第12話 脅迫

 音羽に決意表明をした日の放課後。俺は家への帰り道を急いでいた。

 理由は一つ。近所にある公園でバスケの練習をするためだ。

 球技大会まではあと一か月程度。もう時間が少ない。少しでも練習しておかなくては、球技大会で活躍は出来ない。


「おう、佐々木。そんなに急いでどうしたんだ?」


 下駄箱で上履きから下履きへと変えているところで、神田から声をかけられる。


「よっ。ちょっと、バスケの練習をしようと思ってな」


「バスケ? 佐々木ってバスケ部じゃなかったよな?」


「まあ、ちょっと事情があってな。球技大会で活躍するために練習しときたいんだよ。あ! そうだ! 神田って中学時代バスケ部だったんだよな? バスケ教えてくれよ」


 噂だと神田は中学時代はかなりバスケが上手かったと聞く。

 折角、そんな奴が友人にいるならアドバイスの一つや二つをもらいところだ。


 そう思ったのだが、俺の言葉を聞いた神田の表情は非常に険しいものになっていた。


「……悪いな。バスケとは離れたいんだ。じゃあな」


 神田は絞り出すようにそう言うと俺に背を向けて歩いて行った。


 そういや、神田って怪我でバスケやめたんだっけか?

 だとすると、ちょっとデリカシーの無い言葉だったな……。次からは神田の前でバスケの話題は止めとくか。

 教えてくれる人がいなくなったことは残念だが、仕方ない。まあ、俺はこれでも元バスケ部!

 一人でも上手くなれるに違いない!



***



 ダムダム。


 日が沈みゆく夕方。公園にあるバスケットゴール前でボールが跳ねる音が鳴り響く。


「……甘いぜ」


 そう呟くと同時に俺の動きが急激に加速する。

 身体を鎮め、相手の左側から抜き去る。


『は、早い!』

『くっ! 俺がフォローする!』


 フォローに一人回って来る。


「股が空いてるぜ!」


 股ぬきドリブルを決め、そのままゴール前へ突っ込む。


『させるかああああ!!』


 二メートルを超えるであろう巨漢が俺のシュートをブロックしに来る。

 だが、甘い。


「ふっ!」


『なっ!? ダブルクラッチだと!?』


『ピーッ!!』


 試合終了を告げるブザー音が鳴り響く。

 だが、既に俺の手からボールは放たれている。


 ボールの行方など見るまでもない。勝負は着いた。


「俺の、いや、俺たちの勝ちだ」


 夕日をバックに決め台詞を告げる。

 その直後、ガッという音が響き、リングの淵に当たったボールがデタラメな方向に転がっていく。



「あーあ。また失敗しちまったかぁ。イメージだと決まってるんだけど、現実だと簡単には上手く行かねえな」


 そんな言葉を呟きながら、転がっているボールを拾う。

 周りには誰もいない。さっきからここにいるのは俺だけである。

 一人でバスケしてる時に、試合の状況をイメージすることってよくあるよね。え、無い?


「あと一回くらいダブルクラッチ練習しとくかー。これ決まったらかっこいいしな」


 そう思い、振り向いた時だった。


「……っ! ……っっ!!!」


 そこには、お腹を抱えて地面を叩く黒井雪穂の姿があった。


「く、黒井!? 何故お前がここに!?」


「……はあっ! 笑いすぎて腹ねじ切れるかと思った……。いやー、邪魔して悪いな天才バスケットプレイヤー」


 ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら黒井雪穂が俺の方に歩み寄って来る。


 ま、まさかさっきのプレーを見られていたのか!?


「いやー、いいもん見れた」


 俺に背を向けて帰ろうとする黒井の肩を掴む。

 ここでこいつを返してはならない。俺の直感がそう告げている。


「待ってくれ」


「何だよ?」


「何か、見たか?」


 すると、黒井はポケットからスマホを取り出し、俺にその画面を向ける。


『俺の、いや、俺たちの勝ちだ』


 そこにはきめ顔でそう言う俺の姿と、ゴールから外れて転々と転がるボールがあった。


「ごちそうさま」


 そして、黒井はニヤァという音が聞こえそうなほど嫌らしい笑みを俺に見せつけてきた。


 こ、こいつ……!

 まさか動画まで取っていたなんて……こうなった以上、仕方ない!


「消してくださいお願いします」


 その場で飛び上がり、華麗にジャンピング土下座を決める。

 ただでさえ黒井には弱みを握られているというのに、これ以上弱みを握られてしまっては、俺は黒井の奴隷にされかねない。


「どうしよっかなぁ?」


「黒井さん、いや、黒井様お願いします!」


「うーん。まあ、そうだな。私の言うことを何でも一つだけ聞くなら消してやってもいいぜ?」


 な、何でも……。

 恐ろしい響きだ。黒井にそんな権利を与えてはとんでもない願いを言われそうだ。

 だが、今回の動画を消してもらわなければ結果としてこの動画で何度も脅されてお願いを何個も聞く羽目になるのではないか……?

