七日目

 ブブブブ、ブブブブ、ブブブブ。


 ひたすらバイブし続けるスマートフォンに耐えられなくなって、僕は布団から抜け出した。時刻はまだ五時半。夜型の僕にとって、徹夜以外では無縁の時間帯である。

 ロック画面には、SMSの通知ダイアログがびっしりと並んでいた。送り主は考えるまでもなく、彼女である。どうやら夜勤の日雇いバイトが終わったようだ。

 メッセージの内容は「起きてるか?」「おーい」などといったどうでもいい呼びかけや、「朝日がキレイ」などといった写真つきメッセージを、大量に送ってきている。「ウナギ食べる日って今日だっけ?」とか、もうググれとしか言いようがない。

 僕は「何の用?」とだけ打って、送信した。

 ブブブブ。返信がすぐに来た。


『別に何も』


 僕は、額に青筋を浮かべた。


「だったら送ってこないで」


 ……と打ったが、送信ボタンを押す直前で削除した。


(さすがに言い過ぎか)


 彼女はただ、構ってほしいだけなのだ。それなのに、そこまですげない態度を取ったら……ほぼ間違いなくキレるだろう。

 かと言って、このまま延々とメッセを送られ続けるのはしんどい。何か、彼女を満足させる手はないか。

 そのとき、僕の頭の中にいくつものラブソングの似たような歌詞が乱舞した。


 ――ただ君の声が聞きたかっただけ


 はっきり言って、相手からしたら迷惑極まりない。なかにはいま僕が直面しているケースよりも悪質な、深夜に突然電話をかける内容の歌詞もあった。

 まあいい。いきなり電話をかけてやろう。それで彼女も満足するはずだ。

 電話帳を開いて彼女の番号をタップする。


 プルルル……プルルル……プルルル……プルルル……


 かれこれ十二回もコールしているが、なかなかつながらない。


(メッセージを送ってきたのは二分前。電車などに乗っている記述はなかった。だから、出ると思うのだが……)


 コール音が止んだ。彼女が着信ボタンを押したのだ。


『うるせー!』


 理不尽! 最初にメンション送ってきたのはそっちの方なのに、いきなり怒鳴られた。

 だが僕は「ご、ごめん」と謝った。こちらの台詞だ、と言い返したい気持ちをぐっと堪えた僕、エラい。


『今、コンビニで会計していたんだよ。いきなり電話かけてくるかバカ』


 そっちの状況なんて分かるわけがない。


「……ごめん」


 もう何か、文句を言う気力もなくなってきた。


『まあ、いいや。で、お前はこれから寝るところ?』

「そんなわけないでしょ。昨日、昼間働いているのに」


 それからそのまま、彼女と長電話の運びになって、結局僕は目が冴えてしまった。

 ただ起き出してしまっただけじゃなく、着信を切るときに彼女は言った言葉が頭に焼き付いてしまったこともある。


 ――寝る前にお前の声が聞きたかったんだ。じゃ。


 ……何だよ、やっぱり話したかったんじゃないか。

 僕は怖かった。こういうやり取りを重ねるたびに、自分のなかで彼女に対する愛おしさが芽生えてきてしまっていることに。


 「嘘」がバレて、彼女と離れ離れになるまで――あと二十三日。

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