第24話 初戦②
「タイムアウト!!」
後半が始まり五分が経過したところで俺は慌ててタイムアウトを取る。
「やれやれ、漸く身体が温まって来たのになぁ」
俺の目の前で籠山先輩が残念そうに首を横に振り、自分たちのベンチに歩いて行く。
その姿を見て、俺は歯ぎしりをした。
何も出来なかった。
ドリブルを止めることも、籠山先輩のマークを振り切り、シュートを決めることも。
上下関係を教え込むように、俺のやりたいことを悉く籠山先輩は止めてきた。
気付けば十点あったはずの点差は無くなっていた。
「ちくしょう……。助っ人って何だよ……ずりいよ」
ベンチで花田が項垂れる。
その言葉に全員が押し黙る。
助っ人がいなければ、恐らく全員の頭にその考えが浮かび上がっていた。
リバウンドは権俵先輩に奪われ、籠山先輩に翻弄され、こっちのパスは神出鬼没の村田の兄にカットされる。
前半が終わった時の明るさはもう残っていない。
「……ま、まだ終わってないよ! 最後まで全力を尽くそう」
「そうだな! これは球技大会だ! 最後まで楽しもう!」
「元々、相手は三年生だったしなぁ」
優斗の言葉に佐伯と花田も続く。
もう、四人の口から勝つという言葉は出てこなかった。
ダメだ。
今のままじゃ、このまま何も出来ずに負ける。
そりゃ、俺たちは大した実力を持ってるわけじゃない、大きな世界の流れから見ればちっぽけなモブかもしれない。
それでも、掴みたいものがある。そう簡単に諦められるわけがない。
「俺が籠山先輩を止める」
「「「え……?」」」
「あっちの中心は籠山先輩だ。だから、俺が籠山先輩を封じ込めばまだ勝機はある。見てろ。俺が勝利への道を切り開いて見せる」
俺がそう言ったところで時間がやって来る。
相手ボールで試合が再開する。
早々に籠山先輩にボールが渡る。俺は前半同様籠山先輩の前に立つ。
「……てっきり戦意喪失したかと思ったけど、君だけは違うらしいね」
「まだ同点になっただけでしょ。あなたを止めればまだ勝機はある」
「君如きが僕を止められるとでも?」
「何言ってんすか。過去がどうか知らないっすけど、今はお互いバスケ部に所属してないただの高校生。止められない訳がないでしょ」
俺の言葉を聞いた籠山先輩が笑う。
「間違いない。これは一本取られたな。まあ、このボールは取らせないけどね!」
身体を沈め、加速する籠山先輩が右から俺を抜こうとする。
それに合わせて、右に……いや、違う。
左足に重心がまだ残っている!
それに気づいた瞬間、右に流れかけた身体を左に戻す。
籠山先輩が右から左にボールを持ち帰るタイミングとほぼ同時に。
「……っ!」
籠山先輩が俺の動きに驚いた一瞬、その一瞬でボールをはじく。
「「「うおおおお!!」」」
試合を見ていた少なくない数の観客たちから歓声が起こる。
そのまま弾いたボールを拾い、ゴールへ突っ走る。
このシュートが決まれば、それは俺たちにとって希望になる。まだ戦える、勝機はあるという希望に!
勢いよくドリブルで相手コートを突っ走る。視界には誰もいない、フリーのはずだった。
「……させない」
突如、横からヌッと手が伸びてくる。
この感じ、村田の兄か!? まずい、ボールを奪われる。
そう思った時、別の腕がその腕を遮る。
「……兄貴を止められるのは俺だけだ」
それは村田だった。
タイムアウトの時、村田は諦めているように見えた。だが、今の村田の目には確かに力強い光が宿っている。
心の中で村田に感謝しながら、そのままゴールに近づきシュートを放つ。俺が放ったボールはゴール板に辺り、リングを通過した。
シュートが入ったことを確認してから、小さくガッツポーズする。
たかが二点、だが、この二点は俺たちがまだ抗えることを示す、大きな二点だ。
「村田、さっきはありがとう」
「……佐々木、お前は冴えない」
「え?」
お礼言ったのに何で、急に貶されたの?
「……目立たない、冴えない、自分たちがこの学校の主役だなんて思っていない。……それでも、全部諦めてるわけじゃない。……お前の気持ちはよく分かる。……勝つぞ。あんな金持ちイケメンにいい顔されて終わってたまるか」
村田の長い前髪の隙間から強い意志を宿した目がこちらを見る。
ここにもいたか。まだ諦めていない男が。
「うおおお! 佐々木凄いな!! お前が本当に籠山を止められるならまだこの試合分からないぞ!」
「そうだよね。まだ諦めるには早すぎたよね!」
「まだ黒井さんにいいとこ見られてないしな……。先輩だからって負けてられるか! 俺もやってやる!」
更には佐伯、優斗、花田までもが声を上げる。さっきまで諦めかけていた三人の目にも確かに戦う意志が宿っていた。
これならいける。俺たちなら、必ず勝てる!
