黒井雪穂との夏休み

第30話 男女二人でお出かけと書いてデートと読む

 夏休み。

 それは学生にとって至福の時間と言ってもいい。少なくとも俺はそうだ。

 たまに学校に行って部活をする以外はダラダラと家でのんびり過ごすばかり。

 夏休みの課題も、期末試験の勉強を頑張っていたおかげか去年に比べたらずっと楽に出来ていた。


「さーて、今日もガチャ回すか」


 スマホのアプリで今日も遊ぼう。そう思った時、一件の通知が来た。



黒井:暇か?



 俺にメッセージを送ってきたのは、学校で聖女と噂の美少女、黒井雪穂だ。

 まあ、黒井の本性は聖女なんていうものとはかけ離れているのだが。


 暇だぞ。と黒井にメッセージを送る。すると、返信は直ぐに来た。



黒井:二十分後に私の家な。後、人前に出れる格好で来い。


 人前に出れる格好、という部分に首を傾げながらも、『分かった』とメッセージを送り、自分の部屋に行く。

 人前に出れる格好ね……。どっかに出かけるのだろうか?


 まあ、ジーパンとTシャツ着ておけばいいだろ。


 適当に服を見繕って着る。それから、財布を持って黒井の家に向かった。



***



「遅い」


「お、おう」


 黒井の家の玄関に入ると、そこには黒のTシャツにショートパンツ姿で帽子を被った黒井がいた。

 普段は髪を降ろしている黒井だが、今日は後ろで髪をまとめている。学校で見るお淑やかな時と雰囲気がまるっきり違っていて、何故か分からないが少しだけ緊張してしまう。


「何見惚れてんだ。さっさと出るぞ」


「み、見惚れてなんかねーし! ちょっと可愛いなって思ってただけだから!」


「そういうのを見惚れるって言うんじゃねーのかよ」


 黒井は俺の言葉に呆れながら、家に鍵をかける。

 鍵をかけた後、黒井は俺の格好をジロジロと改めて見てきた。


「ふーん。まあ、お前の格好も悪くねーんじゃね?」


「お、おう。ありがとな」


 どうやら、及第点だったらしい。

 よかった。これで、クソダサいって言われてたら夜中にこっそり泣くところだった。


「ま、でもめっちゃ守りにいってる感じ出てるけどな。オシャレに慣れてないけど、とりあえずこれでいけば失敗しないよね! っていう、お前の保守的な考えが手に取る様に分かるわ」


 黒井はそう言って、ケラケラと笑う。

 腹立たしいことにその予想は当たっていた。


「いや、でもそれを言うならお前だってそうだろ! 黒シャツにショートパンツなんて皆やってるっつーの!」


「ふーん。なら、その辺の女と私、どっちに目がいくよ?」


「そ、それは……」


 悔しいが、その辺の道行く女性と比べた時、目が行くのは黒井の方だった。

 きめ細やかでハリのある白い肌に、モデルのようにほっそりとした手足。

 何と言っても、美しい顔。ドヤ顔ですら、ムカつくより先に可愛いという感想が来るほどだ。


「ま、お前の言うことも間違いじゃねーけどな。でも、男だろうと女だろうとシンプルな格好ってのはスタイル良い人が着るとより映えるからな。他の人と被りやすいからこそ、素材が良くないと埋もれちまうぜ。女の子とデートするときはその辺も意識しながらファッションは考えるんだな。ファッション童貞君」


「つまり、何だ? 俺は埋もれると言ってるのか?」


「おお。よく分かったな」


 よくできましたと言わんばかりにパチパチと適当な拍手を送って来る黒井。


 くっ。遠回しにお前はイケメンじゃないと言われた。分かっているが、腹立つ。

 折角だし、この夏に筋トレとかしようかな。そして、美しい肉体美を披露するのだ。


 待て……。冷静に考えたら、披露する相手いねーわ。

 まあ、その時は黒井に腹筋の写真でも送りつけるか。

 いや、キモいって言われるだけだな。やめとこ。


「さて、そろそろ行くか。電車の時間に間に合わせないといけないしな」


「電車? 結構遠出するのか?」


「ああ。言ってなかったっけ? 今日から二つ隣の市の水族館で海洋生物の赤ちゃんフェアっていうのがやるんだよ。で、カップル割引っていうのがあるみたいだから、お前を誘ったってわけ」


 駅に向かって歩きながら黒井がそう言った。

 

 カップル!? つまり、黒井は俺とカップルになりたいと……思うわけないよなぁ。

 どうせ、素でいられる男友達が俺くらいだったんだろうな。

 まあ、暇だったしいいか。黒井と過ごすのも案外楽しいしな。


「なるほどね。そりゃ、黒井さんに選んでいただいて恐悦至極だな」


「だろ?」


「……たまに思うんだけど、お前のその自信はどこから沸き上がって来るんだ?」


「顔。スタイル」


 何故こいつが学年一の美少女ともてはやされ、聖女と崇められているのだろうか?

