺は、すっかり緊張してしまっていた。
落ち着け。相手は黒井。
口が悪い黒井雪穂だぞ! 粘着質と呼ばれた恨みを忘れるな!
……でも、勉強も教えてくれたし、球技大会でも応援してくれたし、悪い奴じゃないんだよな。
悶々としていると黒井が俺の方に顔を向けてきた。
「……何で百面相してんだ? キモいからやめとけ」
黒井は俺の顔を見て、げんなりとした表情でそう言った。
その言葉を聞いて、俺はホッと一安心した。
「ありがとな黒井。やっぱり、お前はそうでないとな」
「キモいって言われたのに何でそんな嬉しそうなんだよ。遂に変態になったのか?」
ジト目を俺に向けながら、黒井が俺から距離を取る。
「変態にはなってないぞ。ただ、黒井の罵声が心地よいだけだ」
「変態じゃねーか」
更に黒井が俺から一歩離れた。
何故だ。意味が分からない。
そのまま微妙に距離を開けたまま、俺と黒井は水族館を回っていった。
よちよち歩くペンギンにほっこりし、大水槽を泳ぐイワシの大群が成すトルネードに心躍らせた。
「お、あの魚お前みたいだな」
黒井はそう言うと、アマミホシゾラフグというフグを指差した。
どこが似ているのだろうと思い、水槽の横にある説明文を読む。
このフグのオスは10~15cmほどの小さな体にも関わらず、直径2m程にもなる巨大なミステリーサークルを海底に作る。そして、そのミステリーサークルの出来栄えをメスたちが判断して、メスが気に入れば繁殖行動に移れる。
そういう説明が書いてあった。
「どこが似てるんだよ」
「必死にミステリーサークルを作るけど、結局フラれるところとかお前らしいと思わないか?」
黒井が指差す先には、作ったであろうミステリサークルの上でメスたちにアピールするが、悉くスルーされているアマミホシゾラフグのオスがいた。
そのオスが作るミステリーサークルは、メスたちに無視されても仕方ないくらい不格好だった。
「褒め言葉じゃねーか」
「はあ?」
黒井は俺を揶揄うつもりで言ったのだろうが、俺にとっては褒め言葉だった。
何故なら、黒井が指さしたフグはメスたちにスルーされながらも、くじけることなく必死にミステリーサークルに手を加え続けていたからだ。
「何度失敗しても、ああやって頑張れる奴はいねーよ。まあ、高い知能が無い魚だからあそこまで愚直に頑張れるのかもしれないけどな。俺にとっては、あのフグみたいって言うのは最大の賛辞だ。それに見ろよ」
俺のようだと形容されたフグを指差す。
今もなおミステリーサークルをせっせと作っているオスの下に、一匹のメスが近寄ってきていた。
「ああやって、頑張ってる姿を見てる奴が必ずいる。古今東西、いつだって頑張る奴が報われる話を人は好むんだよ」
「いや、あいつ報われてないぞ」
「え?」
黒井の発言通り、オスに寄っていったメスはミステリサークルの上で数秒泳いだ後、スーッとその場から離れていった。
「……現実は甘くないってことか」
「ま、そうゆうことだな。でも、あいつは大丈夫だよ」
メスに立ち去られたオスを見て黒井が呟く。
黒井の視線はオスから離れていったメスの方に向いていた。
メスはオスから離れた後も、他のオスがいる場所に向かわずに、せっせとミステリーサークルに手を加えているオスから少し離れたところで泳いでいるように見えた。
「そうだよ。見るべきは、ミステリーサークルの出来じゃねーよ」
黒井は消えそうな声でポツリと呟いてから、アマミホシゾラフグがいる水槽を離れていく。
何故、その言葉を黒井が呟いたのか、この時の俺には理解出来なかった。
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