第25話 それぞれの思い
幸い、村田には意識があった。
だが、足元はふらついており試合に出ることは不可能で、保健室に運ばれることになった。
俺たちは助っ人を誰かに頼もうとしたが、まるで示し合わされていたかのように悉く断られた。
元々五人でギリギリ相手に食らいつけていた俺たちが、人数の不利を受けて勝てるはずもなく、それまでの激闘が嘘だったかのように俺たちはあっさりと敗北した。
***
「村田、大丈夫か?」
試合が終わった後、保健室で休んでいる村田を訪れる。
村田は俺に気付くと、ベッドから身体を起こし、俺の方を一度見てから申し訳なさそうに視線を下げた。
「……悪い。……試合、負けたの俺のせいだよな」
「それは違う。負けたのは、俺たち全員の責任だ。お前一人のせいなんかじゃない。それよりも、ありがとう。お前のおかげで俺は助かった」
村田に頭を下げる。
俺はあの時、確かに村田に助けてもらった。その村田に感謝こそすれど、怒ることなどあり得ない。
これは、俺以外のチームメイトも皆同じ考えだ。
俺の言葉を聞いた村田は、それでも悔しそうに俯いてズボンを強く握りしめる。
「……面倒だと思ってた。……球技大会なんて、運動が得意な奴らが運動が苦手な奴らを蹂躙して笑うだけの胸糞悪い行事だと思ってた。でも、お前らは、少なくとも俺のチームメイトは違った。……上手くない俺を戦力として数えてくれていた。誰にでも出来るようなパスでも、上手く通ったらその度に「ナイス!」って声をかけてくれた」
村田の言葉は少しだけ震えているように感じた。
「……俺と同じで、冴えない男子のはずの佐々木が必死に頑張る姿を見て、俺もやれるんだって思った。……勝ちたかった。……勝って、こんな俺でも活躍して、お前らの役に立てるんだって証明したかった。……そして、あんないけ好かない金持ちイケメン野郎に媚びうる兄貴の目を覚ましてやりたかった」
ポトリと、村田の足元に水滴が落ちる。
こんな一行事に何本気になってんだ。
そう言って笑う人もいるかもしれない。
たかが球技大会。
それでも、誰かにとってはかけがえのない大切なものだ。
俺がそうであり、神田もそうだろう。金満先輩だってそうかもしれない。そうじゃなきゃ、たかが球技大会であそこまで勝ちに執着はしない。
そして、村田もそうだった。
村田なりに思うことがあって、村田は本気で勝ちたかった。その思いを、村田の気持ちを誰が笑うことが出来るだろうか。
「………はは。何言ってんだろうな。……こんなリア充イベントにガチになるなんて、俺らしくない。……忘れてくれ」
そう言うと、村田は俺に背を向けて布団の中に潜った。
情けない。
全力で試合に挑んだ。勝ちを掴みに行った。
それで負けるなら仕方ない。
そんなわけがないだろ。
負けたら悔しい。それも、あんな終わり方で悔しくないはずがない。
その悔しさを誰より村田が感じているはずだ。
それなのに、俺はさっきまで人数の不利があったんだから負けても仕方ない。そんな風に考えていた。
村田がいれば俺たちが勝っていた、そんなありもしない未来を語って自分を慰めていた。
本当に情けない。
だけど、まだ終わってない。
「笑わねえよ」
村田からの返事は無い。
「村田、決勝までに体調が戻ったら決勝戦見に来てくれ」
村田の肩がピクリと動いた気がした。
村田の思いは村田だけのもので、俺が何しようが意味は無いのかもしれない。
それでも、そうだとしても俺は証明する必要がある。
村田があの時、身をなげうって俺を助けたのは無駄じゃなかったと。
自惚れかも知れないが、あの時、村田は俺を信じていたんだと思う。
俺なら、必ず勝たせてくれると期待していたから、身を挺して俺を助けた。
だから、俺は村田に示す。
お前の判断は間違っていなかったと、お前が助けた男は、確かに金満先輩のチームを倒すことが出来ると。
そして、村田の思いを踏み躙った金満先輩のやり方を否定する。
保健室を出て、真っすぐ体育館に向かう。
この時間は、丁度神田たちのクラスが試合をしている時間だ。
***
体育館で、神田が所属しているチームに頭を下げ、とある約束をしてもらった後、俺はある人に呼ばれ、屋上に向かっていた。
屋上へと続く階段を上り、屋上の扉を開く。
屋上で俺を待っていたのは黒井雪穂だった。
「私のせいだ」
開口一番、黒井はそう言った。
その表情は黒井らしくもなく、申し訳なさそうで後悔がありありと浮かび上がっていた。
「私が金満先輩に釘を刺しとけばよかった。いや、そもそも金満先輩にこれ以上近寄るなとはっきり伝えておくべきだったんだ……。そうしとけば、あんなことにはならなかった」
ここで黒井が悪いと責めることは出来ない。
そもそも黒井は悪くないのだから。
「黒井は悪くないだろ」
「……お前もそう言うんだな」
お前も? ってことは、他にもそう言った奴がいるのか?