***
俺のシュートで幕を開けた後半残り五分は正に激闘であった。
「うおおおお!!」
「ぐっ!! 花田……この俺に向かってくるとはいい度胸じゃないか!」
「ひ、ひぃ! わ、悪いっすけど、俺にも負けられない理由があるんですよ。先輩だからって、譲りませんよ」
ゴール下では、花田と権俵先輩が競り合い……。
「くっ! 佐伯、しつこいぞ! せめてバスケくらいはこの僕に活躍の場を譲れ!!」
「先輩、すいません。友達が勝ちたいって言ってるんです。なら、俺は男としてかじりついてでも先輩を止めて見せる!」
「くそったれええええ!!」
コートでは佐伯が池光先輩に執拗なマークをついて回り……。
「……兄貴、あんなイケメン金持ちの下につくなんて兄貴らしくないぞ」
「…………」
「……女の子を紹介してもらったところで、兄貴のその無口を治さなきゃ意味ないだろ」
「………………」
「……兄貴の苦悩何て分からない。でも、金満先輩のやっていることが正しいとも思わない。……俺は、不器用だけど真っすぐ生きる兄貴が好きだった。……だから、兄貴を俺が止める。それが俺にできる唯一のことだ」
そして、目立たないところで村田兄弟が火花を散らしていた。
「ははは。簡単に勝てると思っていたけど、随分と面白くなってきたね。やっぱり、バスケはこうじゃなきゃ」
「まだ余裕そうっすね」
「いや、そうでもないよ。でもね、僕は昔から手強い相手の時ほど力を発揮するんだ」
「そうですか。なら、次からは俺たちで挑ませてもらいます」
「俺たち……?」
籠山先輩が首を傾げた瞬間、横から優斗が籠山先輩のボールを取りに行く。
「……っ! なるほど。うちのチームの弱点に気付いたってことかい?」
「気付くも何も、最初から明らかだったでしょ」
「ははは。それは間違いない」
籠山先輩の視線の先にいるのは金満先輩の姿があった。
金満先輩はお世辞にもバスケが上手いとは言えない。寧ろ下手なくらいだ。
だからこそ、金満先輩のマークを外しても問題ない。
こうして後半は進んでいった。
優斗と俺の二人が籠山先輩を抑えることで、相手の得点力は大幅に下がり、正に一進一退の攻防が繰り広げられ、残す時間はあと一分になった。
「タイムアウト!」
タイムアウトを要求したのは意外なことに金満先輩だった。
だが、そのタイムアウトは俺たちにとっても好都合だった。
「いけるよ! 次郎、二点差で負けてるけど、残り時間一分なら何とかなる!」
「そうだぜ佐々木!」
「勝って黒井さんに活躍を見てもらおうぜ!」
ワイワイと盛り上がるチームメイトをなだめ、最後の打ち合わせをする。
負けてる以上、俺たちは攻めるしかない。しかし、守備を怠り、シュートを決められれば敗北につながりかねない。
この最後の一分をどう戦うかが、勝利に直結する。
「……佐々木にボールを集めよう」
そう言ったのは村田だった。
「村田、いいのか?」
俺の言葉に村田が頷く。
「だな! 俺たちの中で一番得点が期待できるのはお前だ。佐々木で負けるなら仕方ない!」
「僕も賛成だよ!」
佐伯、優斗も村田の意見に賛成を示す。そんな中、花田だけ迷っているようだった。
「ぬぐぐ……」
「花田? どうした?」
「黒井さんが見てる」
「「「え!?」」」
花田の言葉に全員が辺りを見回す。すると、二階の通路に黒井とその友人と思しき女生徒たちが数人いた。
「……黒井さんの前でかっこつけたいってことか」
村田の言葉に花田の方がビクッと震える。
どうやら図星だったらしい。
「わ、悪いかよ! 俺だって、黒井さんの前でかっこいいとこ見せてえよ!」
花田の意見は尤もだ。
寧ろ、球技大会でここまで勝ちに本気になって、活躍の場を譲ることが出来る村田、佐伯、優斗たちが異常である。
「花田、お前はゴール下だ」
「そ、それがどうかしたかよ!」
「バスケにはこんな格言がある。『リバウンドを制する者はゲームを制する』。それくらい、リバウンド、つまりゴール下の役割はバスケにおいて大きい。それに、万が一シュートが外れた時、一番最初にボールに触れ、シュートを決めることが出来る可能性を持っているのは花田、お前だ!」
「つ、つまり……俺がヒーローってことか!?」
「そうだ! ついでに言えば、黒井さんはバスケに詳しいという話を聞いたことがある。そんな黒井さんがゴール下のお前に注目しないことがあるだろうか、いや、ない!!」
「ふおおおお!! やるよ! 俺、ゴール下で黒井さんの視線を独り占めにしてみせる!!」
俺の言葉を聞いた花田が目に炎を灯し、立ち上がる。
よし、これで花田も納得してくれるだう。
「その意気やよし!」
花田の説得に成功したところで、試合が再開されることになった。
ボールは俺たちボールからだ。
「……あれ? 村田君のお兄さん、交代っぽいね」
優斗の言葉に視線を相手ベンチに向けると、確かに村田のお兄さんはベンチに座っていた。
その代わりに、相手コートには最初に保健室に駆け込んでいったはずの高井先輩の姿があった。
……何でここで選手交代を?
いや、この終盤で高井先輩と権俵先輩の高身長二人でゴール下を固めるのは戦術としておかしくないか。
深く気に留めずに、試合に入る。
打ち合わせ通り、俺にボールが渡される。そこで、不思議なことが起きた。
今まで、俺を止めに来ていた籠山先輩が何故か優斗のマークについていたのだ。
代わりに、俺のマークには誰もついていない。
いや、でもフリーなら好都合。
このままゴールまでドリブルして試合を決める!!
そう思い、ゴールに向けて全力でドリブルを始めた直後だった。
「危ない!!」
聞き覚えのある声が二階から聞こえたかと思えば、次の瞬間、俺の横から高井先輩が猛烈な勢いで突っ込んでくる姿が見えた。
俺の身体目掛けて。
……やばい。逃げられない。
衝突に身構えた直後、背中を誰かに押され、そのまま俺は前にこける。そして、背後から何かがぶつかる音が聞こえた。
咄嗟に受け身を取り、身体を直ぐ起こす。
そして、振り向いた俺の目に――
「「「村田!!」」」
――横たわったまま動かない村田と顔を青ざめる高井先輩の姿が入って来た。
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