第21話 本番前、黒井と

 神田との特訓を始めてから早いもので二週間が経過し、いよいよ球技大会二日前となった。小学生三人組の協力もあり、実践を想定した練習も出来た。

 そして、その中で神田はメキメキと実力を身に付けていった。


「ふーん。で、お前はどうなんだよ?」


 俺の目の前にいる黒井がゲームをしながら俺に聞く。


「俺も上手くなったぞ。神田にもアドバイス貰ったしな。決勝で会おうって約束もしたしな」


 黒井の言葉に返事を返す。


「あっそ」


 自分から聞いたにも関わらず興味無さげに黒井はそう言った。黒井の視線は先ほどから、テレビ画面内の黒井が操作するキャラクターに向けられていた。


 球技大会を目前に控えた今日、何故か黒井から呼び出しを受けた俺は、こうして黒井の家にやって来て、黒井がゲームでCPUをボコボコにしているところを延々と見せつけられていた。


「それで、わざわざ俺を呼び出した理由をそろそろ話してくれてもいいんじゃねーの?」


 俺が質問を投げかけるのとほぼ同時に、黒井が操作するキャラクターがCPUを吹き飛ばし、黒井の勝利が確定する。

 それを確認した黒井は、コントローラーを床に置いてから俺の方に視線を向けた。


「金満っていただろ。あいつがムカつくこと言ってきた」


 金満といえば、金満先輩のことだろう。黒井に執着しているお金持ちだ。


「ムカつくこと? ちなみに、それは俺に関係あるのか?」


「大ありだよ。あいつはお前を相当に敵視してるからな」


「……それって、この間のことが関係してるのか?」


「だろうな。あの後もちょくちょく私にお前との関係性を問い詰めて来たし」


「黒井はそれでなんて答えたんだよ」


「頬を少しだけ赤く染めて、『人には言えない秘密の関係です』って言っておいた。そしたら、酷く顔を歪めてお前の名前を恨みがましく呟いてたな」


「半分、お前のせいじゃねーか!」


 最近、やけに金満先輩と出会うと睨まれると思ってたけど、そう言うことだったのか。

 俺を敵視してるって言うけど、太平洋に沈められたりしないよな?


「まあ、落ち着け。ムカつくのはここからなんだよ」


「まだ何かあるのか?」


「ああ。あの男な、私にこう言ってきたんだよ。『僕が君の大好きなバスケで球技大会優勝する。そして、君に相応しいのがあんな冴えない男ではなく僕だと証明する! だから、僕が優勝した時にはあんな冴えない男との繋がりは断ち切ってもらおう!』ってな」


「確かに。人のことを冴えない冴えないって言ってくるとは中々にムカつくな」


「だろ?」


 そう言ったところで気付いた。


「でも、バカにされてるのは俺だろ? 黒井は俺をバカにされてムカついたのか? もしそうなら黒井が俺のこと好きみたいだな」


「……は? そ、そんなわけないだろうが! 調子乗んな! 勘違い童貞が!!」


 ……え? そんなに罵倒される?


 冗談のつもりだったのだが、予想以上に黒井は本気で捉えてしまったらしく、顔を赤くして怒っていた。


「あ、いや、冗談だよ。冗談」


「……つまんねえ冗談言ってんじゃねえよ」


 そう言うと、黒井がギロリと俺を睨みつける。

 どうやら予想以上に怒らせてしまったらしい。


「す、すまん」


「はあ……。まあいい。お前が勘違いしないように一応言っておくが、私がムカついた理由はあんな男に私の生き方を決められることだ。私が誰と関わるかも、どう生きるかも私が決める。あんな男に邪魔される筋合いはねえ」


「ふーん。まあ、そりゃそうだろうな」


 黒井の言葉にほんの少しだけ嬉しくなる。

 つまり、黒井は自分自身で俺と関わることを選び取ってくれているわけだ。嫌々ではなく、自ら俺とこうして話したり、一緒に過ごしたりすることを選んでくれている。

 黒井が直接そう言ったわけではないが、実質そんなものだろう。

 それを言うとまた黒井が怒りそうなので、言わないけど。


「何ニヤニヤしてんだ。言っておくが、お前と関わる理由は愚痴を言える相手がお前しかいないからだ。『黒井さんが俺と関わりたいと思ってくれる! つまり、黒井さんは俺のことが好きなんだ! 俺も好き!! 結婚しよう!!』 なんて気持ち悪い妄想すんなよ」


