二日目
「来ーたーぞー」
夜も更けた公園に、彼女の間の抜けた声が反響した。
僕はトンネルと地続きになっている滑り台の上から、手を振った。
待ち合わせを持ちかけたのはあっちなのだが、案の定遅れてきた。まあこのくらいで腹を立てていては彼女とは付き合えない。
僕は滑り台を降りて、ベンチに置いてあった格安のクーラーボックスに向かう。
「酒、ナニ持って来た?」
冷却材を入れたボックスから、僕は発泡酒を何本か出した。
「アタシはこれ」
彼女は、4リットルのペット焼酎を掲げた。野外で本気呑みする気か、こいつ。
「で、紙コップは?」
「お前用意してんじゃないの?」
僕はもはや呆れる気力さえなく「言うと思った」と、クーラーボックスから使い捨てのプラスチックコップを出した。あとは水筒に入れた氷。
彼女は僕の差し出したコップと氷を引ったくり、一緒に持って来た烏龍茶と焼酎を混ぜ始めた。僕はロング缶の発泡酒のタブをプシュッと開けた。
『かんぱーい』
アルミとプラスチックのボコンという鈍い音がした。
彼女の白い喉が何度か脈打ったと思ったら、「プハーッ」と息をついた。
「アタシ、誰も気づいていないこと気づいちゃったんだ」
「何?」
「世の中ではストロング系飲料がコスパ良いって言われてるだろ? だけどペット焼酎買えば、割り剤含めてもそっちの方が……トク!」
誰でも知っているし、酒クズの考え方まっしぐらだと僕は思った。
彼女は持参の胡椒味のプレッツェルをポリポリしながら、僕の発泡酒を開けた。缶を開けた時のプシュッという音は、あらゆるしがらみから解き放ってくれる魔法の音のようだ。なんて思う僕も、結構道に外れた人間なのかもしれない。
空は曇り気味でとても蒸し暑い。だがチノパンが貼りつく気持ち悪さも、酒が生む爽快な気分で忘れさせてくれた。
「段々、遊ぶのなくなっていくね」
ひとしきり酒を飲み干した彼女が、ふと寂しそうに言った。
彼女が言っているのは、公園の遊具のことだ。昔に僕らがよく遊んだ箱ブランコや回転ジャングルジムなどの危険な遊具は、あらかた撤去されてしまった。
「しかたないよ。親がずっと見ているのは大変だし」
彼女は「そっかー……」と返した。
僕も彼女も母子家庭だ。だから、母親が一人で子どもの面倒を見る大変さは知っている。
彼女は最後の発泡酒の缶を持ちながら、ブランコに乗った。ブランコは少しづつ勢いついていく。右腕で鎖を抱えながら、缶の開け口を口に持っていく。そうしてブランコが最大にあがったとき、器用に発泡酒を呑んだ。
「ちょっ、危ないよ」
心配した僕が制止の言葉をかけると、彼女はノーテンキに「へーきへーき」と返した。
ブランコ呑みという正気の沙汰とは思えない所業も、三回目の半月を描いたときのことだった。
「ぐぶっ!」
位置エネルギーが最大になったところで、彼女は盛大に噴き出した。
僕は思わず駆け出す。彼女は思いっ切り、両足で地面を踏ん張って着地した。だがそれだけでは勢いが殺せず、僕が背中を押さえてやっと止まった。
「ゲホッゲホッ!」
彼女は苦しそうに咳き込む。僕はミニタオルで彼女の口や鼻を拭いてあげた。
「あーあー、言わんこっちゃない。誤嚥性肺炎になっても知らないよ」
どうしようもない醜態をさらしたのにもかかわらず、彼女は「えへへ……」と、よだれや鼻水を垂らしながらヘラヘラと笑っていた。
「こんなバカ、今しか一緒にできないからね、お前がお堅いところへ勤め始めたら……」
……朗らかにそう言う彼女に対して、僕は黙っていた。息苦しいのは、酔いと熱帯夜のせいだけではなかった。
「嘘」がバレて、彼女と離れ離れになるまで――あと二十八日。
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