「さっき、村田にも謝りにいった。直接的じゃなくても、金満先輩がああした行動をした原因が私にあることは事実。でも、村田も私を責めなかったよ」
黒井はそう言ってから歯ぎしりをした。
よく見ると、黒井は自分の手を強く握りしめていた。
後悔もあるのだろう、だが、それ以上に黒井の表情には怒りが含まれている気がした。
その怒りが自分に対してのものか、それとも金満先輩に対してか、もしくは俺と同じものかは分からない。
だが、一つだけ言えることがある。
黒井雪穂にこんな表情は似合わない。
「決勝戦、絶対に見に来いよ」
「……は? 急に何言ってんだ。もうお前らは負けたし、見に行ったところでお前が試合に出るわけじゃ――」
そこで黒井は何かに気付いたのか、口を閉じる。
そんな黒井に、俺は視線を合わせることで同意を示した。
「――本気かよ?」
「本気も本気だ」
「バカだろ。出れるわけない」
「可能性が少しでもあるなら、俺はそれにかける」
「何でそこまでする? 惚れた女の前でかっこつけるためか? それとも、金満先輩への復讐か?」
「色々とある。多分、黒井の言うことも含まれるてるし、村田のこともある。でも、それ以上に俺は金満先輩のやり方を認めたくないんだ」
俺の言葉に思うところがあったのか、黒井は口を噤む。
「金満先輩の気持ちは分かる。好きな人と付き合うためにどんなことでもやってやるっていう気持ちも、好きな人に変な虫がついてたら振り払いたくなる気持ちもな。現に、俺だって宮本さんや音羽と付き合うために黒井に協力してもらったしな」
黒井に三回告白したことだってあるしな。
そう考えると、俺と金満先輩には似ている部分もあるのかもしれない。
だからこそ、金満先輩のやり方だけは許しちゃいけない。
「でも、人に危害を加えるのはダメだろ。誰かに恋をして、誰かと付き合いたいと思う。それはいい。そのためにあれやこれやと手を尽くすのもいいと思う。でも、それは誰かを傷つけていい理由にはならない。俺は金満先輩を、自分の手で倒して、金満先輩のやり方を否定したいだけなんだよ」
多分、俺が本当にしたいことはそれだけだ。
「もし……が、………たら……」
俺の言葉を聞いた、黒井は少しだけ俯いて何かを呟く。それから、顔を上げた。
「すまん。誰が何と言おうと、今回の発端は私も関わってる。だから、頼む。金満先輩を、あのいけ好かないクソ金持ちイケメンを私の代わりに叩き潰してくれ」
真剣な表情を浮かべながら、黒井が頭を下げる。
……うーん。
こうやって頼られるのは嫌じゃないんだが、黒井が何もなしに俺に頭を下げているのが違和感でしかない。
いや、待てよ。
俺はとんでもないことに気付いてしまったかもしれない。
「……黒井、お前そこまで俺と離れるのが嫌だったのか?」
「は、はあ!? 何言ってんだ!!」
「いや、だって金満先輩が優勝したら、俺と黒井が離れることになるかもしれないんだろ。それが凄く嫌だから、らしくもなくそんなに真剣にお願いしてるんじゃないのか?」
「ちげーよ!! 私はお前と同じでただ金満先輩のやり方が気に食わないだけだっつーの! 調子乗んな! バカ! 童貞! 勘違い男!」
頬を少し赤くしながら早口でそう言うと、黒井は俺に背を向けて屋上の出口に早歩きで向かう。
「……見てるからな。絶対勝てよ」
そして、扉の隙間からこっちを見て、そう言うと屋上の扉を閉めて立ち去った。
その様子を見て、俺は小さく笑う。
別に黒井に罵倒されたいわけじゃないが、俺は思いつめてる黒井より、ちょっと口が悪くても、どこか子供っぽい黒井を見てる方が元気が出る。
「ま、試合に出れるかは分からないけどな」
でも、もし出れるなら、その時は……。
「必ず勝つ」
体育館から歓声が沸き起こる。
決勝が行われる。その時は近い。
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