第6話 雨の中の邂逅

 初日のテストが終わった。

 出来は上々。紛れもなく、今までで一番良く出来た。


「次郎。テスト、どうだった?」


「おう! ばっちりだったぜ! 優斗の方はどうだった?」


「僕も今回は自信があるよ! 明日も頑張ろうね!」


 優斗は笑顔でそう言った。

 そのまま、二人で帰り道を歩く。恋のライバルとはいえ、普段は友人である。帰り道くらいは、仲良くしたって問題ない。


 暫くすると、ぽつぽつと雨が降り出してきた。


「げっ! 雨かよ……」


「あれ? 次郎は傘忘れたの? 今日の午後からの天気予報雨だったよ?」


 そう言う優斗の手には折り畳み傘があった。


「まじかよ……」


「うーん。少し狭いけど、一緒に入る?」


 優しい優斗らしい提案だった。

 だが、優斗の折り畳み傘は丁度人一人分が精一杯の大きさだった。


「いや、いいよ。俺は走って帰る。明日はテストだからな。優斗が俺のせいで身体冷やして、実力を発揮できないのは申し訳ない」


「いや、それを言うなら次郎だって……」


「じゃあな! また明日!!」


 優斗がごちゃごちゃ言い出す前に走り出す。

 俺が傘を忘れたのは、俺の自己責任。まあ、雨も弱いし、走って帰ればなんとかなるだろ!

 そう思っていたのだが――。


「どうしよう……この雨」


 俺の目の前には土砂降りの雨の光景が広がっていた。

 あの後、コンビニで傘を買おうと思った俺は、コンビニに入り傘を手に取った。しかし、そこで財布を今日に限って家に忘れたことに気付き、泣く泣く手ぶらでコンビニを出た。

 そんな俺に追い打ちをかけるように、雨が一気に強まったのだ。


「何してんの?」


 途方に暮れている俺の耳に聞きなれた声が響く。

 声のした方を向くと、そこには、パーカーにジャージ姿でフーセンガムを膨らませて遊ぶ黒井雪穂の姿があった。


「黒井……? お前の方こそ、何してんだよ」


「何してるって、この辺私の家じゃねーか。久々に駄菓子食いたくなったから、わざわざ着替えてコンビニに買いに来たんだよ。そしたら辛気臭い顔した見知った奴がいたからよ、声かけてみただけだ」


 そう言えば、確かにこの辺は黒井の家だったな。

 にしても、駄菓子好きとはな……。

 学校での黒井雪穂を知ってる人からしたら、パーカーのポケットに両手突っ込んでフーセンガムを膨らませる黒井雪穂など想像もできないだろうな。


「ああ、そうか。なら、早く帰れよ」


「……そうだな。まあ、そうさせてもらうわ」


 黒井雪穂はそう言うと、傘を差して、雨が降る道路へと歩き始めた。だが、途中で何かに気付いたのか引き返してきた。


「お前、もしかして傘忘れたのか?」


「……そうだよ」


 それを聞いた黒井雪穂が声を上げて笑い出す。


「あははは! いやー、マジかよ! 今日の午後の降水確率百パーセントだったぞ!? バカすぎる!」


 心底楽しそうに笑う黒井雪穂にイラッとする。

 だが、悔しいことに何も言い返せない。

 暫くして、漸く落ち着いたのか黒井雪穂が顔を上げた。


「で、ここでボーっと外を眺めているところを見る限り、大方傘を買うためのお金が無いってところか」


 ギクッ。

 一発で俺の状況を当てるなんて、こいつはエスパーなのか……?


「しゃーねえな。ちょっと待ってろ」


 そう言うと、黒井はコンビニの中に姿を消した。

 そして、暫くしてからコンビニから出てきた。


「ん」


 黒井が俺にビニール傘を突き出してくる。


「え……? いいのか?」


「風邪ひいたら、明日のテストに支障が出るだろーが。この私がわざわざ協力したんだ。半端な点とられたらムカつくからな」


 そっぽを向きながら黒井はそう言った。

 その頬は僅かに赤くなっている気がした。


「お前、どうした? 熱でもあるのか? キャラに合ってないぞ」


「は、はあ!? くっ。折角、人が珍しく優しくしてやろーと思ったのによ。なら、この傘はいらねーよな」


「あー! すまん!! 頼むから、その傘を貸してください!!」


「ふん。まあ、元々あんたに渡すために買ったしな。使えよ」


 そう言う黒井から傘を受け取る。


「ありがとな。必ず、お金は返すからよ」

 

 人の悪口を言っているところを見た時は、とんでもない奴だと思ったりもしたが、実際、こいつ悪い奴じゃないよな。

 そもそも、人の悪口を言うなんて誰だって一度はやってることだし。


「当たり前だろ。三倍返しな」


 こいつ……っ!!

 やっぱり、碌でもねえぞこの女!


「ま、頑張れよ」


 二ッと笑ってから、黒井雪穂は雨の中帰っていった。


 ……はっ!

 くっ! 悔しいが、あの女の笑顔に一瞬、ときめいてしまった……っ!!

 俺には宮本さんがいるというのに……ちくしょおおおお!!




***



 黒井から傘を貰った後、俺は傘を差して家まで歩いていた。


「ん? あれ……優斗か?」


 その帰り道に、学生鞄を傘代わりにして走っている優斗の姿を見つけた。


「おーい!」


 大声で優斗を呼ぶと、優斗がこちらに気付き、こっちに手を振る。


「こっち来い! 傘入れよー!」


 何故、折り畳み傘を持っていた優斗が傘を差していないのか気になったが、何らかの理由があるのだろう。


 俺の言葉を聞いた優斗は、少しだけ迷った後に、こっちに来た。


「助かったよ次郎。雨が強くなって驚いちゃって……」


 そう言う優斗の身体はびしょ濡れだった。


「傘はどうしたんだ?」


「途中で、傘が無くて困ってる小学生の兄妹がいてさ……。放っておけなくて、傘貸しちゃったんだ」


 ははは……と頭をかきながら優斗が笑う。

 相変わらずお人よしな男だ。


「ところで、次郎の方こそその傘どうしたの?」


「あー」


 黒井雪穂から貰った、そう言おうとしたところで口を閉じる。

 黒井雪穂との関係性を聞かれると、あのことも話すことになる。それは、黒井にとっては不都合だろう。


「途中のコンビニで買ったんだ」


「そうだったんだ。それじゃ、僕は行くね」


「え? おいおい。どうせなら入っていけよ」


「気持ちは嬉しいけど、もう上半身も下半身もビショビショでさ、多分少しでも早く家に帰ってお風呂入った方がいいと思うんだ」


「そうか? なら、また明日だな」


「うん! じゃあね!」


 そう言うと、優斗は雨の中走って帰っていった。


 風邪、引かないといいんだけどな。


 そう思いながら、俺も家に帰った。

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