第20話 修行回
神田の説得に失敗するというまさかの事態に陥ってしまったものの、一度の失敗でくじけるような俺ではない。
昨日に引き続き今日は朝から神田に突撃する。
「神田! バスケ――」
「佐々木、バスケやるぞ」
「――え?」
「いつかは部活にも入れてもらうつもりだが、その前に二週間後の球技大会がある。そこで俺はバスケをする。今度はお前にも負けない」
「あ、え、うん」
昨日と違い晴れ晴れとした顔で神田が俺に宣戦布告してくる。
一体俺が知らない間に何があったというのだろう。今の神田の姿は見たことも無いほど生き生きとしている。
「それじゃ、また放課後にな」
「あ、うん」
そう言うと神田は前を向いて、バスケに関する指南書のようなものを読みだした。
その姿を見て、俺は大人しく自分のクラスに帰る。
目的は達成した。
達成したんだけど……。え? 結局何が起きたの?
毎週読んでいる漫画の超大事な一話を見逃してしまった気分だった。
***
「佐々木! 行くぞ!!」
「お、おう!」
放課後になり、神田が俺のクラスに飛び込んでくる。バスケットボールを抱えて笑顔を浮かべる姿はバスケを始めたばかりの子供のように見えた。
神田の勢いに負けぬように返事を返した後、二人でいつもの公園に向かう。
恐らく、これが本当の神田の姿なんだろう。今までは、神田のことをどこか大人びた雰囲気を持つイケメンだと思っていたが、実際はただのバスケが好きな子供ということだ。
公園に着き、神田とバスケットゴールの前で向かい合う。
「行くぞ」
「来い!!」
ゆっくりとドリブルをする神田が腰を落とし、急加速する。そして、そのまま俺を抜きに来るが、直前で足が止まる。
「……っ。やっぱり、まだ無理か……」
「バスケをするという気持ちにはなったけど、イップスが治る気配はなしか」
「まあ、仕方ない。これとは気長に付き合っていくさ」
そう言う神田の顔に悲壮感は見られなかった。どうやら、本当に前を向き始めたみたいだな。
今の神田になら、この俺の秘策を授ける相手として相応しいと言わざるを得ない。
「そんな神田に俺の考えた秘策を授けよう」
「秘策?」
「そうだ。神田、お前はシューターになるべきだ。ドリブルで相手を抜けないなら、抜けなくてもいいと考えるんだ!」
俺は中学でバスケをしたとはいえ、バスケの知識に明るいわけではない。そんな俺がここ数日、プロのバスケの試合を見て改めて思ったことがある。
それは、ボールを持っていない時の動きの重要性である。
特に、3Pシュートを放つようなシューターにおいては、自分でボールを持ってドリブル突破することよりもフリーでボールを受けることの方が大事だ。
つまり、神田がドリブル突破できなくてもやっていける可能性があるのだ。
「なるほど。確かに、佐々木の言う通りかもしれないな……。よし、ちょっとシュート練習するか。佐々木、手伝ってもらえるか?」
「勿論!」
***
「ふっ!」
神田が放ったボールが美しい放物線を描き、リングに吸い込まれる。ゆっくりと落ちてくるボールを拾い、神田にパスする。
神田はそのボールを受け取ると、直ぐにシュートを放つ。そして、再び綺麗な放物線を描いたボールがリングに吸い込まれ、俺の手元に来る。そのボールを俺はまた神田にパスする。
これの繰り返し。
恐るべきは神田のシュート成功率。常にフリーで、シュートフォームを確認しながらうてるとはいえ、ここまで十本中十本全て綺麗に決めている。
とてもバスケから離れていた男とは思えない。
「おーい。にいちゃーん!」
神田と練習していると、以前、俺と勝負したバスケ少年三人組がこちらに歩いてくる。
「おお。久しぶりだな。どうかしたのか?」
「俺たちもバスケやりたいから、前みたいにミニゲームやろうぜ」
三人組のリーダー的な存在の金一が俺の方に近寄ってきてそう言う。黒井との一件があった後もこいつらとはちょくちょくここで出会って一緒にバスケの練習をしていた。
その時に俺を含めた四人でよくミニゲームをしていたから、それをしようということか。
「あれ? もしかして、そちらにいるのは神田さんじゃありませんか!?」
神田の存在に気付いたのか、眼鏡をかけた子供の銀二が声を上げる。
「え!? うおお! 本当だ。神田さんじゃん!」
「感動……!」
金一と銅三も神田の存在に気付いたのか、俺そっちのけで神田の方に駆け寄っていく。
え? お前ら、知り合いだったの? てか、俺の時と反応全然違くね?
