第17話 音羽の好きな人
週明けの月曜日、昼休みに中庭に向かったがそこに神田の姿は無かった。神田が昨日のことを引きずっているのではないかと思い、神田のいるクラスに向かったが、どうやら神田は学校自体を休んでいるようだった。
「せんぱーい!」
中庭に音羽の明るい声が響き、音羽がこちらに駆け寄って来る。
こちらに近づいた音羽は神田を探しているのか、辺りをキョロキョロと見回していた。
「あれ……? 神田先輩はいないんですか?」
「ああ。今日は学校も休んでいるらしい」
俺の返事を聞いた音羽がガックリと肩を落とす。
そんなに落ち込まなくてもいいだろ。本命は残っているんだぞ。
そんなことを思いながら音羽がお弁当を出してくれるのを今か今かと待つ。
「……何ですか? そんなに見つめてきて」
「あ、いや、お弁当貰えないかなーって」
「ああ、そうでしたね。はい。どうぞ好きに食べてください」
今までとは違い若干、投げやり気味にお弁当を片手で差し出してくる音羽。
あれー? 音羽さん、俺のこと好きなんじゃなかったっけ?
何故そんな塩対応を……? あ、いや! これは照れ隠しか! きっと、ツンデレ、クーデレ、ヤンデレに次ぐ新たなジャンル、塩デレに違いない!
きっと、この言葉の裏には……
『何で先輩にこんな塩対応しちゃうの!? もー、私のバカバカ! でも、こん私の塩対応にも先輩が優しく接してくれたら……私、もっと先輩のこと好きになっちゃうかも!』
……なーんて、考えを思い浮かべているかもしれない! 危なかった。あと少しで、音羽の本音を見逃すところだったぜ。
「音羽、ありがとう! 今日もお前の弁当を食べることが出来て滅茶苦茶嬉しいぜ!」
満面の笑みと共に、親指を突き立てる。
「そうですか。ところで、どうして神田先輩は休みなんですか?」
音羽は顔色一つ変えずにそう言った。
少しくらい、頬を赤らめたってよくない? いや、もしかすると音羽は顔色が変わりにくいタイプなのかもしれない。……あれ、でも最初に弁当渡しに来たときとか割と顔赤くなってたような……。
「先輩? 聞いてますか!?」
「お、おう」
自分の世界に入り込みかけたところで、音羽が俺に顔を近づけていることに気付いた。
「だから、神田先輩はどうして休んだんですか?」
「体調不良だって聞いたぞ」
「そうですか……」
音羽が残念そうににため息をつく。
「あ、そういえば音羽と神田ってどういう関係なんだ?」
ふと気になり、そう問いかけた。
中学校は違うし、同じ部活動に所属しているわけでもない。それなのに、どうして音羽は神田を知っているのだろうか?
音羽は少し悩む素振りを見せた後に、顔を上げてゆっくりと話し始めた。
「私が中学までバスケしてたことは先輩も知ってますよね」
「おう」
「新人戦に一回戦で私たちが負けちゃった後、私バスケ嫌いになりかけてたんです」
「え!?」
驚いた。それは初耳である。
「私は二年生の頃から試合に出てたから、新チームでも当然主力で、キャプテンも任されてました。先輩たちの思いとか、先生方の思いを考えながら、去年以上の成績を出さなきゃ、私が皆を引っ張らなきゃって……どんどん追い詰められていきました。そんな時に新人戦で一回戦負けしたんです。相手は、たいして強くない学校でした」
覚えている。
当時の音羽達女子バスケ部はかなり期待されていた。ベスト4、いや、優勝もあるのではないかと噂されていた。
「それで、どうすればいいか分からなくなっちゃって、私逃げ出したんです。チームメイトの顔を、ため息をつく大人たちを、期待の色が消えていく皆の目を見るのが嫌だったんです。そんな時でした。私が神田先輩出会ったのは」
こ、ここで神田!?
ちょっと待て、何か嫌な予感がするぞ……。
「誰もいないと思って泣いていると、タオルが差し出されたんです。タオルを差し出したのが神田先輩でした。『なにかあった?』神田先輩は優しい声でそう問いかけてきました。その時の私はもう限界で、全く知らない人の神田先輩に感情をぶつけてしまいました」
想像できるぞ。あの神田のことだ、相当にイケメンかつ爽やかな顔でタオルを差し出したに違いない。
「神田先輩は、そんな私の言葉を黙って聞いてくれて、それから『そっか。お疲れ様』と笑顔で言ってくれました。そして……
『これから俺が試合するんだ。見に来てくれよ。君はもしかするとバスケを止めてしまうかもしれない。でも、俺は君にバスケを好きでいて欲しい。バスケと聞いて嫌な思い出だけじゃなくて、良い思い出も思い浮かぶようになって欲しいから、見に来てくれ。必ず、君がバスケを好きだって言えるようなプレーをする』
そう言ってくれました」
ひ、ひえええええ!!
