十四日目
明け方に目が覚めた僕は例のごとく、ママチャリでぶらつくことにした。
格安スーパーを出た後、公園で彼女と二人で酒盛りをした僕はすぐに床に就いたが、案の定太陽が昇り終える前に目が覚めてしまった。
アルコールが入ってある程度時間が経つと僕は、返って眠れなくなるのだ。眠れても、眠りが浅いから途中で覚醒してしまう。
酔い覚め後に浴びる夜風は、とても気持ちが良かった。最後に呑んでから八時間は経過している。アルコール単位でいえば二単位だから、ちょうど体内で分解された頃だろう。
コースは小学校の通学路だったり、昔よく母と言っていた商店街だったりするのだが、思うことは二十年以上この辺は変わっていない、ということだ。もちろん変わった店もあるけれど、大きな変化という変化はない。もう僕の小さなころから寂れはじめていたからだ。
しかしながら、そんな風に寂れた町にも縄張り意識と言うか、地縁のしがらみというのは色々あって――僕も彼女も、それに馴染めなかった。
既知である日常の風景が、非日常になったように錯覚させる夜の世界を駆け抜けていると、他愛もないことが頭の中をぐるぐるとしてくる。
(僕だけが、地元から逃げられた形になるのかな……)
彼女も僕も同じ母子家庭だが、彼女の場合は離婚で、僕の場合は死別だ。それも小学校四年まで父は生きていたから、貯金も遺族年金もある。そうした経済的な格差が、僕と彼女の出自にはあった。
そして経済的な格差が比例するように、文化的な、教養の格差もあった。僕は大卒で、彼女は高卒だ。僕は母が読書家だったこともあり、かなり早い段階から文学や芸術に触れてきたのだが、彼女はそういったハイカルチャーにはおばさんともども、触れる機会にすら恵まれず、興味も示さない。
僕と彼女の共通の趣味は少年マンガ。僕はどうしようもない陰キャであるが、マンガは努力・友情・勝利な王道ものが好きなのだ。だが、他の趣味は彼女とは合わない。
幼なじみとはいえ、正直よくこの関係が続いていると思う。
(僕はやはり……、彼女を下に見ているのか? 自分よりも下の存在がいると、安心するためにこの関係を続けているのか……?)
僕は、自分の薄暗い部分に気づきかけ、ひどく憂鬱な気分になった。
(それとも、男と女でやっぱり違うのか……? 条件にさえ恵まれていれば、彼女ももっと違う輝かしい未来があったのか……?)
そこまで考えて僕は、ぶんぶんと頭を振った。これ以上考えていると、本当に病んでしまいそうになるからだ。
(やめよう。大事なのは、僕が内心でどう思っているかじゃなくて、僕が実際に彼女がして欲しいことをしてあげられているかどうかだ)
三十分ほど走り続けると、さすがに汗ばんでくる。自販機の灯りが見えた。僕は百円玉を入れて、格安のスポーツドリンクのペットボトルを購入した。栓を開けて口のみする。二日酔いで水分が不足気味の身体に、沁みこむようだった。
(……彼女のためを思うなら、やはりこの街で就職するか?)
喉の渇きが癒えると、心の渇きがうずいた。
この前も考えたが、正直なところ大学院に入っても研究を続けられる自信がない。それならばいっそここで、たとえしばらくは非正規であったとしても働き、彼女と一緒に過ごした方が、僕も彼女も幸せなんじゃなかろうか。
それから僕は川沿いをずっと下って、海岸へ出ようとした。水平線の向こうでは、もう太陽が顔を出そうとしていた。
(……?)
僕は、浜辺に見慣れた人影があることを発見した。
彼女だった。
僕と同じで、目が覚めてしまったのだろう。
僕が手を振ると、彼女も気づいたようで手を振りかえしてくれた。
太陽が昇る。彼女の表情は逆光で見えないが、笑っているように見えた。その仕草は、他の何よりも美しく、愛おしく思えた。
だが僕は、恐れを感じつつあった。
彼女が目映く感じられれば感じられるほど、僕のやりたいことは歪み、決心は揺らいでいってしまうことに。……
「嘘」がバレて、彼女と離れ離れになるまで――あと十六日。
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