第7話 恋の行方

 翌日。

 異変は起きた。


「ゴホッゴホッ……。次郎……おはよ……」


 案の定、優斗は風邪を引いた。


「いや、お前流石に休めよ!」


「ゴホッ……。ダメだよ……。テスト、受けないと……」


「再試受ければいいだろ」


「次郎……うちの学校の再試は、テストの順位に反映されない。それじゃ、意味が無いんだ」


 優斗の言う通り、うちの学校ではカンニング防止のために風邪などで再試を受ける際は、テストの内容が変わる。

 そのため、テストの順位には再試の点数は反映されない。


「だとしても、身体の方が大事だろう。こんなこと言うのはどうかと思うんだけどよ、お前は十分に頭いいし、優しいよ。このテストにそんなに必死にならなくてもいいんじゃないか?」


 俺はこれまでの成績を見ても、賢いとは言えないからこのテストに必死になる必要があった。

 でも、優斗はそうじゃない。常に学年十位以内に入るだけの頭を持つ優斗なら、何も焦る必要なんて……。


「違うんだよ、次郎……ゴホッ。僕は、僕は君に勝ちたいんだ」


 優斗はせき込みながらそう言った。


「僕は、意気地なしだ。君が朱莉ちゃんに告白するその時まで、朱莉ちゃんは誰とも付き合わないなんて思ってた。でも、そうじゃないんだ。君に言われて、漸く僕は朱莉ちゃんに告白しようと思った。だから、だから僕は君に勝ちたいんだ。このテストで正々堂々と君に勝って、僕は朱莉ちゃんに告白――ゴホッゴホッ!!」


「大丈夫か!?」


「だ、大丈夫……そういう訳だから、止めないで……ゴホッ」


 そう言うと優斗はフラフラしながら席に着いた。


 友達としてはきっと、優斗を止める方が正しい。

 でも、俺には無理だった。

 もし、俺が優斗の立場なら止めて欲しいと思わない。周りからバカだと罵られようとも、優斗がもう覚悟を決めている。


「優斗。負けないからな」


 俺に出来ることは、ただ全力を尽くすことだけだ。


 自分の席に向かう時、宮本さんの姿が目に入る。宮本さんは、心配そうにある一点を見つめていた。


 ……ああ。

 やっぱり、そうだったんだな……。いや、それでも俺は……。


 そして、テスト二日目は終わった。

 優斗は体調が悪い中、驚異的な集中力でテストを最後までやり切った。

 そして、最後のテスト終了と同時に気を失い、保健室に運ばれた。



***



 テストが終わってから三日後。

 一昨日、昨日、今日と、優斗は体調を崩しており、学校を休んでいた。

 そして、今日、遂に試験の結果が発表される。

 うちの学校は試験結果を出来るだけ早く出すようにしているらしく、テスト三日後の今日、学年上位三十名の名前が張り出されることになっていた。

 廊下に張り出される結果を見るために、廊下に出る。


 一位 黒井雪穂。


 見慣れた名前がそこにあった。


 俺に勉強を教えながら、一位かよ……。あいつ、化け物だな。


 そんなことを考えながら、上から順に順位を見ていく。

 

 三十位 佐々木次郎。


 上位三十人の一番最後、そこに俺の名前はあった。


 ……そうか。

 

 テストの結果を見た俺は、静かに教室に戻り、宮本さんが座る席へと向かう。


「宮本さん。今日の放課後、時間ある?」


「……ある」


 宮本さんは少しだけ迷うような素振りを見せた後、小さく頷いた。



***



 放課後の屋上。そこに俺と宮本さんがいた。


「宮本さん。俺は、君が好きだ」


「……佐々木、その――」


「でも、俺に負けないくらい君が好きなバカがいるんだよ」


 宮本さんの言葉を遮り、俺は話を続ける。


「そいつは、お人よしだから、明日は大事なテストだって言うのに、傘が無くて困ってる人に傘を貸してびしょ濡れで家に帰ってた。そして、そのせいで風邪を引いた。でも、そいつは宮本さんが大好きだから、宮本さんの好きな賢い人になるために体調が悪い中、試験を受けて、そして、学年二位の座を掴み取った」


