第8話 うすしおVSのり塩

「おっす」


「やっと来たか。誰にも尾けられてないよな?」


「まあな」


 黒井の家に着き、案内された部屋に行くと既にそこにはゲームが起動されていた。


「お前を待っている間、ネット対戦してたんだけどよ、ネット廃人にボコボコにされててイラついてたんだ。やるぞ。座れ」


 そう言うと、黒井は雑に俺にコントローラを投げる。


 ……え? これ、まじでこいつゲームするために俺を読んだの?

 フラれた俺を慰めるとかじゃなくて……?


「何、ボーッと突っ立ってんだ。早くやるぞ」


「あ、ああ」


 黒井の言葉に返事を返し、スマ〇ラを始める。


「はい! ざーこ! ざーこ!! あははは!!」


「くそがあああ!!」


 スマ〇ラを始めて十数分後、連敗に連敗を重ねた俺の叫び声と、気分良さそうな黒井の笑い声が響く。


「佐々木君は弱すぎて相手になりませんねー。ふふふ。あ、次私に勝ったらこの可愛い私とデートに行く権利でもあげましょうか?」


 悔しがる俺に対して、急に清楚な雰囲気を身に纏った黒井が微笑みながらそう言ってくる。


「え……? そ、それって、まさか俺とデートに行きたいって……ことか?」


「なわけねーだろ。てめえには絶対に負けないって遠回しに言ってんだよ」


「くそったれが!! 絶対負かしたらああああ!!」


 ああ! 恥ずかしい恥ずかしい!

 黒井雪穂に勘違いしてはならないと高校一年生の頃に散々学んだのに、また俺は手のひらの上で転がされかけてしまった!

 くそっ! これは、宮本さんにフラれて心が弱っていたせいだ……! 普段の鉄のメンタルを持つ俺なら、絶対に勘違いしてない!


 そして、プライドを傷つけられた俺の誇りを取り戻すための戦いが始まった。


「……なっ!? ちょっと待て、ここでそのアイテム引くのはズルいだろ!」


「ひゃははっ! 黒井ィ!! 一緒に地獄に落ちようぜぇえええ!!」


「おまっ! ちょっ! やめてえええええ!!」


 互いに二機ずつ持った状態でのアイテムありの戦い。

 驚異的なアイテム運を発揮して、先に黒井の残機を一つ減らした俺は、最後は黒井の使用するキャラを掴んだまま場外へと共に飛んでいく道ずれ戦法で勝利を収めた。


「ははははっ! 勝った! 勝ったぞおおお!」


 子供の様に、拳を天にかざして喜ぶ。


 いや、まじで純粋に嬉しい。

 これまでずっと負けっぱなしだった分、その喜びも一入ひとしおである。


「く、くそっ……!」


 俺のすぐ横では、悔しそうに唇を噛み締める黒井の姿があった。


 いやー、愉快愉快。高校一年時からずっと黒井には手のひらの上で転がされてきたからな。

 おっと。勝手にお前が一人で勘違いして、転がってただけだろ、という意見は無視させてもらおう。


「はぁ……。まあ、いいか。漸くお前も元気が出たみたいだしな」


 そう言いながら黒井は無邪気な笑みを俺に向ける。


 こ、こいつ……。

 やっぱり、本当は俺を元気づけるために……。

 愚痴は言うし、口は悪いし、見た目は可愛くて俺の心を惑わしてくる悪女だが……黒井雪穂は本当はいい女なのかもしれない。


「ありがとな」


「ん? 何か言ったか?」


「ありがとうって言ったんだよ。あの日、屋上での出会いをお前は後悔してるかも知れないけど、俺は今、あの日屋上に行って良かったと思ってる」


 自然と笑みがこぼれる。

 俺の笑顔を見た黒井は、何も言わずに顔を逸らした。


 え……無視?


「そ、そういや、ポテチとコーラ買ってきたんだよな!?」


「あ、そういえばそうだったな」


「よ、よし! ちょっとゲームするのも疲れたし、ポテチ食いながらコーラ飲もうぜ!」


 そう言いながら黒井は立ち上がり、俺が持ってきたポテチとコーラを取りに行く。

 一瞬だけ見えた横顔は、窓から差し込む夕日のせいか、ほんの少し赤く染まっていた。



「てめえ! ふざけんな! これ、のり塩じゃねーか!」


 暫くしてから、ポテチのり塩味を掲げながら黒井が怒号を上げる。

 

「別にいいだろ。ポテチのり塩味ってのはな、海の代表であるのりと、荒野の代表であるジャガイモの夢のコラボなんだよ」


「知らねーよ! のり塩食ったら歯にのりがつくだろうが! そういうとこに気が付かねえからフラれるんだよ!」


「なっ……! てめえ、俺を元気づけるためにスマ〇ラ誘ったんじゃないのかよ! 何で俺の傷をえぐって来てんだ!」


「うるせえ! そんなん知るか! さっさとうすしお味買ってこい!」


「嫌に決まってんだろ」


「へえ……。私にたてつく気か? 動画ばら撒くぞ」


「な……っ! お前、それは卑怯だろ! だったら、俺もお前の秘密ばらすぞ!」


「て、てめえ!」


 互いに睨み合い、火花を散らす。

 そして、どちらから言い出すわけでもなく、互いにゲームコントローラーを手に取った。


「アイテムあり、残機は二の一本勝負だ。いいな?」


「ああ。俺が買ったら、お前がうすしお味を買いに行けよ」


 黒井の提案に頷く。

 そして、うすしお味をどちらが買いに行くかを賭けた戦いが幕を開けた。



***



「ちくしょおおお!!」


「あはははは!! はい、お前の負けー!」


 敗北した俺は、黒井の笑い声を背中に受けながらコンビニに向かった。


 くそっ! やっぱりあの女、碌でもねえ!

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