第27話 決着
「タイムアウト!」
残り九十秒で同点に追いつく。流れが俺含む神田のチームに来る中、声を上げたのは金満先輩だった。
ベンチに戻ると、神田が片手を挙げて待っていた。
「ナイスシュート」
「おう。そっちもナイスパス」
その手を叩いてから、ベンチに座り水分を軽くとる。
「佐々木、ナイス!」
「助っ人を志願するだけはあるな!」
「てか、さっきまで存在感なさ過ぎて忘れてたわ!」
神田のチームメイトも俺の方に駆け寄り声をかけてくる。
別のクラスの俺にここまでよくしてくれる辺り、いいメンバーが揃っているなと思う。
「おう! 助っ人で出るからには、チームの勝利に貢献しないとな」
「よし。同点に追いついたし、残り九十秒で絶対に勝利をもぎ取るぞ」
神田の掛け声で、最後の打ち合わせを行う。
とはいえ、特別なことをするわけではない。今まで通り、神田を中心に攻めていく。
ただ、次から攻めの時は俺も参加するというくらいだ。
後は、ラフプレーに注意するということくらいか。
「絶対勝つぞ」
「「「おう!!」」」
神田の言葉に返事を返したところで、試合が再開される。
相手チームを見ると、金満先輩がベンチに下がり、青ざめた表情の高井先輩が試合に出ていた。
金満先輩はベンチから高井先輩を鋭い眼光で睨みつけていた。
確実に何かする気だな。
狙うとするなら俺か、神田だろう。
だが、このチームの要は神田だ。標的は神田とみた。
直ぐに神田を守りに行こうとしたところで、俺の服を村田のお兄さんが掴む。
「放してもらえますか。人が怪我するかどうかが係ってるんです」
村田のお兄さんは何も答えない。視線を合わせようともしない。ただ、自分の仕事に徹して時間が過ぎるのを待っているように見える。
「それで本当にいいんですか? そうやって、誰かを傷つけてまで金満先輩に女の子を紹介してもらいたいんですか?」
「…………お前には分からない」
「確かに、そうですね。きっと、俺の考え方はあんたとは相いれない。でも、逆に聞きますけど、あんたは分かろうとしてるんですか? 金満先輩の行動でどれだけ村田が傷ついたか、村田の思いが踏みにじられたかをよ」
村田のお兄さんは何も答えない。
だが、俺の服の裾を掴む手の力が弱まった。
その瞬間、俺は走り出した。その勢いで村田のお兄さんの手が俺の服から離れる。
村田のお兄さんは追いかけてこようとはしていなかった。
「神田!! 逃げろ!!」
ボールを持っている神田に声をかける。
その直後、神田に向かっていた高井先輩が方向転換して俺に向かってくる。
まさか、俺が神田を庇うことを見越して初めから俺を!?
ぶつかる。
そう思い、目をつぶった直後、誰かに背中を押された。
身体が前に倒れる。その直後、衝突音がした。
慌てて振り返ると、そこに倒れているのは村田のお兄さんだった。
「む、村田先輩!?」
慌てて身体を起こし、村田のお兄さんの下に駆け寄る。村田のお兄さんは意識はあるようだった。
「何で敵チームのあんたが……?」
「……弟が見てる。…………そんな当たり前のことに、今更気付いた」
村田のお兄さんは二階の方に視線を向けながらそう言った。その視線の先には、こっちを不安げに見つめる村田がいた。
「…………こんなのでも、俺はあいつの兄なんだ」
そう言うと、村田のお兄さんはゆっくりと身体を起こす。そして、真っすぐ俺を見つめてきた。
「…………正々堂々やろう」
「勿論です」
村田のお兄さんが差し伸べた手を握りしめる。
今更だが、ここからが本当のバスケの始まりな気がした。
***
一旦、試合が中断となった。金満先輩のチームは集まって何かを話しあっている。だが、どうやら少しもめているらしい。
「佐々木、大丈夫か?」
そんな中、神田が心配そうに声をかけてくる。
「ああ。軽く膝を擦りむいたくらいだ。大きな怪我はないし、試合に支障はないぜ」
「なら、いいんだけどな。まさか、本当にラフプレーしてくるとはな」
「まあな。でも、もうしてこないと思うぜ」
金満先輩のチームでは、金満先輩と村田のお兄さんを始めとする助っ人四人組が何かを言い争っている。
そして、その言い争いが終わったのか村田のお兄さんたちが戻って来た。
そのメンバーの中に金満先輩の姿は無かった。
「待たせて悪かったね。残り一分弱か。正々堂々やろう。どっちが強いか、ちゃんと決めようじゃないか」
籠山先輩が神田と俺の前に来て、好戦的な笑みを浮かべる。
「はい。絶対負けません」
「右に同じくです」
神田の言葉に同意を示す。
すると、籠山先輩は嬉しそうに笑った。
そして、最後の一分が幕を開けた。
***
先にゴールを決めたのは、金満先輩のチームだった。
これまでの攻め方から一転して、権俵先輩と高井先輩の高身長組を活かしたゴール下勝負に持ってきた。
高さで劣る神田のチームは何も出来ずシュートを決められた。
「佐々木!」
神田が俺にパスを出す。
カウンターで走り出していた神田に味方からのパスが通った後、神田は籠山先輩と相対した。
だが、ドリブル突破出来ない神田の方が不利。
そこで、俺がカバーに走った。
神田からパスを受け取った瞬間、右手に激痛が走る。
それのせいか、動きが鈍る。その隙をついて、村田のお兄さんが俺からボールを取りに来る。
「――っ! 負けるか!」
自らに気合を入れ直し、ボールをキープする。そして、そのまま痛む右手でドリブルし、村田のお兄さんを抜き去った。
残るは目の前にいる権俵先輩だけ。
ドリブルの勢いを殺さず、そのままレイアップシュートの体勢に入る。俺が跳んだタイミングに合わせて、権俵先輩も跳ぶ。
それを見て、俺は空中でボールを持ち帰る。
思いだすのは、黒井にいつだか見られたバスケの練習中のこと。
イメージの中では完璧。
そのイメージが、黒井との特訓を経て、漸く現実と重なった。
ダブルクラッチ。
空中で権俵先輩のブロックを躱して、放った俺のシュートは綺麗に決まった。
「「「うおおおお!!」」」
残り時間、二十五秒で再びの同点。
会場のボルテージがどんどん上がっていく。
「村田!」
シュートが決まった直後、ボールを拾った権俵先輩がボールを投げる。その先には、村田のお兄さんの姿があった。
しまった!
