第3話 美少女の裏の顔
「ったく。クソサル共のせいで、一部の女子から変な嫉妬されちまうしよ。面倒くせえなぁ」
え……? まじで? これがあの黒井雪穂?
今までは、もしかして猫被ってたのか?
「カーッ! うめえ……。やっぱ、コーラだよなぁ。紅茶なんて家で飲んだことないっつうの」
まじで!? コーラ飲んでんの!?
幻滅……しないな。冷静に考えたらコーラ好きな女の子とかいっぱいいるわ。
いや、だがこの黒井雪穂はいい! いいぞ!
何が良いかって、こいつ相手なら勘違いせずに済む! 寧ろこっちの黒井雪穂の方がいいくらいだ!
扉を強く開け、壁に寄りかかりコーラを飲んでいる白雪の前に立つ。
「……なっ!? お、お、お前は!」
股を広げて座っていたらしく、黒井雪穂のパンツが見えた。可愛らしい熊さんのキャラパンツだった。
……可愛いじゃん。
俺の視線に気づいたのか、黒井雪穂が顔を赤くしつつ直ぐに姿勢を直して俺の前に立ち、いつも通り顔に笑顔を張り付ける。
「こんな時間にどうしたのですか? 早く帰った方がいいですよ?」
そして、何事も無かったかのようにそう言った。
「サル」
ビクッと黒井雪穂の肩が跳ねる。
「コーラ、美味いよな」
再び白雪の肩がビクッと跳ね、そしてぎこちなく俺に顔を向ける。
その顔は真っ青だった。
顔が赤くなったり、青くなったり忙しい人だなぁ。
そんなことを考えていると、黒井雪穂に腕を掴まれた。そして、彼女は俺の腕を自らのスカートに触れさせた。
「え……はあ!? な、何してんの!?」
俺の言葉に返事を返さず、黒井雪穂は無言でスマホを構える。そして、スマホを彼女のスカートに触れている俺の手に向けてから……。
「キャアアア!! やめてください!!」
叫んだ。
「ちょっ! 何してくれてんだ!」
「イヤアアアア!!」
「お、おい! やめろって!」
慌てて、スカートから手を放し黒井雪穂と距離を置く。
すると、彼女は突然真顔になってから、俺に向けてスマホの画面を見せる。
『キャアアア!! やめてください!!」
『――何してくれてんだ!』
『イヤアアアア!!』
スマホの画面には、黒井のスカートに触れる何者かの手と、彼女の悲鳴と供にブレるスマホの映像、そして俺の声がばっちり入っていた。
え……。もしかしてこれ、嵌められた?
「ふう。これで一安心だな」
「いや、一安心じゃねーよ! 何してくれてんのあんた!?」
「だって……こうしないと、お前、私の秘密話すじゃねーか」
「話さねーよ! だから、早くさっきの動画消してくれ!」
「信用できない」
プイッと可愛らしくそっぽをむく黒井。
くそっ! この女……。
前言撤回だ。この女、碌でもねえ奴だった。
「はあ……もういいわ。とにかく俺はお前の秘密を話さない。だから、お前もその動画は出さないでくれよ」
「ああ。私だって、お前を下手に刺激したくねーからな。それで構わねーよ。それじゃ、私はこれで」
「あ、ちょっと待ってくれ!」
屋上を後にしようとする黒井に声をかける。
声をかけられた黒井は嫌そうな表情を一切隠すことなく、俺に見せつけてくる。
やっぱりこいつに聞くのやめようかな……。いや、宮本さんと付き合うためには泥水を啜る覚悟も時には必要だろう。
「この問題を教えてくれ」
そう言って俺が参考書を差し出すと、黒井は怪訝な顔を浮かべながらも参考書に乗っている問題に目を向ける。
「ああ、これか。これなら簡単だぞ」
流石は学年一位なだけはある。黒井は俺からペンとノートを受け取り、スラスラと問題を解いていく。
「ここがこうなるだろ。で、ここで円周角の定理を使うんだよ。そしたら、こことここの角が同じになるから――と、まあこんな感じだ」
「お、おお……。なるほど。そういうことか! いや、助かった! ありがとな!!」
やっぱり、こいつ頭いいんだな。
そんなことを考えつつ、黒井の説明を頭の中で反芻しながら問題を改めて見返す。
よし。これなら、次は一人で出来そうだ。
「おい」
用も済んだし、屋上を出て行こうとしたところで、今度は黒井が俺を呼び止める。
「そう言えば、お前、最近勉強頑張ってるみたいだけど何かあんのか?」
「あー、いや、高校生が勉強頑張るのは普通だろ」
「わざわざ屋上にいる私に聞きに来てる時点で普通じゃねーよ。おら、話せよ。何か隠してんだろ? あんたばっか私の秘密を知ってるのも癪に障るしな」
ニヤニヤしながら俺にそういう黒井。
こいつ、性格変わり過ぎだろ。何で俺がこいつに勘違いしてたのか分からなくなってきたわ。
「やだよ」
「おいおい。お前、あの動画流されてもいいのかよ?」
「お、おい! それは、しないって話だったろ!」
「嫌だったら、さっさと話すんだな」
げ、下衆すぎる……。
いや、まあでも話すか。この程度のことなら、別に話してもいいしな。
***
「あははは! バカじゃねえのお前! めちゃくちゃ勘違いじゃねーか!」
放課後、夕暮れ時の屋上で黒井が腹を抱えて笑い転げる。
その様子を見て、イラッとしながら俺はため息をつく。
「しかもフラれたのに、もう一回告白するために勉強してるって、諦め悪すぎだろ! あ、そういやお前、私にも何度も告白してきてたよな。いや、あれ結構怖いからやめた方がいいぞ」
「う、うるせえ! 宮本さんとお前を一緒にするんじゃねえ!」
「どーだかな。まあ、いいや。面白い話聞けたし、私は満足したから帰るな」
「おい。ちょっと待て」
屋上を出ようとする黒井の腕を掴む。
このまま帰らせてたまるか。ここまで喋らされたんだ。こいつの弱みを握っていることだし、どうせならこいつには全力で俺を手助けしてもらうとしよう。
「な、何だよ」
「なあ、黒井。お前、秘密をバラされたくなかったら、これからテストまで毎日俺に勉強教えろよ」
「なっ!? は、はあ!? ふざけんじゃねえ! 何で私がそんな面倒なこと……」
「秘密。分かってんだろ? お前は俺に逆らえない。俺がお前に逆らえないようにな」
「くっ。このクズ野郎め……」
「それ、お前が言う?」
「……テストが終わったら、この関係を断ち切る。そう約束するならいい」
「オーケイ。交渉成立だ」
こうして、俺はなし崩し的に学年一の美少女と関係性を持つことになったのであった。
だが、今ならはっきりと言える。
この選択は間違いであったと。
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