音羽結衣編
第9話 新たなる恋の予感
俺が宮本さんにフラれた日から早くも一か月が経過した。
この一か月間、最初の方はイチャイチャする宮本さんと優斗に嫉妬する日々だったが、その嫉妬心もいずれ収まり、俺は新たな恋に進もうとし始めていた。
「せーんぱい! こんにちは!」
「お、音羽! 今日も可愛いな!」
昼休み、中庭にある木陰で弁当を食べていると中学時代からの後輩である音羽が愛想のいい笑顔を浮かべて俺の下にやって来た。
「褒めてくれてありがとうございまーす。ところで、今日は神田先輩はいないんですか?」
「ん? 読んだか?」
「か、神田先輩!」
音羽に呼ばれて、神田が顔を出す。
神田は高校一年時の頃、俺と同じクラスで今でもこうして昼休みにちょくちょく一緒にご飯を食べるくらいには仲が良い友人だ。
帰宅部に所属しているイケメンで、中学時代にはそれなりに名を馳せたバスケプレイヤーだったらしい。
だが、怪我だか何だかでバスケはやめたのだとか……。
「お、音羽じゃん。どうしたんだ?」
「あ、いや、その……じ、実は今日お弁当作って来たんですよ! それで、良かったら先輩方に味見して欲しいなーって思ったんですけど……」
そう言いながら音羽がおずおずと弁当を差し出してきた。
手作り弁当を作ってくるだと……!?
まさか、音羽の奴……。
「音羽って、神田のこと好きなのか?」
「なっ! 何言ってるんですか! そ、そんなんじゃありませんよ! これは、その折角出来が良かったから誰かに食べて欲しくて……それで、丁度良く先輩たちがここにいたからです! たまたまですから!」
顔を真っ赤にして手をブンブンと振る音羽。
その姿を見て、俺はピンと来ていた。
なるほど。やはりそうか。
いや、前から思っていたのだ。音羽とは中学時代からの付き合いだが、高校で再会してから、音羽はよく俺に話しかけるようになった。
そして、今日わざわざ弁当を作ってきた。
嫌いな相手に弁当を作るだろうか? 否、断じて否である!
更に、音羽はたった今神田が好きではないと言った。
つまり! 音羽が好きな人は俺! Q.E.D.(証明完了)!!
「佐々木……顔がキモいぞ」
ニヤニヤしていると神田から突っ込まれる。
「すまんな、神田。俺ばかりモテてしまって」
「とりあえず、ムカついて仕方ないからその顔やめてくれ」
俺と神田が話していると、音羽が心配そうにこちらを覗き込んでくる。
「あ、あの……それで、食べてもらえますか?」
「勿論だ!! な、神田!」
「ああ、そうだな。俺も最近はパンばかりだったから、貰えると嬉しい」
「ほ、本当ですか! なら、是非食べてみてください!」
そう言うと、音羽が神田の方に弁当を差し出す。
なるほど。俺に手渡しして気持ちがバレることが嫌だから神田に渡したわけか。
いいだろう。ならば、俺は最後のシメとしてバシッと弁当の感想を言おうじゃないか。
「じゃあ、いただきます」
そう言うと、神田は弁当の蓋を開ける。
お弁当の中には、定番のおかずである唐揚げ、卵焼き、ポテトサラダなどが入っていた。
「おお。美味いな」
唐揚げを一つ口に放り込んだ神田がそう呟く。
「本当ですか!?」
「ああ。俺は滅茶苦茶好みの味だな。何なら、これから毎日昼飯で作って欲しいくらいだ」
笑いながら、冗談っぽく神田がそう言うと、音羽が恥ずかしそうに顔を赤くする。
むっ! これは不味い。神田はかなりのイケメンだ。
イケメンスマイルを前にして、音羽の気持ちが神田の方にいってしまう可能性が0とは言い切れない。
早く俺も感想を言わなくては。
「俺も食べたい! 俺にもくれ!」
「おう。悪い悪い。ほら、食べてみろよ」
神田から弁当と箸を受け取り、卵焼きを一切れつまみ口に入れる。
「う、美味い! 甘味が口いっぱいに広がる……これは砂糖か! 更に、綺麗な黄色が弁当に彩を添えている! 視覚、味覚の二つで楽しめる一品……いや、それだけじゃない! このふわっとした食感! これは、視覚、味覚、触覚の五感の内の三つを余すところなく楽しめる見事な一品、否! 逸品と呼ぶに相応しい!!」
我ながら完璧な褒め言葉だ。
これにはきっと、音羽も俺に惚れ直したに違いな――。
「はあ……。相変わらず大袈裟ですね」
あれぇ?