村田のお兄さんは一足先にカウンターの準備をしていたんだ!
慌てて、戻るが村田のお兄さんには追い付かない。
持ち前の影の薄さを活かした動きをしていた村田のお兄さんはノーマーク……のはずだった。
「行かせない!」
村田のお兄さんの前に籠山先輩をマークしていたはずの神田が立ちはだかる。
そこで、俺は神田の意図を理解し、籠山先輩の下に走る。
一人でそのままゴールまで向かっていた村田のお兄さんだったが、神田が前に現れたことで足を止める。
流石に、神田相手に一対一を挑む気はないらしく、籠山先輩にパスを出した。
僅かな時間だが、神田が村田のお兄さんを止めてくれたおかげで、籠山先輩にボールが渡る頃には、俺は籠山先輩に追いついていた。
「君には貸しがあったからね。ここでやれるのは好都合だ」
「ここは通しませんよ」
会場中の視線が俺と籠山先輩に集まる。残り時間を考えると、ここでシュートを決められれば俺たちの勝利は絶望的になる。
負けるわけには行かない。
ゆったりとしたドリブルから、籠山先輩が一気に加速して右から俺を抜きに来る。
何とかそれに付いて行くが、直後に左に切り返してくる。
籠山先輩の身体のキレは、初戦で戦った頃よりずっと鋭かった。
俺を振り切った籠山先輩がそのままシュートモーションに入る。
「くそ! 負けるかあああ!!」
振り切られたところから、必死に飛んで腕を伸ばす。
ボールに触れられなくても、せめて視界に入って邪魔してやる!
籠山先輩の手から放たれたボール。俺の邪魔があったせいかどうかは分からないが、そのボールはリングに弾かれた。
「「リバウンドォオオオ!!」」
両チームの声が響き、ゴール下で権俵先輩、高井先輩、神田のチームメイトが同時に跳ぶ。
ボールは権俵先輩の手に弾かれて飛んでいく。
こぼれ球を拾ったのは村田のお兄さんだった。
そして、村田のお兄さんはそのままシュートを放つ。そのボールはボードにぶつかってから、リングを潜り抜けた。
「「「うおおおおお!!」」」
今日一番の歓声が沸き上がる。
「まだだ! 寄越せ!」
その歓声の中、神田は既に動き始めていた。
神田のチームメイトが神田の声に反応して、パスを出す。そのパスを受け取った神田が敵陣地に切り込む。
残り時間は十秒。
神田が走り出すと同時に俺も走り出す。
「君なら来ると思っていた」
神田の前に再度、籠山先輩が立ちはだかる。
その瞬間、神田は俺にパスを出した。
「佐々木、頼むぞ!」
神田に託されたボール。
このボールは絶対に決める。
「……止める!」
俺の前には村田のお兄さん。シュートを決めた直後に俺に付いてきていた。
それを見た俺は、シュートを打つ体制に入る。
「……なっ!? くっ!」
完全に不意を突かれた、村田のお兄さんは慌てて跳ぶ。
それを見てから、俺はドリブルで村田のお兄さんを抜いた。
『こういうフェイクを交えた駆け引きが出来れば、素人にはまず負けないだろ』だったよな、黒井!
そのままシュートを決めに行く。
「させない!!」
だが、シュートをしようと跳んだ俺の前に籠山先輩の手が迫る。
籠山先輩が何で!?
その瞬間、視界急に開けたような感覚がした。
周りが良く見える。
俺を止めようとする籠山先輩も、籠山先輩のマークが外れてフリーになっている神田も。
くそったれ……。
「任せたぜ」
体制を無理矢理変えて、神田にパスを放つ。
予想外の俺の行動に籠山先輩も面食らっていた。
そして、俺のボールが神田に渡る。
神田の綺麗なシュートフォームから放たれたシュートは、美しい放物線を描き、そのままリングに入った。
3Pというおまけ付きで。
ビー!!!
直後に鳴り響くブザー音。
「「「うおおおおおお!!!!」」」
そして、歓声。
「佐々木、ナイスパス」
「ナイスシュート」
珍しく喜びが表情に現れている神田とハイタッチする。
こうして、俺たちの球技大会は幕を閉じた。
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