十二日目

 勉強の遅れを取り戻すため僕は、起きたらすぐに食事をとって、駅の近くにある中央図書館に赴き、ずっと勉強していた。

 ……というと、聞こえがいいように思えるが、起きたのは昼である。二日続けての深酒が応えてしまったようだ。

 館内の学習室に、蛍の光のオルゴールが流れる。閉館十分前の合図だ。

 帰ろうか、と思った矢先のことだった。

 ブブブブ。

 スマホが震えた。彼女からのメッセージだ。


 ――夜八時。海に集合。


 僕は言われた通りの時間に行くことにした。




「よー」


 海岸にはビーチサンダル姿の彼女がいた。その手には、花火セットが握られていた。


「何それ。買ったの?」

「いんや。押入れの奥で眠ってた。多分小五くらいの頃に買ったヤツ」

「……火ぃ点くの?」

「それを今からたしかめようってんじゃねーか」


 まず僕らは、普通のススキ花火にライターの火を近づけた。だが、点かなかった。何本やっても、結果は同じだった。


「やっぱ湿気っているよ、これ」


 彼女は「むー」と唇を尖らせる。


 袋のなかの花火の、半分以上を試したそのときだった。


 カシュ、……シュワアアア――


 勢いよく、火花が放たれた。緑、赤、黄色と、様々な色に変化していく。

 僕と彼女は思わず「おおー」と声をあげてしまった。


「やっぱ生き残ってるのあったじゃん!」


 彼女は手元の発泡酒をあおりながらそう言った。

 だが、それからはいくつ試しても火は点かなかった。

 そして残ったのは、線香花火一つのみとなった。


「点けるよ」


 僕はまず、彼女の持つ線香花火に火を点ける。すると、パチパチと音を立てて小さなオレンジの花が咲いた。僕の方も成功して、火花を散らした。


「ヘンなの。昨日の花火より、ずっとキレイに見える」


 彼女がポツリと言った。

 昨日の花火大会のことを思い出すと、僕はやるせない思いになった。あれから僕らは近くの土手で、打ちあがる花火にはほとんど目もくれず、ひたすら苦杯を呷ったのだった。


「あ……」


 彼女が声をあげた。

 二つの線香花火がほぼ同時に消えて、ポトリと落ちてしまった。

 それから僕らは言葉をほとんど交わさずに、粛々と片づけをした。

 しかし、花火をしたのなんて何年ぶりだろうか。大学では、花火をするような陽キャな友人など皆無だったから。


「なあ」


 彼女がふと呼びかける。


「互いに進路が決まったら、もう一回ここで花火をやろうな! 今度こそは、全部火が点くヤツで!」


 僕は、すごく気まずそうにぎこちなく頷いた。

 その約束が果たされることはないと、分かっていたから。……


 「嘘」がバレて、彼女と離れ離れになるまで――あと十八日。

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