第28話 粘着質イケメンはモテるか?
「くそっ! くそっ! くそっ!! ふざけるな! こんなこと僕は認めないぞ! この試合、僕の指示に従っていれば勝っていたのは僕たちなんだ!!」
試合が終わった直後、金満先輩がベンチから飛び出し、籠山先輩を始めとする助っ人たちに怒鳴り散らす。
目は血走っており、その表情に余裕は欠片も無かった。
「いや、それは違う。金満、君のやり方では本当の勝利は手にいられない。きっと、僕たちは初戦で君の凶行を止めなかった時点で負けていたんだ。君が目の敵にしている佐々木君のチームにね」
「ふざけるなあああ!! 僕があんな虫けらに劣るはずがないだろう! 顔も、金も僕の方が遥かに上だ! ……ははは。そうか、そういうことか。気付いたぞ。籠山、お前負けたのが悔しいからその責任を僕に擦り付けようとしているんだな! 無駄なことしやがって。この試合はお前の負けだ! 僕の負けじゃない! ここにいる全ての人がその証人さ!」
金満先輩をなだめようとする籠山先輩を指差し、睨みつける金満先輩。
その姿は自分の思い通りにならないことに腹を立て、現実を見ようとしない駄々っ子のようだった。
金満先輩の姿に周りの人の表情も曇っていく。
好勝負が繰り広げられ、優勝チームが決まったというのに、その優勝にケチが付けられているのだ。見ている人も気分が良いものではないだろう。
ここはビシッと俺が言ってやろう。
元々、俺と金満先輩の間にある因縁が元凶なのだ。
背筋を伸ばして、金満先輩の前に向かう。
「金満先輩。あんたの負けだよ。あんたのやり方じゃ誰もついてこない。誰も手助けしてくれない。そういうことだったんだ。大人しく負けを認めろよ」
「黙れ! 初戦で負けた負け犬が! 僕のやり方じゃ誰もついてこない? 何を言っている! 僕のやり方についてくる奴がいたから、お前は負けたんだろう! 神田という男がいなければ、僕たちが勝っていたんだ! 雪穂の次は、神田というバスケが上手い男か? 調子に乗るなよ寄生虫め!」
グサ。
金満先輩の言葉は割と胸に刺さった。
よ、よりにもよって正論を言いやがって……。くっ。俺の矮小な頭脳じゃこの先輩に口で勝てねえ。
理論じゃダメだ……! 使うべきは、感情論!!
「うるっせええええ!!」
俺の叫びに金満先輩が僅かに怯んだ。
「お前が負けを認めようが、認めなかろうが、お前の負けなんだよ! お前の思いも考えも、俺に負けたんだよ! お前みたいな野郎に黒井雪穂を任せられるか! 金がある? イケメン? ああ、その通りだな! でも、お前なんかより俺の方がずーっと黒井雪穂のことをよく理解してるんだよ! バ――――カ!!」
全てを言い切った後、周りがやけに静かなことに気付いた。
周りを見渡すと、殆どの人が唖然としていた。そして、金満先輩も俺の叫びに気圧されたのか動けずにいた。
「佐々木君」
そんな中、底冷えするような声で俺の名前が呼ばれる。
恐る恐る声のする方を向く。
「少し調子に乗りすぎじゃないですか?」
そこには、微笑む黒井がいた。
「……ぁ。ゆ、雪穂! 試合を見ていたのかい? これは違うんだ。僕は完璧な指示をしていたんだが――」
黒井の姿を見て、金満先輩が慌てて言い訳を始める。
自分は悪くない。本当は自分が勝利したんだ、と。
「金満先輩」
だが、黒井はその金満先輩の言葉を途中で遮った。
その行動に黒井雪穂を知る人物は相当に驚いただろう。
何故なら、黒井雪穂という少女は人の話を基本的に遮らないからだ。
相手が誰であろうと会話をする姿勢を大事にする。それが、黒井雪穂という少女だった。
「屋上に来てください。そこで話をしましょう。あなたに言わなくてはならないことがあります」
黒井はそれだけ言い残すと、体育館を後にした。
金満先輩は普段と少しだけ雰囲気が違う黒井の姿に呆然としていたが、直ぐに黒井を追いかけて体育館を出て行った。
「…………お前は行かなくていいのか?」
「うおっ!? む、村田のお兄さんですか」
背後からぬっと姿を現した村田のお兄さんに驚く。どうやら、俺も金満先輩を追いかけなくていいのか聞いて来たようだ。
「…………お節介かもしれないが、行った方がいい。……今しかないんだ。……過去は過ぎていき、未来はまだ来ない。……何時だって、俺たちには今しかない。……動ける時に動いておけ。…………俺の様に高校生活で後悔したくなければ、な」
村田のお兄さんは言い聞かせるようにそう言った。
今、俺がしたいこと。
村田に約束を果たしたことを伝えたい。音羽とのこともある。寧ろ、音羽に関しては神田より先に会うことが大事かもしれない。
でも、それ以上に俺が今一番するべきことは考えるまでもなく一つだけだった。
「ありがとうございます」
村田のお兄さんに感謝の言葉を伝え、頭を下げる。
だが、それをする前にここでやりたいことがある。
「村田のお兄さん。生意気だと思うかもしれませんが、言わせてください。俺はまだ村田のお兄さんの高校生活も終わってないと思いますよ」
「……ああ、そうだな」
村田のお兄さんは僅かに目を見開く。それから、穏やかな表情で微笑んだ。
「神田!」