 俺の中で上がりかけていた黒井の好感度が元に戻った。


「しねーよ」


「どうだかな。お前は高校一年の頃、三回も私に告白してきた粘着質勘違い陰キャだからな。信用できない」


「それ割と黒歴史だから忘れてくんない? 流石に、そこまで言われてお前に勘違いはしねーよ」

 

 しかし、いくら何でも粘着質勘違い陰キャは酷すぎじゃないか? 特に粘着質ってワードは止めて欲しい。


「まあ、いい。話を戻すぞ」


「えーと、何だったっけ? 金満先輩が球技大会で優勝したら、俺と黒井がもう関われなくなるんだっけ?」


「別に関われなくなるわけじゃないが、あの先輩はお前と同じ、いや、それ以上の粘着質だからな。今以上に付きまとってくることは容易に想像できる。だから、あの先輩を絶対に優勝させるな」


 ビシッと人差し指を俺に向けて黒井がそう言う。


「はあ。全く、何言ってんだか」


 黒井の言葉に俺はため息をつく。こいつは、何も分かっていないようだ。


「優勝するのは俺たちに決まってるだろ。金満先輩だろうが、神田だろうが関係ない。一人残らず蹴散らして、優勝をかっさらう。そして、音羽の心も奪い取るさ」


 不敵な笑みを浮かべつつ、黒井に堂々と宣言する。

 黒井に言われるまでもなく、最初から優勝しか狙っていない。


「……あーうん。お前、惜しいわ」


 そんな俺の姿を見た黒井は、目を閉じて少しの間何かを考え込んだ後、そう言った。


「惜しい!? 惜しいって何!?」


「いや、一瞬ときめきかけたけど、お前の顔がイケメンじゃなかったからときめき薄れたわ。寧ろ、冴えない男が背伸びしてかっこつけてる感が出てていたたまれなくなる」


 何考えてるのかと思ったら、めちゃくちゃ失礼なこと考えてんじゃねーか!


「う、うるせえ!! 別に背伸びとかしてねーし!」


「後、音羽って奴が好きなのは神田なんだろ? お前、完全にモブじゃん。……何かお前にお願いするの間違いな気がしてきた。悪いけど、神田って奴に伝えといてくれるか? 優勝してくれって」


「ふざけんな! 優勝するのは俺たちだから! 神田なんてケチョンケチョンにしてやるからな! 見とけよ!!」


 カバンを掴み、玄関に向かう。


 もう許さん。絶対に見返してやる。

 確かに、中学でスーパースターながら、怪我で挫折を味わいバスケをやめる。しかし、音羽と劇的な再会を果たし復活する神田のストーリーはドラマがある。端から見れば完全に神田が主人公で音羽がヒロインだ。


 だが、俺にだってドラマがある。

 中学からの知り合いである音羽の為に中学でやめたバスケ(やめたことに特に大きな理由はない)を再開したというドラマが!

 …………いや、これドラマって言えるようなものじゃないわ。これドラマだったら中身ぺらっぺら過ぎて、五分で終わる気がする。


 玄関でそんなことを考えながら靴を履いていると、背中から声がかけられる。


「お前はそれでいいんだよ。大穴にかける気はないが、私はお前みたいなバカが周りの予想全てを覆す展開は嫌いじゃない。明後日、楽しみにしてる」


 振り返ると、そこには屈託のない笑顔を浮かべる黒井の姿があった。

 普段周りに振りまく作ったような笑顔じゃない。純粋に俺に期待している、黒井雪穂本来の笑顔がそこにはあった。


「黒井……。ああ、任せろ」


 グッと親指を突き出す。

 必ず勝つ。改めて、胸に誓いながら玄関の扉を開け一歩踏み出す。


「あ、それはそれとして神田には伝えといてな」


「……必ず伝えてやるよ!!」


 やや乱暴に扉を閉めて、黒井の家を後にした。

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