十日目

「白のデカンタ、もう一つ♪」

「ちょっと、昼から呑み過ぎじゃない?」

「うっせーな、大丈夫だって」


 僕と彼女は、団地から二十分ほどの距離にある格安のイタリアンレストランに来ていた。ワインのデカンタが500mlで400円という価格破壊ぶりで、僕らは真っ昼間であるにもかかわらずしこたま呑んでいた。


「アタシ、ワインはあんまり得意じゃないんだけどさー。でもここのは呑み易くて、すいすい呑めちゃうんだよね」


 やって来たデカンタから白ワインをガンガン注いでは、アンチョビとキャベツのソテーを食(は)みながら、彼女が言った。


「……」


 はしゃぐ今の彼女の顔に、昨日の泣きじゃくる彼女の顔がオーバーラップする。同じ人物のものとは到底思えなかった。

 昨日のことが気がかりだった僕は、彼女を昼に誘うことにした。青空の下に出てきた彼女は、真夏の昼の日差しを厭うしかめ面をした、いつもの強気でフランクな彼女であった。


「楽しみだな、明日」


 僕は何の話かわからず、「明日?」と首を捻った。


「忘れてんのかよー。明日は、スタジアムでお祭りだろ」


 言われて僕はようやく思い出した。

 僕らの地元には、田園地帯のど真ん中に大きなスタジアムが建っている。そこで毎年、花火大会が開かれているのだ。

 だが、いいのだろうか、と僕は思った。

 彼女は、この街での友だちがほとんどいない。それどころか祭りに来るような連中は、僕も彼女も会いたくないような奴らばかりのはずだ。


「あのさ……、そういうお祭りって」

「んー? なんだお前。吉川とかに会うのが、怖いのか?」

「いや、そういうわけじゃ」

「大丈夫だって! あんな奴ら、シカトしときゃいーんだよ」


 そして、僕の手をぎゅっと握った。


「アタシは、お前と一緒に花火を見たいんだよ」


 いつになく真剣な表情と眼差しで、彼女は言った。

 僕は、ボッと顔に火がついたように熱くなる。


「の、呑み過ぎだよ。そろそろ出よう」


 そう言って僕は、プラスチックのグラスに残った白ワインを一気に煽った。




「気持ぢ悪い……」


 店から出て十分後。彼女は早くもグロッキーになった。


「だから呑み過ぎだって言ったのに……」


 僕は千鳥足の彼女を、何とか引っ張っていく。

 今は午後三時。最も暑い時間帯だ。アルコールで脱水した彼女が熱中症にならないかと、ヒヤヒヤしている。というより、僕が熱中症になりそうだ。

 ぺたり。

 彼女が寄りかかって来て、剥き出しの腕がぴったりとくっつく。それから若い女性特有の、桃のようなアンズのような甘酸っぱいにおいが、僕の鼻腔をくすぐる。

 僕は理性が崩壊しそうなのを我慢しながら、彼女を支えながら歩く。


「……ねー、ウチ寄ってく?」


 ポツリとそう言った彼女の言葉が、僕の心臓を跳ね上げた。


「な、何言ってんだよ」

「へへ、冗談。……こういうとき、一人暮らしっていいよな」


 少しさみしそうにそう言う彼女の表情を見て、僕は少し胸が痛んだ。

 僕らはとっくに独り立ちしてもいい年齢なのだ。だが、自分たちの未熟さや、ときに家族を言い訳に、実家に篭もっている。

 久遠の時を啼いているかのように、アブラゼミの声は途切れなかった。


 「嘘」がバレて、彼女と離れ離れになるまで――あと二十日。

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