 まあ、でもこういうズバッと自分の気持ちを真っすぐに吐き出す人は嫌いじゃない。


 そんな感じで黒井と会話していると、駅に着いた。切符を買って、電車に揺られること一時間。

 俺たちは目的地の水族館の最寄り駅に着いた。


 俺たちが向かう水族館は、この地方で一番大きな水族館で、近くにはビーチもある。

 そのため、今日のようなよく晴れた夏の日は観光客で賑わう。代わりに、地元の人は混雑を避けるためにこういう日はあまり来ない。

 だからこそ、わざわざ黒井は今日を狙ったんだろうけどな。

 クラスメイトに俺と一緒にいるところを見られて、変な噂がたったら困るだろうしな。


 駅から水族館へ向かう道は、案の定人で賑わっていた。


「黒井って水族館好きなのか?」


 チケット売り場で並んでいるとき、やけにソワソワとしている黒井に問いかける。


「おう! 好きだぞ!」


 子供の様に無邪気な笑みを見せる黒井。

 予想外の反応にドキッとする。 


「クラゲとか可愛いよな。フワフワ海の中を漂ってて、見てるだけで幸せな気持ちにな……忘れろ」


 楽しそうに話していた黒井だったが、途中で我に返ったのかそっぽを向いた。


「そうかそうか。黒井は水族館が好きなのか~」


「……悪いかよ。分かってるよ。私だって、キャラに合ってねえってのは」


「そうでもないだろ。誰が何を好きだろうとそりゃ、その人の自由だ。いいじゃねーか。クラゲが好きで。可愛いぜ」


 爽やかさを意識して黒井に微笑みかける。

 爽やかさと言うのが肝だ。俺は黒井に粘着質と言われたことをまだ忘れていない。


「…………」


 俺の笑顔を見た黒井は、無言で俺の顔を掴んで無理矢理デタラメな方向を向かせる。


「ちょっ! 痛い! 黒井さん、俺の首はそっちの方向にはそれ以上曲がらないんだけど!?」


「うるせえ。こっち見んな」


「見ないから! 見ないから、俺の首見て! ほら、ねじ切れそうだっ――アーッッッ!!」


 普通に生きていたら鳴らない音が首から聞こえた。

 そして、ほんの少しだけ周りの注目を集めることになった。



***



「……痛い」


 まだズキズキと痛む首を抑えていると、黒井が気まずそうな顔をする。


「わ、悪かったよ。でも、お前だって急に変なこと言ってきたじゃねーか!」


「変なことって……俺の爽やかイケメンスマイルが変だって言うのか!」


「あ、それは変だったぞ。私は慣れてるから耐えれたけど、他の女の子にするのはやめとけ」


「あ、まじで? それはすまん」


 黒井の言葉に軽くへこむ。


 今度、家で爽やかスマイルの練習しよ。どうせ夏は暇だし。

 筋トレに笑顔の練習。わー。充実した夏になりそう。


 気を取り直して、黒井に向き直る。


「じゃあ、変なことって何だよ」


「そ、それは……」


 珍しく目を泳がせて言いよどむ黒井。


 俺、変なこと言ったつもりはないけどな。

 さっき言った言葉を思い返しても変な言葉はない。強いて言えば、可愛いぜってやつかもしれないが、それだって黒井は言われ慣れてるはずだしな。

 今更、照れるようなものではないはずだ。


「もうすぐイルカショーが大ホールで行われまーす! 是非、皆さんご覧ください!」


「まじか!? やべえ、もうこんな時間だ! おい、こんなくだらない話してる場合じゃねえ! イルカショー見に行くぞ!」


 水族館のスタッフの声に反応して黒井が時計を見る。

 それから、興奮を隠し切れない様子で、慌てて走り出した。


「あ、ちょっと待てよ!」


 それを見て、俺も急いで黒井を追いかけた。


 結局、俺の言った変なことって何だったんだろうか……。

 まあ、いいか。

 折角の夏だ。水族館を満喫しよう。

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