八日目

「あ! 宇宙人の侵略!」


 彼女が夜空を駆ける一筋の光を指さして言った。


「あれパチンコ屋の宣伝だよ。あるいはラブホ」


 僕がそうマジレスすると彼女はムッとして「お前、夢ねーな」とぼやいた。


 牛丼屋で夕食を食べた帰り、僕らは夜の県道を自転車で走っていた。

 日雇いのバイトが終わって帰ってきた後、いつものごとく急に呼び出された。集合場所は、僕らの団地からもっとも近い牛丼屋だった。もっとも近いと言っても徒歩だと二十分近くかかるので、自転車で来た。彼女もおそらく自転車だろうと思ったが、やはりそうだった。


「今どき珍しいね。どこの地方自治体でも苦情が殺到するから、ほとんどやらなくなったのに」


 こういうところはやはり、「地方」なんだなと思った。


「なあ。ちょっと行ってみないか?」


 彼女が、左へ右へ揺れ動くスポットライトに目を輝かせて、声を弾ませながら言った。


「だからさっき言った通り、パチンコ屋かラブホだって」

「アタシ、子どもの頃あの光を追いかけて正体を突き止めたいって、ずっと思っていたんだよ! それなのに、一人で夜出歩ける頃にはなくなっちゃって……」


 その気持ちはわからないでもない。

 僕も宇宙人とは思わなかったけれど、自治体が何かやっているんだろうくらいには思っていたから。まさかパチンコ屋とは思わなかったけれど。


「わかった、じゃあ行こう。見てガッカリしないでよ?」


 僕はため息をつきながら、そう返した。

 彼女は「やたっ!」と喜んだ。二十も半ばなのに、こうも無邪気に笑えるものか。

 光は、北西の方角から伸びていた。あっちは高速道路の方向だ。だとすると、やはりパチンコ屋かラブホだな。

 僕らは県道から国道へ出た。自動車の交通量が多くなってきて、遠くからはマフラーをわざと外した音が聞こえてきた。珍走団……暴走族だったらやだな。すれ違うだけなら何もされないだろうけれど、なるべく出くわしたくない。


「わかっていると思うけど、暴走族にちょっかい出さないでよ」

「わーってるよ」


 油断できない。彼女がヤバ気なヤツや逆らったらまずい相手に実力を行使した回数は、僕の知る限りでも両手で数えきれないのだ。

 やがて爆音は遠ざかっていき、僕はホッとした。

 空は雲が多くなってきて、スポットライトはより鮮明に見えるようになっていく。


「あ、あれだ!」


 彼女が指さした。

 高速道路の向こう側に、城のような建物があった。その上には、巨大な二台のスポットライトが搭載されていて、猛烈な光を放っている。

 だれがどう見ても、ラブホテルだった。


「ね。ラブホだったでしょ?」

「……」


 彼女は何を思っているのか、黙り込んでいた。


「……なあ、ちょっと寄ってみないか?」


 僕は噴き出した。危うく、胃がひっくり返ってさっき食べた牛丼が出るところだった。


「な、何を言っているんだよ! 何をするところか知ってるでしょ!」

「アタシたち、まだそういう関係じゃねーの?」


 いつになく、真剣な目で彼女がそう言った。


「……順序がある」


 僕は言葉を選びながら、目を反らしながらそう言った。

 ――好き合っていることを真正面から否定することを口にすることは、何故かとても嫌だったから。


「じゃあ、お前が就職決まったら行こうな!」

「だから、そういうことじゃなくて――」


 スポットライトから漏れた光が僕の顔を照らし出すのを、疎ましく思った。何故なら僕は今、恥ずかしいほどに紅潮していただろうから。


 「嘘」がバレて、彼女と離れ離れになるまで――あと二十二日。

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