九日目
当たり前だが、彼女は女の子だし、ヤンキーだ。だから、ゆるキャラとか可愛いものが好きなのである。
「なーなー、あれ取ってくれよー」
「絶対無理。僕のクレーンの腕は知ってるでしょ」
国道沿いにあるゲームセンターのクレーンゲームの前で、僕と彼女の二人はそんなやり取りをしていた。彼女のお目当ては、「ふるふる」という震えている子鹿ゆるキャラのぬいぐるみだ。
「あと懐具合もね。あれが取れる頃に僕の財布に入っているのは、ホコリだけ」
「ええー……。じゃあ、一回! 一回だけ!」
拗ねて唇をとがらせた彼女は、甘えるような声でせがんだ。彼女がこれだけ僕にすがる態度を顕わにするのは、滅多にないことだ。
(こういうときだけ普通の女の子のしぐさや表情になるの……ずるい)
僕は肩をすくめて「一回だけだからね……」と財布から百円玉を取り出して、投入口に入れた。
機体についた様々なランプが点灯する。ゲーム開始だ。
僕はまず目線を、クレーンとぬいぐるみの中間の高さに持っていく。クレーンとぬいぐるみの距離感を均等にして、目測とのズレを縮めるためだ。それからクレーンを、ぬいぐるみの真上に持っていく。
(首からわき腹にかけてつかむ、「たすきがけ」でいこう)
僕は、ぬいぐるみに対して斜めにつかむようクレーンを落とす。クレーンは見事に、ぬいぐるみをつかんだ。そして――
ストン。コトコトッ。
取り出し口の音に、僕も彼女も息を呑んだ。
まさか、一回で成功するとは。前にあるYou Tuberの攻略動画を見たことがあって、それを真似しただけだったのだが……。
「す、すげー! やったやったー!」
彼女はこれ以上ないほどに歓喜の声をあげた。
「ぐ、偶然だよ。運が良かっただけさ」
「でも、すっごい嬉しい。ありがと、本当にありがとな」
そういう彼女の眼もとには、涙が浮かんでいた。僕の心臓が跳ね上がる。こんなに喜ぶ彼女の姿を見たのは、いつぶりだろうか。
僕らは満悦の気分でゲームセンターを出た。そして、駐輪場へと向かおうとしたその時だった。
バシャッ。
爆音を鳴らしながら猛スピードで走る二人乗りのバイクが、僕らに盛大に泥水をぶっかけていった。
「あ……あ」
彼女がひどく悲痛な声をあげる。ぬいぐるみがドロドロに汚れてしまったからだ。
カッ――僕は、頭の中が一瞬で煮え立っていくのが分かった。
バイクに乗ったガラの悪い二人は、隣接する駐車場に停めて降りた。同じように装飾を突けまくったバイクは何台もあった。どうやら、暴走族の集会のようだ。
僕は抗議しようと、一直線に二人組の方へ向かった。恐怖心は麻痺していた。
だが、その時。派手に何かが倒れる音が僕の傍らでした。
彼女が二人組のバイクを蹴り倒したのだ。
そこを起点として、暴走族たちのバイクが将棋倒しになっていく。
「何してんだてめえ!」
二人組の怒号が響く。彼女は僕の手首をつかんで、僕らの自転車まで走る。僕らは無我夢中で自転車の鍵を解いて、全力で走りだした。
車両進入禁止の細道や雑木林など、とにかくバイクが入りにくいところを駆け抜けた。どうやら撒きに成功したようで、やっとのことで団地に戻れた。
「な……。何を、するの」
「バカヤロー!」
息絶え絶えの僕の声を塞ぐように、彼女が怒鳴った。
「ぬいぐるみなんて洗えばいいだろ! それより、お前に何かあったら……」
彼女は僕よりもがっしりした肩を、まるで華奢な体格の女子のように震わせて泣いていた。
その涙は本気で痛ましく、僕は自分の無力を呪った。
僕にもっと適切な判断ができれば、彼女はこんな無茶をせずに済んだのだ。
僕は「ごめん……」とつぶやき、うつむいた。
深夜の駐輪場に、彼女のすすり泣く声がいつまでも響いていた。
「嘘」がバレて、彼女と離れ離れになるまで――あと二十一日。
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