十八日目
今日は一日雨が降っているから、外に出ず家で勉強だった。
雨は嫌いだけど雨音は好きだ。窓の外の雨の音をBGMに勉強すると妙に捗る、ような気がする。
時計を見ると、そろそろ日付が変わろうとしていた。「そろそろ寝るか」と思い、勉強道具一式を片付けようとした――その時だった。
ブブブブ、ブブブブ。
スマホが振動した。僕は嫌な予感をしながら画面を見ると、彼女からビデオ通話の着信が入っていた。僕は通話ボタンを押した。すると、彼女の顔がスマホの画面に映った。
「何?」
「呑もうぜ」
彼女にオンライン飲み会を提案できるほどの知性があったとは。だが、ズームやスカイプではなく、スマホの標準搭載アプリが関の山というのが彼女らしいが。
「わかった、ちょうど勉強終わったところだからいいよ」
僕はその誘いを承諾した。
台所に行ってアーリータイムズの瓶と氷の入れたグラス、そしてサワークリームのポテトチップスを開けて、部屋に戻る。
僕はアーリータイムズのロックを、スマホの画面に向かって掲げた。
『かんぱーい』
僕と彼女が同時に言った。画面からは見えにくいが、どうやら彼女のお伴は宝焼酎の4リットルのようだ。
バーボンの芳醇な香りが鼻腔に満ちていく。アーリータイムズのイエローラベルは、バーボンのなかでも甘いのだ。バニラや焦がしたキャラメルのような後味がある。
公園とかで呑むときは持ちづらいからつい発泡酒とか買っちゃうけど、実のところ酒はウイスキー派なのだ。コスパもいいしね。
「あー。いま気づいたけど、通話にスマホ使っちゃうとスマホいじれねーんだな」
当たり前だろ。
「お前って、スマホゲーとか全然やらないよな」
「あの手のゲームってキリがないし。あとゲーム自体もう大分ご無沙汰だね」
「配信は? レトロゲーもあるよ」
「そうなんだけれど、ゲームをやること自体に腰が重たくなっちゃって。まあ、今は勉強でそれどころじゃないし」
グラスのなかの氷が溶けて、カランと音を立てた。
「雨の日って外に出なきゃいけない時は最悪だけど、屋内にいるときはいいよな」
「わかる。風情があるよね」
そう言って僕は、三杯目のダブルの残りを一気に
タン、タン、タタン。環境音が鮮明に聞こえ始めた。そうかと思えば、遠くで鳴っているようにも聞こえた。
「にゃはは~? ろうしたんだ、おみゃえ。首がころがり落ちそうだぞ~」
ろれつが回らず、ゲラゲラと笑う彼女。どうやら僕も彼女も、少し呑み過ぎたようだ。家呑みはこれだから気をつけなければならない。
「そろそろ……寝るよ。おやすみ……」
彼女は「おやしゅみー」と言って、スマホの画面に手をのばした。
だが、途中でピタリと動きが止まる。
「あ、そうりゃ。……明日の昼さ、空いてる?」
彼女は、打って変わった真剣な声音でそう言った。
「まあ、別にいつでも空いているけれど」
「つきあって欲しい買い物があるんだけど……いい?」
「ナニ急に改まって。いいよ」
僕が承諾すると、彼女は妙にはしゃいだトーンに変わった。
「やたっ♪ じゃ、駅の東口の改札前に、十一時な!」
「うん、わかった。おやすみ」
通話が切れた。
部屋の中が、再び静寂に包まれる。雨の音だけが、相変わらず続いていた。
僕は酔った頭で、ぼんやりと思った。この雨が僕の迷いや罪悪感も全て洗い流してくれればいいのに、と。
「嘘」がバレて、彼女と離れ離れになるまで――あと十二日。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます