三日目

 小さい頃から同じ団地に住んでいながら、僕が彼女と親しくなるのは高校に入ってからのことだった。

 小学校は親同士の付き合いはあったが、本人同士は唯一無二ってほど仲良いわけじゃなかった。ときどき同じクラスになっては、互いの存在は認識していて、ときおり他の友だちと一緒に遊ぶ。その程度の仲だった。中学校に入ると全部違うクラスで、会ったら挨拶を交わす程度でしかなかった。

 だが、高一の夏のことだった。




「――君、どこ高?」


 ぶっ壊れた備えつけのカギを取り外した自転車に乗っていたら、職質された。


「……市、立、です」


 僕はもうろうとした意識でそう答える。

 クソ警官め。こちとら河原までぼっちでママチャリを走らせて、絶賛熱中症中なんだ。

 まあ、そんなことは心の中に閉まっておいて、実際には口にできるはずもない。陰キャだから。

 おっさん警察官は無線で防犯登録番号を口頭で答える。番号が照合したようだ。

 これで帰れる、と思った矢先だった。


「あのねえ、カギ外した自転車に乗っていたら呼び止められて当たり前なんだよ」


 あろうことか警官は、ねちねちと詰問することを継続した。


「ねえ、聞いてる? ねえ?」


 意識が遠くなる。いい加減、限界だ。

 僕はふらっと横倒しになろうとした――その時だった。


「おい。具合悪い奴いじめて楽しいかよ、ポリ公!」


 凛とした、敢然とした態度の声が耳朶(じだ)を打った。


 「彼女」がいた。


 脱色した髪を夏風に棚引かせて、タンクトップにショートパンツ、夏なのにムートンブーツ。典型的な田舎のマイルドヤンキーファッションな彼女が、警察官に抗議の声をあげていた。


「フラついてんのわかるだろ。さっさと解放しろよ税金ドロボー」


 全く臆することなくずけずけとそういう彼女におっさんは、「なっ……!」と二の句を告げられずにいた。

 突然、彼女が僕のママチャリの荷台に飛び乗った。


「何してんだ、早く逃げるぞ」


 彼女が何を言っているのかわからなかった。

 僕が具合悪いことは承知の上なのに、その病人に二人乗りを強要するってどういうことだ。


「おい、早くしろ」


 そう言って彼女は、僕の胴体に腕を回した。

 温い腕の感触がこそばゆいと思ったのも束の間。

 むにゅり。

 背中に当たった二つの柔らかい半円が、僕の脳内と股間を一瞬で沸騰させた。

 だが、目の前で爆発寸前の警察官の顔を観るなり現実に引き戻された。


「う、うん」


 僕は彼女に言われるまま、ペダルを踏みしめた。重い。二人乗りなんてしたことないから、どうバランスを取っていいのかわからない。


 ガッターン。


 自転車は盛大に横へ倒れた。案の定、僕と彼女の逃亡は百メートルもしないうちに終わった。

 そして僕たちは交番につれていかれ、みっちりとしぼられたという訳だ。




 僕はこの一件以来、彼女のことをムチャクチャなヤツだと思うようになった。

 だけど、僕はこのとき、彼女のことが好きになったんだと思う。


 それからというもの、彼女と偶然会っては強引に引っ張られて一緒に遊ぶようになった。

 思い返してみると、いつもろくでもないことばかり付き合わされていたけれど――僕は、とても楽しかったのだろう。


 「嘘」がバレて、彼女と離れ離れになるまで――あと二十七日。

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