 そうだ!

 これは黒井の巧妙な罠!

 危ねえ。あと少しで俺は選択肢を間違えるところだった。


「分かった。黒井の願いを何でも一つ聞けばいいんだな?」


「よし。交渉成立だな。でも、今はまだお願い事が思いつかないから保留で。それまではこの動画も残させてもらうわ」


 ば、バカな!?

 選択肢はフェイク!

 選択肢を敢えて絞り、俺の思考をそちらに集中させることこそが黒井の真の狙い!!


「くっ。見事な策だ……」


「はあ? 何言ってんだ? それじゃ、私は帰るからな」


 膝をつく俺を一瞥すると黒井は背を向けてスタスタと歩き去っていく。

 敗北者。

 その言葉が今の俺にピッタリだった。


 俺の、いや、俺たちの負けだ。




***



 翌日、またダムダムと公園でバスケットボールをついていると、黒井が俺の下にやって来た。


「まさかと思ってきてみたら、今日もやってたのか。まあ、丁度いい。お前、今週の土曜か日曜空いてる?」


 いつもの様に少し大きめのパーカーを着て、フードを被ったオフモードの黒井は、俺の下に来るや否やそう聞いて来た。


「土曜と日曜? それなら、ここでバスケの練習をするくらいかなぁ」


「つまり、暇ってことだな。よし、日曜に遊び行くぞ」


 ニチヨウ二アソビイク……?

 それって、もしかして……。


「デートか? まさか、お前の俺に対するお願いってデートだったのか!?」


「調子乗んな」


 俺の言葉を聞いた黒井が俺を睨みつけ、低い声でそう言った。


 あ、勘違いだわこれ。


「じゃあ、何で?」


「はぁ……。前に、お前とスマブラしたときにお前に負けたらデートしてやるって言っただろ。自分の言ったことくらいには責任持つ」


 黒井は恥ずかしそうに視線を逸らしながらそう呟いた。


「お、おい。何で黙ってんだ。何か言えよ」


 思わず言葉を失って固まっていると、黒井に睨みつけられる。


「あ、いや、悪い。何て言うか、少し驚いた」


「ふん。まあ、そういう訳だから日曜に遊び行くぞ」


 まさかあの黒井雪穂にデートのお誘いを受けるなんて、去年の俺が聞いたら発狂して喜ぶこと間違いなしだろう。

 俺自身、こんなにも可愛い黒井とデート出来たら楽しいだろうな、と思う。

 だが……。


「悪い。デートなら断らせてもらう」


 黒井には悪いが、断らざるを得ない。


「ふーん。私が自分からお前をデートに誘うなんてこと、これから先絶対無いぞ。それでもいいのかよ?」


 ほんの少し、いつもよりほんの少しだけ不機嫌そうに黒井がそう言った。


「そうだろうな。でも、すまん。今、好きな人がいるんだ。だから、そいつに告白するまではあんまり他の女の子とデートとかは……ちょっとな。折角誘ってくれたのに、すまん」


 そう言って黒井に頭を下げる。

 別に好きな人がいる中で別の女の子とデートに行ってもいいとは思う。ただ、俺はその辺が苦手なだけだ。


「あっそ。相変わらずバカだな。まあいいよ。私としては寧ろお前とデートの約束が無くなってラッキーって感じだ。どうせ今回もお前の勘違いだろうけど、精々その子を落とせるように頑張ればいい」


 そう言うと、黒井はため息を一つついて俺に背を向ける。


「黒井!」


 俺の言葉を聞いた黒井が首だけこっちに向ける。


「あー、その、何だ。俺は土日もここでバスケしてるからよ。お前が暇だったら勝手に来いよ。たまたま会うくらいなら、ギリギリセーフ? だと思う」


 もしかすると、黒井は俺とのデートのために土日をわざわざ空けてくれていたのかもしれない。

 だとすると、黒井の予定を変えてしまったことに少しだけ申し訳なさを感じてしまう。


 俺の言葉を聞いた黒井は、キョトンとした表情を浮かべた後、声を上げた笑った。


「バーカ。変な気遣わなくていいんだよ。まあ、考えとくわ。後、金曜の集まりもお前が忙しいなら無理に来なくていいぞ。後悔の無いように、ちゃんと恋しろよ」


 そう言うと、黒井は手を振ってその場から立ち去っていった。


 ……はっ!

 くっ! 一瞬、黒井の言葉にカッコイイと思ってしまった!

 これが、イケメン力! 俺も、いつかあんなセリフを言ってみたい……っ!

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