「そ、それって……」


「そいつは、多分今頃家で悶々としながら過ごしてる。もし、宮本さんがそいつのことを、秀山優斗のことを好きなら、そいつの家に行ってやってくれねえか?」


 精一杯の笑顔を作って、俺はそう言った。


 流石に、もう気付いていた。

 宮本さんと優斗が実は両思いだってことに。


 失恋は辛い。悲しい。

 それが例え勘違いから始まった恋だとしても、本気で好きになったんだから、涙が出そうになっても仕方ない。

 でも、今だけは、宮本さんが迷わずに優斗のもとに行けるように、宮本さんが優斗と迷わず付き合えるように、平気なフリをするべきだ。


「……佐々木。ごめん。私、好きな人がいるから、行くね。それと、ありがとう」


 そう言うと宮本さんは俺に頭を一度下げてから、屋上から走り去っていった。

 宮本さんが階段を降りる音が完全に聞こえなくなってから、俺は屋上のドアの横にある壁に身体を預け、地べたに座り込む。


「はぁぁ……。しんど……」


 何度味わっても、失恋の辛さだけは慣れない。


 何がダメだったのかなぁ……。


 そんなことを考えながら、徐々に赤く染まっていく空を眺めため息をついていると、すぐ横の扉がギィっと音を立てて開く。


「お前さ、バカだろ」


 扉から出てきたのは、学年一の美少女である黒井雪穂だった。


「……聞いてたのかよ」


「たまたま、な」


 そこまで言って、黒井雪穂は黙る。


 珍しいな。こいつなら、ケラケラと声を上げて笑い出しそうなものなのに。


「おい。スマ〇ラすんぞ。三十分後にいつものアパート集合な」


「は、はあ? 急に何言ってるんだよ。俺はこれでも、失恋したばっかでナイーブになってんだぞ」


「うるせえ。動画ばら撒くぞ」


「り、理不尽すぎる……」


「いいから来いよ」


 それだけ言い残すと黒井は屋上から出て行った。


 えー……。あいつ、滅茶苦茶すぎないか……?

 てか、あいつ、自分でテストが終わったら関係は切るって言ってなかったっけ……。

 まあ、いいか。

 寧ろ丁度良かった。多分、今一人でずっといるよりかはあいつとスマ〇ラしてる方がずっと気が紛れるし、次に向けて切り替えられる気がする。


 そう思い、立ち上がろうとした時スマホがピロンと通知音を鳴らす。

 誰だろうと思いつつ、スマホを開くと、そこには優斗からのメッセージが来ていた。


『ありがとう』


 その五文字を見た瞬間、胸の奥に何かがこみ上げて来て、涙が出そうになる。


「……バーカ。俺は何もしてねーよ」


 そう呟いたタイミングで、もう一度スマホがピロンと音を鳴らす。

 また優斗か? と思いつつスマホを見る。


『来る時ポテチとコーラ買ってきて。てか、のど渇いたからダッシュで来い』


 それは黒井からのメッセージだった。

 折角、しみじみとエモい雰囲気を醸し出していたのに全て台無しである。

 

『のり塩買っていくわ』


 せめて、少しばかりの反抗として俺の好きなポテチを買っていかせてもらおう。

 そう思い、メッセージを送ると直ぐにまたピロンと通知が鳴る。


『は? うすしおに決まってんだろ。うすしおこそが原点にして頂点なんだよ』


 スマホを静かにしまい、屋上を後にする。

 ピロン、ピロンとスマホが鳴らす通知音に急かされるように、カバンを持って黒井が待つアパートに向かって走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る