十五日目

 夕暮れ時。日雇いのアルバイトが終わって、僕は自転車を走らせていた。今日は珍しく、自宅から自転車で行ける距離の現場だったのだ。

 この辺は高速道路も近く、物流倉庫や工場何かが多いため車道が広い。雑木林なんかも多く、僕の住んでいる団地や近くの田園地帯などとは少し違った趣がある。僕は国道を悠々と自転車で駆っていき、帰路に着こうとしていた。


「よお」

「うわっ!」


 いつの間にか並走していた彼女に突然声をかけられて、僕は大層驚いた。


「何だよ、人を幽霊みたいに」


 ある意味幽霊の方がマシかもしれない、と僕は心のなかでつぶやいた。


「ど、どしたのこんなところで」

「バイト。お前も?」


 僕はコクリと頷いた。


「覚えているか? この辺さ心霊スポットがあるって、中学ン時ウワサになってさ、サッカー部の西野とかが忍び込んだってヤツ」


 彼女は唐突に話題を切り出した。

 僕はこの段階から嫌な予感がしたが、一応「いや……、知らない」と返した。


「雑木林のそばに廃墟になったマンションがあってさ。出るらしいんだ。たしか、名前がついていたような……」


 彼女の話を聴いて、僕は少しづつ思い出し始めた。クラスの陽キャたちが探険しようとしたら、血まみれの建造物が目にいっぱいに広がり、圧倒されて逃げ帰ったって、何か騒いでいたっけ。たしか名前は……


「それ、血みどろマンションじゃなくて?」

「そう! その血みどろマンション、ちょっと行ってみようぜ」


 そら、来た。


「建造物侵入罪、軽犯罪法違反。公僕志願者を前科者にする気?」

「むー……。じゃ、外からちょっと見るだけ! それならいいだろ?」


 彼女は唇を尖らせて、食い下がる。


「……わかった。本当に、外から見るだけだよ。敷地内に入らないと見られないなら、諦めるからね?」


 僕がそう念押しすると、彼女は「わかった」と言った。


 スマホで「血みどろマンション」と検索をかけると、簡単に住所がわかった。住所を地図アプリで検索する。するとここからかなり近く、五分もかからないことがわかった。僕らは国道から外れて脇道に入り、地図アプリで表示された場所に向かう。地図によるとかなり広い敷地だ。すぐに分かるだろう。


「あ、これだ」


 僕は、鬱蒼と生い茂る雑木林の傍らに、高いブロック塀に囲われた鉄錆だらけの門を見つけた。門には「立入禁止」と、何故か古印体で印字された看板が掲げられている。マンションは門の真正面に建っておらず、またブロック塀が邪魔になって、よく見えない。


「雑木林の方から、回ってみねー?」


 彼女が言った。雑木林には、一応公道っぽい細い道があった。僕らは自転車を置いて、そこから回り込むことにした。正直なところ、幽霊よりも虫の方が怖い。

 そして道から外れ、マンションの側に伸びる草むらを掻き分けた時――


「……見えた」


 真っ赤なマンションが、視界いっぱいに広がった。


 ――僕は、全身が粟立つのを感じた。


 赤はもちろん血なんかじゃなく、雨風にさらされて生じた錆や変色だ。だが今みたく夕陽に包まれていると、血に濡れているようにも見える。はっきりいって想像以上におどろおどろしく、これ以上見続けている気にはなれなかった。


「ねえ……、もう満足したでしょ。帰ろうよ」


 彼女は「……うん」と、いつになく力のない様子で応えた。

 僕らは自転車へと戻り、逃げ出すようにその場を去った。




 それから数か月後。血みどろマンションは、取り壊し作業が始まったそうだ。変わらないと思っていたこの街も、細かなところでは変わっていて、その変化の波には逆らえないのだ。

 そして、僕らも。……


 「嘘」がバレて、彼女と離れ離れになるまで――あと十五日。

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