十三日目

 いつものように図書館で勉強した帰り、僕は自宅近くにある格安スーパーで買い物をする。

 ここはただでさえ安いのだが、この時間になると弁当に割引シールが貼られる。デフレって本当はよくないのだが、僕みたいに職業不定で実家パラサイトな人間は助けられている。

 弁当コーナーで、二割引シールが貼られた鶏肉とレンコンの黒酢炒め弁当(490円)を見つける。まあ二割引ならいいか、と僕は弁当をカゴに入れる。

 ……さて。このスーパーは彼女も、よく利用するのだ。今日こそ彼女と鉢合わせないようにしなくてはならない。これ以上、勉強の時間を削るのはまずい。僕はそう決心をして、会計へ向かおうとした。


「おう。いま勉強の帰りか?」


 僕の決心は、五秒で折れた。

 彼女だった。その手には、ストロング系の缶チューハイとおつまみチャーシューが握られていた。


 僕は力なく「うん……」と頷く。

「どこで呑む? 公園?」

「何で僕も呑むこと確定なの。ていうか、そろそろ肝臓休ませようよ」


 そんなやり取りをしながら、僕らはレジに並んでいた。


「は? 俺が未成年に見える?」


 前の客であるおっさんが、若い男性の店員に絡んだ。

 おっさんは店員さんが、エコバッグやポイントカードの有無、酒などの年齢確認のたびに、いちい突っかかってきた。


「いちいちうるせーんだよ。なあお兄さん、優しく言っているうちにてきぱきやらないと、俺ぶっとばしちゃうよ?」


 こういうのって、本当に嫌だよね。規定事項なんだから聞かざるを得ないのをわかっているのにアタってきているの、マジで卑劣だ。

 彼女がスッ、と前に出る。そして、おっさんの脇腹を蹴っ飛ばした。おっさんが「ぐふっ」と声をあげて転げた。


「……て、てめ、なに――」


 おっさんが抗議しようとした。だが、彼女の容姿を見て言葉が和らいだ。


「何、するんですか」


 こういう奴は僕やこの店員さんみたいに、マジメで弱々しそうな人間には強気になるが、彼女みたいに髪の毛を染めていたりピアスをしていたりと、怖そうな外見をした人間には下手に出るものだ。


「そんなに聞かれるのが嫌なら、セルフレジの店にでも行けばいーじゃねーか。後ろがつかえて邪魔なんだよ」


 彼女がそう言うと、おっさんはすごすごと「……はい、すみません」と引き下がった。


 だが僕は、あんまりスッキリした気分にはならなかった。相手を見計らって態度を変えているのは、僕も彼女も同じだからだ。


 彼女もどこから来たのか知らないチンピラやただのおっさんなんかには何の迷いもなく実力行使をするが、地元の勝ち組である吉川のような奴ら相手だと躊躇(ちゅうちょ)が生まれる。おととい僕が止めてそのまま引き下がったのは、吉川たちに逆らえばこの街に僕も彼女もいづらくなることを、彼女も察したからだ。


 ――完全に公正で、怖いものがない人間なんて、この世のどこにもいやしない。実に打算的で、排他的で、臆病な格率に則って、僕らは日々生活している。



 それから僕らは会計を済ませ、格安スーパーを出た。外はすっかり暗くなっていた。


「お前、それで呑まないのか? 自転車だしな」

「いや……、呑もう」


 僕はそう返すと、彼女は「そうこなくっちゃ」と歯列を剥き出して笑った。


「ちょっと待ってて。自転車置いてくるついでに、飲み物とつまみを持ってくるから」


 モヤモヤしたときは、酒で忘れるに限る。そうやって問題を先送りにできる時間も、もうあまりないのだから、今日くらいは許して欲しい。


 「嘘」がバレて、彼女と離れ離れになるまで――あと十七日。

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