十一日目

 夕焼けがにじむ頃。田園地帯のど真ん中に建つスタジアムは、花火を観に来た人でいっぱいだった。

 そして僕と彼女もまた、その群衆の一部だった。残念ながら浴衣姿ではないけれど。そんなものを借りる余計な金は、僕にも彼女にもない。


「ちょっ、どこ行ってたんだよ!」

「ゴメン、人の波に流されちゃって……」


 小柄であり、かつ存在感もなくて人に気づかれにくい僕は、すぐ人の波に流されそうになった。


「ほれ、手ェ貸せ!」


 そう言って彼女は、僕の右手をギュッと握りしめて引っ張った。僕はあらゆる意味で気恥ずかしくなり、顔を赤らめた。

 しかし、本当に人が多い。彼女はこの人ごみの中、左手で器用にりんごあめをかじっているが、僕はとてもではないが食べながら歩くことなどできそうにない。怖そうな人にくっつけて、トラブルになるのだけは避けたいし。


「あっ、あれやろうぜ!」


 そう言って彼女は、射的の屋台を指さした。


「取れなくても、僕はやらないよ」


 ただでさえここのところ散財気味だから、できる限り出費は押さえたいのだ。


「何だよノリ悪いなおま――」


 彼女は、急に表情を一変させて言葉を止めた。彼女の視線の先には、男女四人組の集団がいた。


「あれー? どっかで見た顔だと思ったら」


 ツーブロックでパリッと糊の効いたポロシャツを着た男が、ニタニタギラギラした笑いを浮かべてながらこっちへ近づいてきた。


「……吉川」


 僕と彼女と、おな小でおな中であり、後ろの男と女二人も知った顔だ。


「お前何? 就職したんじゃなかったの」

「いや、その……ブラック過ぎて辞めて……今はプー」


 すると「フッ」と鼻で笑った。僕は、何とも言えない厭な気分になる。


「お前、まだこの街にいたんだー。へー」


 彼女と同じようなラフでどこか垢抜けない恰好をした女子二人が、ニタニタと笑いながら詰め寄ってくる。彼女は目を反らして、シカトし続けた。


「貧乏な母子家庭同士、割れ鍋にナントカってヤツ? うけるー」


 女子の一人がそう言うなり彼女は目を見開き、大股で前に出る。

 僕はとっさに、彼女の胴に腕を回した。

 そうしないと、彼女は間違いなく吉川たちに飛びかかっていた。

 彼女は嗚咽のようなうめき声をあげ、僕を跳ね除ける。人の波の中に潜り込んでしまった。


「うっぜ……何アイツら。キモ」


 僕は、語彙力の乏しさを隠そうとしない吉川たちの悪態を背に浴びながら、彼女を追いかけた。




 スタジアムから離れたところに流れる川の土手に、彼女は体育座りをしていた。僕は近くのコンビニで買ってきたたこ焼きとビールを彼女に差し出す。彼女は顔をあげないまま、それを受け取った。


「……今年こそは、一緒にお祭りを楽しめると思ったのに」


 少しだけ顔をあげた彼女は、涙でメイクが流れかかっていた。


「ううん。僕みたいなのはやっぱり、ああいう場所に相応しくないんだよ」


 地元の中心にいるのは、器用に立ち回って社交性もある吉川みたいな連中だ。外の世界に出ればそれだけじゃ通用しなくなるけれど、自分の縄張りにいる分には何も問題はない。僕や彼女みたいに不器用な奴は、地元という閉じた世界にも馴染めない。加えて彼女は……この地元から出ていくこともできない。


「お前みたいに大学行ったり……、ちゃんと職に就けばよかったんだよね」


 彼女はビールを煽りながら、いつになく弱気な言葉を紡ぐ。


「でもいいんだ……。これからは、お前がいるから」


 僕はズクン、と心が重たくなった。それは罪悪感などと言う生易しいものではなかった。もっと言いようのない理不尽が、僕を苛む。

 ――ドン。花火があがった。小さな花火はそれでも美しく、瞼の裏に虚しく焼きついた。


 「嘘」がバレて、彼女と離れ離れになるまで――あと十九日。

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