十六日目

 耳をつんざくような轟音が鳴り響いた。オーケストラヒットのような落雷、ドラムロールのような豪雨。僕と彼女は音の嵐に追い立てられて、国道下の小さなトンネルへ逃げ込んだ。


「あー、びちょびちょ。お前天気予報のアプリ持ってんなら、雨雲来てるって教えろよ」


 彼女がミニタオルで身体を拭きながらぼやいた。


「この辺りは突然赤くなったんだよ。こんなん読めないって」


 スマホの画面に映された地図では、僕らのいるところは一面真っ赤に染まっていた。まだまだここを出られそうにない。


「うう……。少し寒くなってきたかも」


 彼女が言った。

 僕らはさっきまで、ファミレスにいた。平日格安ランチの特別価格ドリンクバーで二時間ほど粘っていたものだから、すっかりクーラーで冷えていた。その上でこの雨だ。そりゃ寒いだろう。

 僕は黒のパーカーを脱いで、彼女に渡すことにした。折り畳み傘を差していたから、あんまり濡れていないはずだ。

 僕は「ほら」と、パーカーを彼女に渡した。


「え? いいのか?」

「僕は、ファミレスでも上着来ていたからそんなに冷えていないから。そのままだと風邪ひくよ」


 彼女は僕からパーカーを受け取って羽織る。


「あったかい……、それに……」


 袖口で口元まで持って来てそうつぶやく彼女は、どんどん顔が赤くなってきた。

 ――やめてくれ。恋愛経験値がジリ貧の僕にとって、そういうの効くから。


 僕は「大丈夫? 熱出てきた?」というベタなボケをかました。


「うっせ、何でもねえ」


 彼女は僕の脛を蹴った。照れ隠しが下手過ぎると思う。ていうか、照れ隠しで弁慶の泣き所はやめてくれ。クロックスでもそこそこ痛いぞ。


「ここさ、小学校の時に『出る』ってウワサになったよな」

「ああ……。『首吊りトンネル』だっけ?」

「そうそう! 入口の竹やぶで女が首を吊って、それ以来首をくくったロープの落書きが浮かび上がっていうんだ」


 トンネルの壁を見る。綺麗に黄色のペンキに塗られた跡しかない。何年か前に行政が、落書き防止用に塗装したんだっけ。


 僕は呆れ顔で「もういいよ、心霊スポットは」と返した。


「お前、もうちょっと冒険にワクワクする心を持てないの?」

「あと十歳若ければね。子どもでも、僕は行かないけど」


 危うい場所はできる限り避けたい。こういうところに来るのは、不良や半グレと相場が決まっている。そんな連中に遭遇して、僕のようなヤツが無事に済むはずがない。


「あ! 明るくなってきた!」


 彼女が入ってきたのと反対側の出口を指さしながら言った。光が差し込み始めている。僕らは自転車にまたがり、出口へと向かっていく。すると――


「……」


 僕と彼女は、その荘厳な光景に思わず口をぽかんと開けてしまった。

 天使の梯子と虹の架け橋が、僕らを迎え入れてくれた。雲間から差し込む夏の青空は、例えようもないほどに鮮烈だった。


「すごい……」


 彼女がようやくのことで、言葉を紡いだ。

 こんな光景を彼女と見られるなら――少しくらいの冒険も悪くないかな。いや、少しくらいどころか、一生を賭けてしまっても……。


「行こうぜ」

「うん」


 雨の滴が燦々と輝く光の道を、僕らは自転車で駆っていった。


 「嘘」がバレて、彼女と離れ離れになるまで――あと十四日。

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