村田のお兄さんと話し終わった後、俺はチームメイトと供にいる神田の下へ向かう。
「……行くのか?」
「ああ。神田、それと、神田のチームメイトの皆、俺を助っ人で受け入れてくれてありがとう」
改めて、神田たちに頭を下げる。
この人たちがいなければ、俺の球技大会は後悔で終わっていた。
「いいってことよ」
「こっちこそ、お前のおかげで優勝できたからな!」
「ま、折角だしそのうち打ち上げでもやろーぜ」
神田のチームメイトは笑顔を浮かべていた。
「音羽のことはいいのか?」
神田が俺に問いかけてくる。
音羽……か。
「お前だけで会いに行けよ。その方が音羽も喜ぶ。……そうだな。出来たら、伝えておいてくれるか。二人で幸せになれよって」
「必ず伝える」
神田は強く頷いてから、こちらに右手を差し出す。
それを見て、俺も右手を差し出した。
「佐々木、ありがとな。お前のおかげだ」
「大したことは出来なかったけどな」
「それでもだ。お前と友達になれてよかったよ」
神田はそう言って笑った。
その顔はとても晴れやかで、悔しいがかっこいいと思ってしまった。
「じゃあ、俺は行くわ。音羽によろしく頼む」
「おう」
神田に手を振り、体育館を出る。
向かうは屋上。金満先輩と黒井が話しているであろうスポットだ。
***<side 黒井>***
澄み渡る青空。
目の前に気に入らない男がいるのに、私の心は不思議と穏やかだった。
恐らく、さっきのバカがらしくもなく人前で叫んだ言葉のせいだろう。
人前で私のことを理解しているように語った部分は減点だが、この先輩によく言ってくれたという感じだ。
だから、最後は私がこの先輩に引導を渡すべきだろう。
「そ、それで雪穂、僕に言いたいこととは何かな?」
体育館での怒りに染まった表情から一転、金満先輩は笑顔で私に声をかける。
だが、その笑顔にいつものような自信は感じられなかった。
「はい。はっきりと金満先輩に伝えさせていただきます」
深呼吸を一度してから、私に出来る最高の作り笑顔を金満先輩に向ける。そして、口を開く。
「私はお前と付き合わないって言ってんだろ。いい加減理解しやがれ、粘着質スライム野郎」
「……は?」
信じられないと言った顔を見せる金満先輩、もといスライム野郎。
「まじで調子に乗るのもいい加減にしろよ。人に迷惑かけてまでしつこく私のためって……何様のつもりだよ? 金がある? イケメン? 知るか。私は、お前みたいな人の話を聞かず、人に迷惑をかける奴が一番嫌いだ」
笑顔を崩さないように注意しながら、言いたいことをはっきりと伝える。
こいつには散々嫌な思いをさせられてきた。最後くらい、少しはやり返さないと気が済まない。
「……ゆ、雪穂? そ、その喋り方は一体……?」
「これが私の素だよ。今までは猫被ってたんだ。で、それがどうかしたか?」
私の言葉を聞いた金満先輩が俯く。そして、肩を震わせ始めた。
「……騙したな。この僕を騙したな! 雪穂!!」
「おーおー、私の本性が気に入らなかったか?」
「気に入らない! 僕の恋人に相応しいのは、清廉潔白で見も心も美しい天使のような女性だ! 断じて、お前のような腹黒く醜い女じゃない!!」
私を指差し、強く睨みつけるスライム野郎。
自分は己の欲望のために汚い手を使ったくせに、よく口が回るものだ。
「……やっぱり、お前と付き合わなくて良かった。改めてそう思ったよ」
「黙れ! それは僕のセリフだ!」
スライム野郎の言葉にどんどんイラついてくる。
だが、手は出さない。そう決めていた。次のスライム野郎の言葉を聞くまでは。
「なるほどな……。お前とあの虫けらの仲が良かったのはそういうことか! 同じ醜いもの同士、手を取り合っていたんだな! ははは! だったら、お似合いじゃない――ぶへっ!!」
気付けば、私は目の前の男の顔面をビンタしていた。
私の力が強かったのか、スライム野郎が軟弱だったのか、スライム野郎はその場に尻もちをついた。
「ぶ、ぶったな!? ひっ!!」
そのままスライム野郎の上半身に跨り、胸倉を掴む。
「私のことを悪く言うのは良い。事実、私の性格が良くないことくらい私が一番よく分かってる。でもな、あいつを悪く言うのは許せねえ」
手に力がこもる。
自分でも想像以上に低い声が出た。
「あいつはバカだ。でもな、お前なんかよりずっと真っすぐ生きてる。背筋伸ばして、必死に自分の掴みたいもの掴もうと手伸ばしてる。この世の中は競争だ。だからこそ、時に人は人の足を引っ張る。自分を磨くんじゃなくて、他人を蹴落として自分の位置を守ろうとする。だけど、あいつは自分を磨いて欲しいもん掴もうと努力してんだよ。その在り方を、あいつのバカ正直さを、お前如きが笑うんじゃねえ!!」
溢れる怒りを抑えることは出来ず、右手が上がる。そのまま、スライム野郎にもう一発ビンタを食らわせようとした時、誰かが私の右手を掴んだ。
「黒井、その辺にしとけ」
慌てて振り向くとそこには恥ずかしそうに頬をかくバカの姿があった。
***<side end>***
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