第23話 初戦

 ボールが跳ねる音と見物している人たちの声が響き渡る体育館では、俺たち二年三組と金満先輩擁する三年一組が熱戦を繰り広げていた。


「次郎!」


「ナイスパス! ふっ!!」


「しまった!!」


 俺をマークしていた選手の裏をつき、フリーになったところで優斗からのパスが俺に通る。

 そのまま、流れるようにシュートを放つ。俺の手を離れたボールは綺麗な放物線を描き、リングを通過した。


 ビーッ!!


 それと同時に前半終了を告げるブザーの音が鳴り響く。

 この球技大会では、五分のインターバルを挟んで、前後半十分の合計二十分で試合が行われる。

 その前半を、俺たちは十点リードで終了した。


「佐々木! 凄いぜ! 佐々木一人で十得点はヤバすぎるぞ!」


「いや、四人のフォローのおかげだ。特に、花田がリバウンドであっちこっちに弾いたボールを村田が拾い続けてたのが大きかった」


「……人には避けられるけど、ボールは何故か寄って来るんだよね。ふふふ……」


 俺の言葉に村田が自虐的に笑う。


 せ、切ない……。


「何言ってんだ! ボールに好かれてるおかげで今日は大活躍じゃねーか! それに、俺は村田みたいな一生懸命な奴、好きだぞ!!」


 村田の肩を佐伯が力強く叩く。

 村田は肩の痛みに一瞬、顔を顰めたがt、その表情は満更でもなさそうだった。


「三年生が初戦って知った時は絶対負けたって思ったけど、これ、俺ら優勝もあるんじゃね!? 優勝したら、黒井さんも俺のことカッコイイって言ってくれるかも……」


 最初のジャンプボールではやらかしたが、その後、身長の高さとジャンプ力で大活躍を見せた花田は、もう勝ったつもりでいるらしい。

 いや、実際俺も手ごたえを感じている。

 黒井、神田との特訓のおかげもあり現状、俺を止められる人は相手チームにいない。

 金満先輩も見る限り、あまり運動は得意では無いようだ。


「とりあえず、後半も油断せずに――「そ、そんな! 金満さん! ちょっと待ってください!!」


 ――頑張っていこう。

 そう言いかけたところで、相手ベンチから大きな声が響いた。

 見ると、高井先輩ら試合に出ていた四人の先輩が金満先輩の前で跪いている。


「待たない。高井、中井、村井、丸井、お前たちは急に腹痛に襲われて保健室に今から行かなくてはならない。そうだな?」


「そ、そんな……」


「僕がそうだな? と言ったら返事は「はい」だけだ!」


「「「は、はい!!」」」


 そう言うと、四人の先輩方は一斉に体育館を出て行った。


「相手チーム、一人になっちゃったね……。もしかして、試合放棄でもするつもりなのかな?」


 俺の隣で優斗が首を傾げる。


 試合放棄? あの金満先輩がそう簡単に諦めるとは思えない。必ず何か裏があるはずだ。


 金満先輩の様子を見ていると、金満先輩が審判に近寄っていくのが見えた。そして、金満先輩と審判がいくつか言葉を交わした後、金満先輩はスマートフォンを取り出し、どこかに電話をかける。

 その一分後、体育館に四人の男たちが入ってきた。


「あれ……? 何で四人の人が勝手に入って来たんだろう……?」


 優斗がそう呟くと同時に審判が俺たちの元に近づいて来た。


「三年一組の選手四人が腹痛で試合出場不可能となったため、あちらの四人の選手が助っ人として参加します」


 そういうことか!

 球技大会のルールを利用したってことか!

 いや、でも待てよ……。


「ちょっと待ってください。さっき体育館を出て行った四人は本当に腹痛なんですか?」


 さっき出て行った四人は、金満先輩の命令を聞いているように感じた。腹痛じゃないんじゃないか?


「確かに……僕も見ていたけど、あの四人は脅されて出て行ったように見えましたよ」


 俺の言葉に優斗も同意を示す。

 だが、俺たちの言葉を聞いても審判は顔色一つ変えない。


「関係ありません。とにかく助っ人が四人出るのでよろしくお願いします」


「なっ!? ちょっと待ってください!!」


 慌てて審判の肩を掴むが、審判は俺の腕を振り払いスタスタと立ち去ってしまった。

 その審判のズボンのポケットの裾から夏目漱石がひょっこり顔を出していた。


 ば、買収されている……!!

 金満先輩め……そこまでやるのか!!