「か、神田さん! 俺、覚えてますか? 神田さんに半年前くらいにこの辺でドリブル教えてもらった金一です!」
あの生意気なクソガキである金一が敬語を使っている……だと……!?
俺には欠片も使おうとしないくせに!
「おお! あの時のか。懐かしいなぁ。バスケは上手くなったか?」
「はい!」
「か、神田さん。あの、私のことを覚えていますか? 三か月前にシュートを見てもらった銀二って言うんですけど……」
「ああ! 覚えてる。小学生なのにシュートが上手い子がいるって思ってたからな。大きくなったな」
「は、はい!!」
金一と銀二が歓喜する中、銅三だけ神田に話しかけたそうにしながらも、言葉が出てこないのか、俯いていた。
「……君は、確か銅三君だったか?」
神田の言葉に銅三が目を輝かせ首を上下にブンブンと振る。
「やっぱり。君も久しぶりだね。とはいっても二か月ぶりくらいかな? まだ、バスケは好き?」
「肯定……! 感謝……!!」
「それは良かった」
そう言うと、神田は優しく微笑み、銅三の頭を撫でた。
金一だけじゃない、銀二も銅三も神田に懐きまくっている。
くっ! お前ら、ここ最近ずっと俺と一緒にバスケしてたじゃないか!
やっぱり顔か!? 顔なのか!?
「神田さん! あの、バスケやってるんですか!?」
「ああ。ちょっと、練習をね」
「す、すげえ! あの、俺たちも一緒にやりたいです!」
「勿論、構わないさ。いいよな、佐々木?」
「あ、うん」
神田に的外れな嫉妬心を抱いているところに、神田に話しかけられる。その言葉に返事を返すと、神田が嬉しそうに笑顔を浮かべ金一たちに向き直る。
「よし、じゃあやるか。そうだ。出来たら、ミニゲームでいいか? こっちは俺とあっちにいる佐々木。そっちは三人でいいからさ」
「そ、そんな! 神田さんのパートナーがあのにいちゃんじゃダメですよ! あいつ、女に守られるような弱虫なんですよ!」
金一の言葉が胸にグサリと突き刺さる。
「その通りです。高校生にもなって、美少女に守られ、美少女に敗北するような人に神田さんとチームを組むなどという栄誉は与えられません!」
「軟弱! 駄目!」
「ちょ、ちょっと待て! あいつに負けたのはお前らも同じだろ! それに、昨今の世の中は男女平等なんだよ! 男が女に守られることだってあるだろうが!」
これ以上、奴らに好き放題事実を言われてはかなわないと思い、反論に出る。
俺の言葉に、三人組は悔しそうに唇を噛み締める。
「くっ……。で、でも俺たちは子供だ! それに、開き直ってるけど、にいちゃんは自分で情けないって思わないのかよ!」
「グハァ!!」
金一の言葉がボディに突き刺さり、膝から崩れ落ちる。
金一の言う通りだ。正直、黒井に助けられて自分でも情けないと思っていた。
だからこそ、バスケの練習をより一層頑張っているわけだが。
「そこまでにしとけ」
小学生と高校生の口論。しかも、高校生が負けているという余りに見ていられない戦いを止めたのは神田だった。
「でも、神田さん!」
「佐々木の言う通り、男とか女とか関係ない。俺だって、年下の女の子に救われたことがある。それに、佐々木と佐々木の知り合いの女の子に負けたこともある。大事なことはそれを認めることだろ? 女だとか、男だとかっていう性別も、年齢も関係ない。相手を認めること。それが君らが立派な大人になる上で大切だと思うぞ」
「……確かに、そうですね」
「神田さんの言う通りですね。私たちはやはり子供。視野が狭かったとしか言えません」
「反省」
神田の言葉を受けて、三人組がシュンとする。
こういうところを見ると、まだ素直に子供らしいと思ってしまう。
「まあ、そういうことだ。反省して次に生かそうとする姿勢は大事だぞ。さて、神田、少年たち、早速バスケするか」
少年たちの肩をポンと叩き締めに入る。
「何でお前が仕切ってんだ! ここは神田さんが締める場面だろ!」
「空気を読んでください」
「KY」
しかし、そんな俺に対する三人組の反応は辛辣だった。
「お、俺だって人生の先輩ぶってみたいんだよ! 少しくらい尊敬してくれたっていいだろうが!!」
ギャーギャーと醜い言い争いを繰り広げる俺たちを見て神田が声を上げた笑う。
「はっはっは! お前ら、本当に仲良いんだな。じゃあ、皆でバスケするか!」
結局、神田の一言で漸く俺たちはバスケを始めるのだった。
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