イ、イケメン! かっこよすぎる!!
「そ、それで、神田先輩の試合を見に行って、感動しました。勿論、プレーが上手かったっていうのはあるんですけど、それ以上に、こんなに楽しそうにバスケするんだって思いました。そんな神田先輩の姿を見ている内に、もう一度バスケを頑張って見たくなったんです。だから、本当はバスケは楽しむものなんだってことを思い出させてくれた神田先輩に私は心から感謝しているんです」
音羽は少し恥ずかしそうに、でもこれ以上ないほど嬉しそうにそう語った。
「好きじゃん!!」
気付けば俺はそう叫んでいた。
「は!? な、何言ってるんですか!」
「それはもう好きだろうが! 恋してるんじゃねーか!! 神田に!!」
「そ、そんなこと……ないですよ……」
赤面! 恥ずかしそうに視線を逸らす、言葉尻が弱まる!
はい、確定演出三連コンボ!
「ちくしょう! 勘違いかよ!!」
黒井の予言通り、俺の恋は俺の勘違いだったのだ。その事実に思わず顔を赤らめる。
顔を赤らめる男女が中庭で二人きり。本当なら、俺と音羽が恋仲になってるはずなのに……!!
「はあ……。もう早く告白しろよ」
思わず俺がそう呟くと、音羽は表情を暗くした。
「ダメですよ。私じゃ、神田先輩とつりあいません」
音羽は寂しげにそう呟いた。
「どういうことだよ」
俺から見れば、神田はイケメン、音羽は美少女。十分つりあっているように見える。
「私は、神田先輩に救ってもらったんです。だから、そんな神田先輩とこの高校で再会した時は本当に嬉しかったんです。中学時代の神田先輩の活躍は知ってたから、もう一度神田先輩のプレーが見れると思って男子バスケ部のマネージャーになりました。でも、そこに神田先輩の姿はありませんでした」
そうか……。神田は中学の全国大会で怪我をして、イップスになったから……。
「私、神田先輩に聞きました。どうしてバスケをしていないのかって、その返事を聞いて愕然としちゃいました。それと同時に、恩返しをするのは今だって思ったんです。私は神田先輩のおかげでバスケをまたやろうって思えた。なら、今度は私が神田先輩を支えるんだって、そう思ってました……。でも、最近思うんです。私のしてることはただの自己満足で迷惑なのかなって……現に、この間も折角作ってきたお弁当をあんまり食べてもらえませんでしたしね……」
ギクッ。
音羽の何気ない言葉に胸が痛くなる。
すまん、お弁当を神田があまり食べなかった原因は俺だ……。
「だから、私じゃ神田先輩の支えにはなれないんです……」
今にも泣きそうな顔で無理に笑う音羽。
その姿を見て、いてもたってもいられなくなった。
「好きだ!!」
「……え? せん……ぱい……?」
「俺は、バスケも上手くないし、イケメンでもない! でも、音羽が好きだ! お前には笑顔でいて欲しい! だから、だから……見ていてくれ」
音羽の目を見て、俺はそう告げた。
「ど、どういうことですか?」
「球技大会。そこで俺は活躍する。神田に負けない大活躍をする。だから、そこで見て決めてくれ。俺か、神田か」
「で、でも神田先輩はバスケをやめて……」
「連れてくる。必ず、神田をコートに連れてくる。そして、あいつの思いも音羽に必ず聞かせる。だから、俺か神田かそこで選んでくれ」
音羽は神田が好きかもしれない。でも、俺だって音羽が好きだ。なら、音羽に選ばせる。平等な条件下でどっちがいいか決めてもらう。
そして、音羽に笑顔でいてもらうためにも神田には復活してもらう。
それが俺に出来ることだと思うから。
そうと決まれば善は急げだ。
手元のお弁当を一気に食べて、音羽に空になった弁当箱を渡す。
「ごちそうさま! それじゃ、俺行くわ!」
「あ、先輩!」
ベンチから立ち上がり、中庭から出る。
だが、中庭を出て直ぐに音羽のもとに戻る。
「言い忘れてた! 神田は音羽の弁当を上手いって笑顔で食ってた。それが何だって思うかもしれないけど、少なくとも音羽の弁当は神田の食生活を支えたし、あいつの笑顔を作るくらいには役に立ってたぞ! 絶対に!! ま、それは俺もだけどな!」
それだけ言い残して、中庭を飛び出す。
神田をコートに戻すために役に立つやつ……それは、あいつしかいない!!
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