第4話 黒井雪穂との日常

 黒井雪穂の本性を知った翌日、早速放課後に勉強を教えてくれと言った俺に対して、黒井雪穂はスマホでとある場所の地図を送り付けてきた。

 何だこれ? そう送ると、あいつは、五時以降にそこに来いというメッセージを送ってきた。

 そのことを不審に思いつつ、夕方の五時に送られてきた地図の場所へ向かう。

 向かった先は綺麗なアパートの一室。部屋の番号を間違えてないか確認してから、インターホンを押す。


「はーい。ああ、お前か。で、誰にも尾けられてないだろうな?」


 インターホンを押してから間もなく、部屋の扉が開き、中からジャージ姿の黒井雪穂が現れた。


「ちゃんと周り確認したけど、誰もいなかったよ」


「ん、ならいい。ほら、入れよ」


 口が悪いとはいえ、黒井雪穂は学年一の美少女。

 初めて、女の子の部屋に入るというシチュエーションも相まって、俺は緊張していた。


 もしかすると、甘酸っぱい何かが起きるのではないか?

 いや、でも今の俺の心は宮本さんに……。


「お、お邪魔します」


 そんなことを思いながら、部屋に足を踏み入れる。

 結論から言おう。


 甘酸っぱい空気なんて一切なかった。



「はあ~。最近さ、一個上の先輩がうぜーんだよ。なーにが、俺とデートしてくれたら、忘れられない一日を過ごさせてあげるよ☆、だ。顔が良いからって調子のんなよな。いちいち断るのも怠いから、いい加減にして欲しいぜ」


「あと、あれな。クラスの陰キャたち。私が優しくしてるから勘違いするのは仕方ないんだけどよ、現実とアニメは別物ってあいつらは何時になったら気付くのかね? 現実で、冴えない陰キャと付き合いたい美少女なんていないっつうの」


「女たちも女たちだよ。あからさまに媚びてきやがってよ。私はどのグループにも所属しないっつうの。私使って、勝手に男たちと合コンセッティングしてんじゃねーよ」


 こんな調子で、黒井雪穂は俺が勉強する横でスマホをいじりながらずっと愚痴り続けている。


「いや、そんなことどーでもいいから勉強教えてくれよ。ベクトルの問題なんだけどよ……」


「はあ? そんなもん教科書と答え見ろ。てか、愚痴言ってたらイライラしてきたわ。スマ〇ラしようぜ」


「いい加減にしろ! いいか! お前は俺に脅されてるの! 勉強教えないと秘密バラすって言っただろ!」


「あー、それか。それなんだけどさ、昨日の夜考えたら、普通に学年一の美少女とクラスでも目立たないお前のどっちの言い分を周りは信じるかなって考えたら、余裕で私だったわ。それに、私は動画持ってるし。ぶっちゃけ、お前の脅しはあんまり意味ない」


 ゲーム機を準備しながら黒井雪穂はケラケラ笑いながらそう言った。


 ば、バカな! 俺の脅しが通用しないだと!?

 いや、それでも多少なりともこいつの名誉に傷がつくはずだ……。

 効果が無いとは言い切れないはず。


「それでも、お前を煙たがってる奴らはこれを機にお前を貶めにかかるんじゃないのか?」


 俺の言葉に黒井雪穂が顔を顰める。

 黒井雪穂は人気者だ。だが、目立つということはそれだけ敵も増やすということに他ならない。

 イケメン、ブサイク関係なく、多くの男に好かれ、告白されている黒井雪穂は一部の女子から嫉みを多くかっているはず。

 現状、黒井雪穂に隙が無いからこそ彼女たちは動けずにいるが、黒井雪穂に隙が生じれば、確実に黒井雪穂を攻撃しに行くはずだ。


「へぇ。ただのバカかと思ったが、意外と頭は回るじゃねーか」


 どうやら、俺の予想は図星だったらしい。


「分かったら大人しく俺に勉強を教えてくれ」


「ちっ。しゃーねえな。おら、早く見せろ。さっさと終わらせてスマ〇ラすんぞ」


 あ、スマ〇ラすんのは確定なんだ。



***



 非常に遺憾だが、黒井の教え方は上手かった。

 分からない問題が次々と理解できるようになり、今日だけでかなり数学の勉強ははかどったと言っていい。


「おお。助かった。ありがとな」


「お礼とかいらねーから、スマ〇ラすっぞ」


 勉強が一段落着いたところで、黒井とスマ〇ラを何戦かしてから帰った。

 ちなみに、黒井はスマ〇ラが上手かった。

 俺をボコボコにしてドヤ顔してくる黒井の顔は可愛かったが、イラッとした。 



***



 学校へ行き、放課後は黒井の家で勉強を教えてもらいながら黒井の愚痴を聞き、ストレス発散に付き合う。

 そんな日が続いて行くうちにテストが近付いてくる。

 そして、いよいよテストまで残り三日となったある日、いつものように黒井の家で勉強していると黒井がおもむろに口を開いた。


「なあ、何でそんなに必死なんだ?」


「何だよ急に」


「いや、だってそうだろ。お前は宮本さんにフラれてるわけだろ? ぶっちゃけ、お前が賢くなったとしても付き合える可能性はほぼ0じゃねーか。私から見たら、お前は無駄なことに全力注いでるバカだよ」


「ふっ。そんなことも分からないのか?」


「あ?」


 俺が鼻で笑うと、黒井は額に青筋を浮かべて俺を睨みつけてくる。

 確かに、黒井の言うことには一理ある。

 フラれたのに、もう一度告白する奴は現実を受け入れることが出来ないバカくらいのもんだ。

 だが、フラれたのに告白する理由なんて一つしかないだろう?


「好きだからに決まってんだろ」


「はぁ?」


 意味が分からない。そう言った表情を黒井が浮かべる。


「告白しなかったら、付き合える可能性は0だ。でも、告白すれば付き合える可能性が僅かに生まれる。人の心なんて簡単に変わるもんだろ? 滅茶苦茶ブサイクだった奴がイケメンに生まれ変わったら、告白の返事だって変わる。なら、俺が宮本さんのタイプの男になれば告白の返事だって変わるかもしれねーだろ。それに、どうせなら好きな人が好きな男でありたいじゃねーか」


 俺がそう言うと、黒井は俺に背を向けた。


 え? こいつから話振って来たのに無視?

 まあ、別にいいか。


「まあ、頑張ればいいんじゃねーの。応援くらいはしてやるよ」


 再び、勉強を始めようとしたところで黒井からそう声をかけられた。


「おう。ありがとな!」


 黒井の表情は分からない。

 ただ、この数日を共に過ごしてきて、黒井は悪い奴じゃないと思い始めてきていた。


「ま、九割九分失敗するだろうけどな」


 そう言いながら黒井はケラケラと笑った。


 前言撤回。やっぱこいつ、悪い奴かもしんない。

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