「あ、あれは……権俵先輩!!」


 金満先輩の本気度に動揺しているところで、花田が声を上げる。

 花田は金満先輩が呼んだ助っ人四人の男の中で一際身長が高い男を指差していた。


「花田、知り合いか?」


「し、知り合いも何も、権俵先輩はバレー部の先輩だぜ。圧倒的パワーにあの体格とジャンプ力から、『守護神ガーディアン』と敵チームから恐れられていた、最強のブロッカーだ……。まさか、権俵先輩が相手なんて……」


 花田は冷や汗を垂らしながら、そう言った。

 どうやらあの権俵先輩はバレー界ではとんでもない実力者のようだ。


「あ、あれは……池光先輩!!」


 花田に続いて、今度は佐伯が四人の中で一際多く髪をいじっている男を指差して声を上げる。


「佐伯、あの人を知っているのか?」


「池光先輩は、野球部の先輩だ。圧倒的なセンスを武器に、野球以外の球技を全て経験者並みに上手くこなすことから『野球以外ならなぁミスター・ミステイク』と呼ばれていた先輩だ!!」


 ……え? その異名、微妙じゃね?

 いや、でも佐伯の言葉が本当ならあの先輩はバスケも相当上手いんだろう。これは油断できない。


「あ、兄貴……」


 花田、佐伯に止まらず、何と村田まで声を上げる。


「兄貴って、村田のお兄ちゃんいるのか!?」


「ああ……。あの端の方で先輩たちの影に隠れて左肩だけ見えてるのが僕の兄貴だよ……」


 村田が指差す方に目を向けると、確かに分かりにくいが身体の大きい権俵先輩の身体の影に誰かが隠れているような気がした。


「兄貴は、所属していた文芸部で音もなく突然部室に姿を現し、いつの間にか人知れず帰宅していることから『ぬらりひょん』と呼ばれるほどの影が薄い人だ……。最近、バスケ漫画を読んで『バスケやる』って言ってたけど、まさかこんなところで戦うことになるなんて……」


 バスケ漫画を読んでバスケを始めた……だと!?

 ただの影響を受けやすくて影が薄い人じゃないか! いや、だが油断は出来ない。


 そこで、俺は気付いた。

 金満先輩が呼んだ人は、狙いすましたかの様に俺のチームメイトの知り合いだ。つまり、最後の一人は優斗の知り合い……?


「なあ、優斗。あの人、お前の知り合いか?」


 まだ名前も分かっていない相手チームの一人を指差して、優斗に尋ねる。気付けば俺以外のチームメイトも何かを期待するように優斗を見ていた。


「あ、え、えっと……あ、あれは!」


 チームメイト皆に見られた優斗は目を泳がせて、言葉を探しているようだった。


「「「あれは?」」」


「す、凄い人だよ!!」


 優斗が顔を真っ赤にしてそう言う。


 あ……。知らないんだ。


「す、すまん優斗。四人中三人が知り合いだったから、お前も知り合いだなんて漫画みたいなこと起きるわけないよな」


「ほ、本当だよ! あの人は凄い人なんだ!」


「秀山、気持ちは嬉しいけど、無理しなくていいんだぞ!」


 無理をしている優斗に佐伯が優しく声をかける。


 そうだ。俺たちは優斗があの人を知らないことに『空気読めてない』なんて言ったりはしない。

 気にする必要は無いんだ。


「本当に本当なんだってばぁ!!」


 ビー!!


「時間だ。皆、相手が変わったからって恐れる必要はない。後半も気合入れていこう」


「「「おう」」」


「ちょっ! みんな!!」


 まだ、話を続けようとする優斗を置いてコートに入る。

 こういう時はそっとしておく方がいい。それが、俺なりの優しさだ。


 前半最後が俺のシュートで終わったため、相手ボールで試合が始まる。


 とにかく、こっちには十点のリードがある。有利なのはこっちだ。

 権俵先輩には花田、池光先輩には佐伯、村田のお兄さんには村田がマークについている。なら、俺は優斗が凄い人と言った人をマークする。


「一人かい?」


 金満先輩からのパスが俺の目の前にいる人に通る。パスを受け取った人は俺を見ると、そう呟いた。


「ええ。そうですよ」


「そうかい。どうやら僕は随分と舐められているようだ」


 次の瞬間、その先輩がシュートモーションに入る。


 ば、バカな! ハーフラインは超えているけど、ゴールまではまだ遠いぞ! 無謀すぎる!!


 しかし、先輩は一切の躊躇いも無くシュートを放った。

 そして、そのボールはリングに吸い込まれていった。


「なっ……!?」


「ははは! 流石は、中学時代に全国大会準優勝を経験した男だ! 籠山かごやま! 君の力で雪穂に近づく害虫を蹴散らすんだ!」


 コートに、金満先輩の高笑いが響く。


「はいはい。まあ、そんなわけでよろしく頼むよ。後輩君」


 金満先輩の言葉を聞いた籠山先輩が好戦的な笑みを俺に向ける。


 ぜ、全国大会準優勝だと……!?

 そんなの……そんなの……。


「「「凄い人じゃないか!!」」」


「ほ、ほらね! 僕の言った通りでしょ!!」


 驚きに声を上げる俺、花田、佐伯、村田の四人。

 そんな俺たちを見て、優斗は嬉しそうに飛び跳ねていた。

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