何で呆れられてるんだ……?
「はっはっは! 相変わらず、お前は面白い奴だよ。そんなに美味いなら、俺も卵焼き食べてみるか」
笑いながら、神田が卵焼きを口に入れる。
そして、笑顔を音羽に向けた。
「美味い! 俺もこの卵焼き好きだな。凄いな、音羽」
「あ、は、はい。喜んでくれたなら、良かったです」
神田のイケメンスマイルにまたしても、音羽が恥ずかしそうに眼を逸らす。
え……?
これ、もしかして音羽の好きな人俺じゃない……?
「やっぱり、音羽って神田のことが好きなんじゃ……」
「な、何言ってるんですか! そ、そういうのじゃないですって!」
音羽が全力で否定する。
となると、やっぱり俺のことが好き……だよなぁ。
その後、神田と二人で弁当を分け合って食べた。
弁当は美味しくて、食べ終わった後には、音羽が明日も作ってきますねと笑顔で言った。
明日も弁当が後輩美少女の美味しいお弁当が食べられる!
何て素晴らしいんだ!
そう思いながら、昼からの授業を受け、そして終礼を迎える。
久しぶりに部活に顔を出すかなと思い、中庭を通った時だった。
「何がダメなんだ!? 顔、金、力! 僕は全てを持っている! 君は将来の金沢カンパニー、略してKCの社長のお嫁さんになれるんだぞ!?」
「で、ですから、私はそういったことには興味が無いと言っているではありませんか」
「ならば、何が欲しいんだ!? 君が望むなら、僕は何だって君に捧げよう!」
そこには、三年生の有名な先輩である金沢先輩と、金沢先輩に詰め寄られている黒井雪穂の姿があった。
黒井雪穂は壁ドンされて、端の方に追い込まれており、逃げ場を無くして困っているようだった。
可哀そうに。
黒井雪穂という女に騙され、勘違いしてしまった男がまた一人。いや、だがこの場合は黒井雪穂の方が追い詰められているのか?
まあ、しつこく告白する金沢先輩の気持ちも分らないでもない。黒井雪穂は百人いれば百人が振り返るほどの美少女、おまけに、性格は誰にでも優しい聖女のような女の子だ。外面は。
「そ、そういうことではありません。私は、本当に誰とも付き合う気がないんです」
「だが! 君もいつかは誰かと付き合い、結婚するのだろう!? ならば、僕と結婚するべきだ! この世に僕より優れたオスなどいない!!」
にしても、あの金沢先輩は凄いな。
相当な自信が無きゃ、あんなセリフ言えないぞ。
まあ、黒井には悪いが人の告白を邪魔する趣味は無い。ここは、大人しく立ち去るとしよう。
「あっ! 佐々木君!」
そう思い、中庭を横切ろうとした時、黒井に声をかけられた。
「すいません。私、佐々木君にこの後話があるって呼ばれてたんです。とにかく、私は先輩とは付き合いませんので、それでは」
「あ!」
黒井が金沢先輩を躱し俺の下に駆け寄って来る。
「佐々木君、お待たせしてしまって申し訳ありません。それでは、行きましょうか」
「いや、お前何言って――」
その時、気付いた。
表情はニコニコと笑顔だが、黒井の目が一つも笑っていないことに。
『ど う が ば ら ま く ぞ』
口パクで黒井は確かにそう言っていた。
「ひ、ひいっ」
こ、こいつ、逃げるための口実に俺を使ってきやがった!
金沢先輩の方にチラリと目を向けると、金沢先輩は怪訝な表情で俺を睨みつけていた。
うわっ! 絶対、変な誤解されてるよ。面倒くせぇ……。
だが、黒井に逆らう訳にも行かない。それに、なんだかんだいっても黒井には傘を買ってもらった恩もある。
「仕方ない。さっさと立ち去ろう」
「はい」
俺を刺し殺しそうな勢いの金沢先輩の視線から逃げるように、俺と黒井はその場から離れた。
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